第88回 願掛けとデート
虫探しは、多分に「運」の要素が色濃い道楽だ。求む標的が珍種であるほど、より博打要素は強くなる。そうなってくると、人は次第に理屈よりも神仏にすがるようになるのが世の習い。私の周囲にいる虫マニア連中には、虫を採りに行く際に何らかのゲン担ぎをする者が少なくない。採集に使う自分の車のナンバーを、1164(いいムシ)にするなどはお約束。中には、採集前に「このドリンクを飲む」「この曲を流す」と狙った虫が採れるとして、これを励行する者もいる。
かく言う私にもゲン担ぎの習慣があり、それがラノベ『デート・ア・ライブ』(橘公司、富士見ファンタジア文庫)の新刊を読んで採集に出るというもの。二十数巻で本編完結という、長続きしたシリーズものだが、これの新刊を読んで出かけた虫採りの戦績は、なぜかおしなべて良好だった。
西日本では、超絶に珍しい草原性のガ・アオモンギンセダカモクメを一晩で何匹見たか知れない。昨今、筋金入りの蛾マニアでさえ生きた姿を見た者は限られるその絶滅危惧種を、ガ採集の定石たる灯火採集ではなく、草原をただ歩いて目視で次々見つけた。東日本では、全身赤銅色に輝く宝石甲虫・アカガネネクイハムシに出会えた。数十年前まで、この虫を多産した生息地があるのだが、そこは2000年以後環境悪化に伴い個体数が激減し、存続の有無が不明となっていた。諸事情により小一時間ほどしか滞在できなかったその場所で、最後の最後に一匹だけ見つけたのだ。さらに、東日本のある休耕田では、全国的稀種の水生昆虫・カミヤコガシラミズムシに出会えた。数年前まで確実にいたという産地に数回赴いて探すも見つけられなかったが、新刊を読んで現地に行ったら、からくも一匹見つけられた。なお、この新刊の願掛けは、立て続けに複数回行っても効果があるものの、次第にその効力は落ちてくる(ように思える)。



『デート・ア・ライブ』は、強大な力を振い人類に仇なす精霊の少女に恋をさせ、その力を封印して無害な存在へ変えようとする少年の物語だ。精霊に拒絶され、時に殺されかけ、また精霊の力を手中に収め私欲に利用せんとする第三勢力の妨害に遭いつつも、主人公は最後には精霊を口説き落とし、ひいては共にこの世の危機に立ち向かう仲間として迎え入れていく。凡百の虫マニアが発見に難儀する虫を探すべく、入念に下調べを重ね、ついに迎えた決戦の日に見事目的の虫を射止めた時、私の中二病心は『デート・ア・ライブ』の主人公にリンクする。
四輪を持たぬ私は、いつも遠方の虫の生息地までバスか電車で行く。その間このラノベを読みふけり、最寄り駅やバス停まで着けば、あとは己の足を頼みに目的地まで歩くだけ。スマホにダウンロードした地図アプリを使い、己が向かう方向の正しきを逐一確認する。そして、いざ目的地まで迷わない地点まで辿り着いた時、「こんなの持ってちゃ……痛いだろ」(※)と静かにつぶやきスマホを仕舞い、虫との〝戦争〟(と書いて「デート」と読む)を始めるのだ。
※敵意と殺意を剥き出しにして力を暴走させた精霊の少女に対し、主人公が敢えて手にしていた自分の武器を手放して言い放った台詞(『デート・ア・ライブ7 美九トゥルース』より)。


小松貴さんの連載は次回よりリニューアルします。「虫たちの尽きない魅力」をお届けできるよう、鋭意編集中ですので、どうぞお楽しみに!

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。
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