【フォトエッセイ】虫めづる奇人の回想◎小松貴――第87回/乱獲とインターネット

第87回 乱獲とインターネット

 先人達の残した古の情報を当てにするばかりではなく、自力で珍虫の生息地を新規開拓したい場合にも、ネット地図は活用される。私の場合、山沢の地下に住む地下性昆虫を探す上で、特にこのツールを重宝しているが、そのとき地図の航空写真に加えて国土地理院の地形図も併用する。地下性昆虫を採るには、水が常時しみ出ていて切り立った沢沿いの崖を見つけて掘る必要があるのだが、地形図の等高線の間隔が狭くV字型に切れ込んだ谷の奥は、沢が流れていることが多く、探索候補地を絞るうえで参考になるのだ。情報を制する者は、虫を制す。とはいえ、そこまで周到に準備をしたとて、狙った虫が必ず採れる保証はない。

ヒラノアカヒラタゴミムシ。東海・中部地方の山域に分布する美しい地下性甲虫。通常、谷間の崩落地の地下深い空隙に生息しており、採集には地中へのトラップ設置が欠かせない
クロシジミ。草原性の希少なチョウで、環境省レッドリスト絶滅危惧IA類。古くは日本各地に広く分布したが、今や生息範囲がどこでも縮小しており、簡単には見られない。小規模な生息地で乱獲されようものなら……

 このように、私を含め虫マニアという連中は、地図や他人のブログ、SNSなどといったネット上から得られる情報を集めに集め、目的の虫が採れそうな場所を死に物狂いかつ血眼で探す(第85回「雨の三日も降った日には」、第86回「虫探し悲喜こもごも」もご参照いただきたい)。その能力たるや、人によっては某国の諜報員並で、もし誰かが「珍しいナントカクワガタ採った!」などと言って虫の写真と共にそれを採った地点の風景写真などをSNSの海に流そうものなら、その風景に写り込んだランドマーク(山並み、建物・特徴的な木など)や地形などの情報を読み取り、ネット地図の航空写真と照合するなどしてたちまちその地点をピンポイントで特定してしまう。

 情報は速やかに虫マニアコミュニティ内に広まり、すぐに全国から押しかけたマニア連中によってその場所の珍虫が乱獲され尽くす恐れがある。虫に限らず、希少な植物の自生地や鳥類の営巣地など、様々な野生動植物を巡ってこうした問題が日々各地で起きているのが現状だ。そのため、野生動植物の写真をSNSに上げる際、その生息地の写真まで開示するのはモラルを欠く行為として、近年激しく非難されるようになった(ネット情報をアテにする身で、ネットに情報を漏らす人間、そしてその情報を基に襲来するマニアをこうして非難するのも、我ながら実に自己矛盾に満ちた物言いだ)。

 それ故、珍虫の生息地を新たに見つけた場合、その情報は自身の個人情報そのものとして公開の是非を慎重に検討せねばならない。それこそ、今をときめくトップアイドルのストーカーを警戒するマネージャーの如く。最近では、同好会誌を開いても「乱獲の恐れがあり、保護のため採集地点の情報は非公開とする」などと書かれた報告もざらである()。

※そう言いつつ、報告者自身はその珍虫(それも、わざわざ標本にせずとも一目でそれと識別可能な種)を、単年かつ一ヵ所で50も100も採ったなどと平気で書いている悪逆極まる報告が、2000年代以降でも時折見受けられるのは実に嘆かわしい。「保護とか建前で、単に他の奴に採らせたくねえだけだろオメエ」等の誹りを免れ得ない態度だ。

オオウラギンヒョウモン。草原性の希少なチョウで、環境省レッドリスト絶滅危惧IA類。各地で絶滅しまくった結果、今や国内では本当に「いる場所」にしかいなくなった。このレベルまで生息地が縮小した希少種の場合、いくら撮影地を隠して写真を公開したところで、大体「その筋の人」にはバレてしまうものだ
セスジガムシ。冬季に水田や湿地の水中で活動する珍種で、環境省レッドリスト絶滅危惧IB類。水生昆虫は生息地が極限される種が多く、また概して一度に大量に乱獲しやすいため、その生息情報の扱いにはセンシティブにならざるを得ない
オオヒラタトックリゴミムシ。過去数十年にわたり、国内でまともな発見例がなかった甲虫だが、2021年に千葉県内某所でまとまって発見された。生息地の詳細についてはマニアの間でトップシークレットとして秘匿されているが、私は根性でそれを見つけ出した。環境省レッドリスト絶滅危惧IA類
小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。

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