【フォトエッセイ】草木を訪ねて三千里◎藤井義晴――第33回/ナガミヒナゲシの真実に迫りたい

第33回  ナガミヒナゲシの真実に迫りたい

 春が一気に暖かくなったためか、ナガミヒナゲシ(長実雛罌粟)の花が3月下旬から咲き始めました。花は終わりかけていますが、5月の終わりまでは咲いて、6月の梅雨時までにはたくさんの種子をつけることでしょう。 
 オレンジ色の花がよく目立つこと、「実が長いヒナゲシ」という名前が覚えやすく、一度聞いたら忘れにくいこと、ケシ(罌粟)やアツミゲシ(渥美罌粟)のようなアヘンの成分を含まないので、栽培が禁止されていないことから、好まれる方も多いようです。 
 しかし全国各地の道端などで急速に広がってきています。「触ると皮膚がかぶれることがあり、雑草化する力が強いので駆除しましょう」と、危険性を注意喚起する自治体が増えています。 

 私は農水省の研究所で植物のアレロパシーに関する研究をしてきましたが、2005年から三年間、「外来植物のリスク評価と蔓延防止策」という大型プロジェクトの代表者を仰せつかり、ナガミヒナゲシのアレロパシーについても研究しました。 
 ナガミヒナゲシに関して植物学的に詳しい方は多いのですが、成分の研究は少なく、二次情報から原典をたどると、むかし私が報告した情報が出てきます。そこで最近になってテレビや新聞から問い合わせがあり、テレビのニュースなどで少しだけ解説させてもらいました。 
 成分に関する見地から、目に見えない危険性について少し警告する目的で解説したのですが、ずいぶんと深刻に受け取られ、「超危険植物ナガミヒナゲシ」といった情報も拡散されているようです。しかし「超危険」とみなすのは誤りです。そこでナガミヒナゲシの見えない危険性に関する個人的な見解をあらためて述べておきます。 

【写真1】ナガミヒナゲシの花と若いサヤ(4月中旬)。今年は暑かったのでオレンジ色の花が早く咲いた。車のタイヤに付着して運ばれたのかもしれない
【写真2】ナガミヒナゲシの若い葉(3月下旬)。若いロゼット葉は先が丸くてかわいい。防除するならこの時期が簡単だが、背が低いので見つけにくい
【写真3】花びらに紋がない花
【写真4】花びらに紋がある花
【写真5】光に透かすと裏箔のように美しい

ナガミヒナゲシは二種類ある 

 日本にやってきたナガミヒナゲシには二種の亜種があり、名称について、以下のような提案があります。 
 葉や茎を切ると白い汁(乳液)が出てくるものを狭義のナガミヒナゲシ、黄色い汁が出てくるものを亜種名からルコッキーヒナゲシというものです。 
 さらに、黄色い汁が出るタイプには、花びらに黒い斑点(紋)を持つものがあり(写真4)、これを「モンツキナガミヒナゲシ」と呼ぼうという提案もあります。全部合わせると「モンツキルコッキーナガミヒナゲシ」となってしまい、ちょっと長すぎるようです。 

 東京農工大の大先輩で、開拓酪農家でもあった石川不二子さんの第一歌集『牧歌』に、 

裏箔[うらはく]のごとき光をふふむ空 罌粟[けし]たをたをとみな濡れてゐる 

があります。早朝の牧場で見たヒナゲシの花の色と薄さを金箔を張った裏箔に喩えられたこの歌に感動しました。 

ナガミヒナゲシの乳液  

 乳液の色は成分と関係があり、黄色い汁には胃の薬としても知られる「ベルベリン」が多く含まれているようです。ベルベリンはオウレン(黄連)やオウバク(黄柏)に含まれ、抗菌活性や下痢止めの作用があるので、「陀羅尼助[だらにすけ]」などの下痢止め薬に使われています。 

 原産地のひとつであるトルコの研究者の2006年の報告では、トルコのナガミヒナゲシには六種類の亜種があり、そのうち四種はベルベリンとその近縁のアルカロイドが主成分であるが、二種には薬用となる「テバイン」が含まれていると書かれています。私はいま、白い汁が出る亜種に含まれる成分を研究してみたいと思っています。 

【写真6】茎から出る黄色い乳液
【写真7】葉では乳液は葉脈から出てくる
【写真8】若いサヤをピンなどで傷つけると顔が描ける
【写真9】乳液は翌日には固まって怖い顔になる
【写真10】熟したサヤの上部に隙間ができ、種子が振りまかれる
【写真11】種子はとても小さく、0.6~0.7mmしかない
【写真12】表面にくぼみがあって美しい

ナガミヒナゲシのサヤと種子 

 ナガミヒナゲシの種子は小さく、一粒は1ミリ以下で、重さは約7700粒でやっと1グラム(1円玉の重さ)。サヤの中には1000~2000粒の種子が入っており、平均で1600粒。一株あたり最大で100個のサヤができるので、最大で20万粒の種子を生産すると報告しました。 
 種子の表面(写真12)にはゴルフボールのようなくぼみ(ディンプル)があり、空気抵抗を減らし揚力を増加させて遠くまで飛ばす働きがあります。写真10の状態のサヤを振ると、上部のスリットから種子が遠くまで飛んで行くので面白いですよ。このような仕組みは「風靡[ふうび]散布種子」と呼ばれますが、このくぼみは雨に濡れたときに靴や自動車タイヤにくっつきやすいようです。そこで私は「梅雨時、靴・自動車のタイヤ散布種子」という新しい分類(?)を提案したいと思います。 

 歌人の、やすたけまりさんは、ナガミヒナゲシを歌った一連の短歌で、2009年の第52回短歌研究新人賞を受賞されていますが、実によくこの植物を観察しておられます。 

ちいさくてかるいからだはきづかれずきずつけられず運ばれてゆく 

砂時計はんぶんにした実のかたち国道沿いに殖えてゆくもの 

六月の信号待ちのトラックの濡れたタイヤにはりつく未来 

 ナガミヒナゲシの砂時計のようなサヤからこぼれる小さな種子が、頑丈そうで、梅雨時の濡れた車のタイヤにくっついて遠くまで運ばれ、交差点の付近で種子が落ちて生えている。実に的確な観察です。 
 歌に感動してメールを送ったところ、歌集『ミドリツキノワ』を頂き、家宝にしています。やすたけさんは他にも多くの雑草を、その草になった気持ちで詠んでいて、私の研究の原点にもなっており感謝しています。 

ナガミヒナゲシの未来

 白や黄色の乳液には、傷の修復や、微生物や虫の侵入を防ぐ役割を持つアルカロイドなどのアレロパシー成分が含まれるため、「有毒であることが多いので、皮膚の敏感な人はかぶれることがあります」と説明しました。それが危険と受け取られてしまって、過剰に危険視されてしまったように思います。 
 自分で有毒やかぶれなどに言及しておいて、それを打ち消そうとする「マッチポンプ」と批判されそうですが、雑草として広がる可能性は高いけれど、超危険とまでいえないと修正しておきます。完璧な駆除は不可能で、日本の生態系の新たな一員となった「帰化植物」として受け入れざるを得ないと思います(※文末の註を参照)。 

 外来植物のリスクを評価した2005年の私たちの研究の結果について、個人的には「植物は、動物・魚・昆虫などに比べて温和で、他の同種の生物を殺したり取って替わることはなく、むしろ平和的に共存し、生物多様性を豊かにしているのではないか」と考えています。 
 生態学の先生方に叱られるかもしれませんが、他の生物を迫害・攻撃して絶滅に至らせるのは、人間をはじめとした動物です。とくに人間の歴史はそのことを示しています。 
 一方、動くことがない植物は、アレロパシーのような化学的な作用で自衛するだけで、他の生物を皆殺しにするような強い力は持たない――これが四十年この研究に携わってきた私の実感です。 

 やすたけまりさんは、 

なつかしい野原はみんなとおくから来たものたちでできていました 

とも詠んでいます。 
 なつかしい野原の風景はナガミヒナゲシのような遠くからやって来た「外来植物」でできている。そういう感慨に同世代の私はとても共感します。 
 最近の遺伝子の研究から、私たち日本人の遺伝子には、ネアンデルタール人由来の遺伝子も含まれていることがわかりました。日本人は、多くの民族が複雑に混血してできあがってきた「雑種」であり、雑種ゆえの強さを持っているといえるのではないでしょうか。 
 もちろん他者を絶滅させる強いリスクを持った外来生物は排除すべきですが、多くは新しい友人として受け入れてあげるべきではないかと感じています。 

 ナガミヒナゲシなどの外来植物が含む成分の研究は、私たちの研究以降ほとんど行われていません。私がかつて所属していた「他感物質研究室」も、行政刷新会議による事業仕分けの影響で閉鎖されてしまいました。 
 そこで定年退職後、自宅近くの廃屋を購入して「他感作用研究所」と称し、独力で研究を継続しています。公的な研究費支援も分析機器もなく、年金も思ったより少ないのですが、精神的には自由に研究できます。これまで税金で研究させてもらったことの恩返しができればと考えています。 

※註 ナガミヒナゲシに含まれるアルカロイドには、多くの化合物が含まれ、その種類と量については、採取地や変種による差が大きいようです。トルコの研究者の報告では、地上部の植物全体からの抽出では乾燥重あたり0.1%程度と少量ですが、乳液にはアルカロイドが25~100%含まれると推定されています。アルカロイドの中には、高濃度のものを口から摂取すると、肝臓や脳に障害を与える成分もあるようです。アヘン成分を含むケシ、アツミゲシ、ハカマオニゲシとの交配の可能性も調べる必要があります。 

■編集部からのお願い 
ナガミヒナゲシの種子、特に白い乳液の出る種子があれば、ぜひ送ってください。送り先は下記です。お願いします。 
〒305-0025 茨城県つくば市花室1011  他感作用研究所

藤井義晴
モロッコのワルザザード渓谷で

ふじい・よしはる 1955年兵庫県生まれ。博士(農学)。東京農工大学名誉教授。鯉渕学園農業栄養専門学校教授。2009年、植物のアレロパシー研究で文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。『植物たちの静かな戦い』(化学同人)ほか著書多数。 

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