この世界から、偏見、憎悪、差別がなくなることはないのだろうか。いま埼玉県の川口、蕨で起きている在日クルド人への攻撃では「奴らを殺せ」「皆殺し」といった、あまりにもひどい表現が飛び交っている。なぜこのようにエスカレートするのか。髙橋幸春さんが取材をした。
どぎつい言葉 が並ぶ
クルド人との共生を目指す蕨市のボランティア団体「在日クルド人と共にHEVAL(クルド語で友達の意)」(以下HEVAL)に送られてくるメールには、「豚のエサにしてやる」「日本から出ていけ」「害人ども」といったどぎつい言葉がくどいほど繰り返される。とにかく「殺せ」という文言が含まれるメッセージが少なくない。
手紙も届く。
「難民申請を通らない、不法滞在のクルド人は、トルコに帰れ!!」
なかには中国人を装った手紙まである。
「くるどじン、カンキョーはカイすル ワるいヒと ちうゴクじンもくるどじン キらい」
川口市で暮らす中国人は多く、彼らもクルド人を嫌っていると言いたいのだろう。
埼玉県川口市、蕨市では、「日の丸街宣倶楽部」という団体によって、クルド人に対するヘイトデモが頻繁に行われてきた。
今年5月、「PKK(クルディスタン労働者党)テロ団体に資金を送る日本クルド協会の前で、テロリストと不法滞在者を即刻強制送還せよ! とデモ行進します」と、この団体が呼びかけた。
ヘイトデモに加わっている二十代か三十代と思われる男性が掲げたプラカードには、「テロ組織PKKはいらない」「犯罪する移民と外国人はいらない」と書かれていた。
集まっていたのは五、六人程度だが、埼玉県警に〝護衛〟されていた。どんなヘイトスピーチをするのか聞きたかったが、「カウンター」と呼ばれるヘイトへの対抗運動側の声にかき消されて聞くことができない。カウンター側には百人前後はいたのではないかと思われる。

数の上で勝るカウンターの声にかき消されていた

デモ集団に掲げる人もいた
クルド人は「世界最大の少数民族」「国を持たない最大の民」と呼ばれ、トルコ、イラン、シリアなど世界に2500万から3000万人ほどいると言われている。1990年代に入りトルコ政府はトルコ南東部のクルド人が住む地区を空爆や戦車で破壊、それ以降迫害から逃れるため多くのクルド人難民として海外に脱出するようになった。日本を目指したのは、日本とトルコの間には査証免除協定があり、日本に入国するにあたって査証は必要なかったからだ。
彼らは日本に入国すると難民申請を行った。多くがトルコに帰国すれば、「迫害を受ける」「殺される」と訴えている。私が取材したクルド人の中には、実際にナイフで刺されたと証言する者もいた。
日本は国連の難民条約に1981年に加盟し、翌年に発効している。難民とは、〈難民条約第1条又は議定書第1条の規定により定義される難民を意味し、それは、人種、宗教、国籍、特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由として迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないか又はそれを望まない者〉と定義されている。
法務大臣から難民と認定されると難民条約に規定する保護を受けられる。しかし、日本ではほとんど難民申請は却下されているのが現実だ。そして、「退去強制対象外国人に、法務大臣が特別に在留資格を与える」特別在留許可を得るか、あるいは在留資格のないまま約2000人から3000人のクルド人が川口市、蕨市に住んでいる。
不信感を煽[あお]る
「HEVAL」の温井立央[ぬくい・たつひろ]代表はヘイトデモについてこう話す。
「蕨市で最初のヘイトデモが行われたのは2009年。フィリピン人一家の在留資格が問題となった事件があり、この時は『在日特権を許さない会』(在特会)が、当時十三歳の女性が通っていた中学校の前にまで押しかけてきて来てシュプレヒコールをあげていました」
クルド人に対するデモが際立つようになったきっかけがある。2023年7月、クルド人同士で金銭を巡るトラブルがあり、刺傷事件に発展、殺人未遂容疑で7人が逮捕された(7人はいずれも不起訴処分)。ケガ人が搬送された市立医療センター前に、加害者、被害者双方の家族約100人が集まり、一時騒然となった。
それ以降、「クルド人を強制送還しろ」「クルド人は犯罪集団」「テロリスト」「クルド人が暴れ埼玉県人が困っている」という書き込みがSNSで拡散した。
2024年2月18日、蕨でヘイトデモが行われた。デモを主催するのは、「在特会」の流れをくむ「日の丸街宣倶楽部」などだ。
ヘイトデモに日本語で激しく抗議するクルド人の様子が動画で流れた。
右派ジャーナリストがその動画についてⅩ(旧ツイッター)に投稿した。
「おい、クルド人、29秒から、『日本人死ね』と言っていないか。これは聞き捨てならない。お前らは不法滞在者なのに何を、偉そうに言っているのだ。そんなことをいうなら帰れ。言わなくても犯罪者は帰れ」
この書き込みはリポストされ、瞬く間に拡散した。
「日本人死ね」と叫んだとされるのは、日本クルド文化協会(川口市)のワッカス・チョーラク事務局長だ。しかし、実際には「病院に行け、レイシスト」で、「日本人死ね」とは発言していないとチョーラク事務局長は釈明した。
不穏当な発言であることは否めない。チョーラク事務局長は声を荒らげたことを明らかにし、そのうえで不適切な発言だったと謝罪した。
しかし、クルド人への異様な書き込みはエスカレートするばかりで留まることはなかった。
「出ていけ」「偽装難民」「犯罪集団」といった言葉を並べ、クルド人への不信を煽っていた。
陥没事故もクルド人のせいに
2025年5月現在、川口市の人口は60万7447人、外国人住民数4万8161人(全体の約7.93%)。最も多いのは中国人で約2万6000人、トルコ人は約1500人。蕨市の人口は6万6667人、外国人の数は1万122人、この中にクルド人も含まれる。
私が取材したクルド人男性は1993年に日本に入国、アイロンかけの仕事、そして解体業で生計を立て、現在は日本人女性と結婚している。しかし、難民認定もされず特別在留許可もなく、仮放免といった状態が続いている。犯罪を起こしたこともない。多くのクルド人は川口市、蕨市で大きなトラブルを起こすことなく過ごしてきた。
しかし、ヘイトはエスカレートする一方で、「HEVAL」に対する誹謗中傷だけではなく、クルド人個人のまで及ぶようになった。
ワッカス・チョーラクさんは東京・北区でクルド料理のレストランを経営している。
「朝から晩まで『帰れ』という電話で、一時は電話の線を外しておかなければならない状態でした。なかにはデリバリーで配達しろという注文がありましたが、私の店ではデリバリーはしていないと答えると、なぜ配達できないのかと何度も電話で因縁をつけてくる。どこからかけているのか問い質したら広島からで、これは警察に被害届を提出しました」
スーパーマーケットで幼いクルド人の子どもが店内を歩く映像を隠し撮りし、それを万引きしているところだとYouTubeにアップされた。
積載量オーバーのトラックの映像が映し出され、クルド人の解体業者のトラックだとして、やはり動画が流れた。
今年1月に起きた八潮市道路陥没事故ではトラックの運転手が死亡した。
「あの陥没事故もクルドの積載量をオーバーしたトラックが原因だとSNSで流れ、なんでもかんでもクルド人のせいにされてしまう」(「HEVAL」)
川口市在住のカウンターの一人は、そうした書き込みに、メールアドレスがわかる場合には事実を告げ、ヘイトスピーチを止めるように説得を続けた。
「具体的な場所とか店の名前が書いてあるので、川口市、あるいは蕨市に住んでいる人の書き込みならすぐわかります。ほとんどが県外の人たちで、その人たちはSNSやYouTubeで流れている情報を鵜呑みにしていました。事実を伝えても、クルド人から金をもらってやっているのかと絡んでくるんです」
メール送信者の正体
いったいどのような人物がレイシストになるのか。
冒頭に記したメールの発信者の一人は、実在の会社名、電話番号も記載して送信してきた。
「HEVAL」では毎週、クルド人のために日本語教室を開催し、日本人との交流を図っている。執拗に繰り返されるメールをやめさせるため、IPアドレスを割り出し、告発に踏み切った。告発されるとメールの送信者は態度を一変させた。
「示談にしてください」
「HEVAL」のスタッフの前に現れたのは三十代の独身男性で、消え入るような声で「申し訳ありませんでした」と謝罪した。メールに記載されている会社を解雇され、その逆恨みで電話番号まで付記していたのだ。男性は、書き込んだ内容の重大性を認識したかはわからないが、その態度は臆病そうで卑屈だったという。
「メールとか電話でひどい言葉を投げつけてくる人はたくさんいます。でも、私たちの前で自分の意見を正々堂々と述べた人はいません」(「HEVAL」のスタッフ)
前述のカウンターもレイシストについてこう語る。
「メールをチェックし、何回かやりとりをしているうちにどんな人間なのかわかってきます。ほとんどが普通の人なんです。でもその普通の人が『帰れ』とか『殺す』とネットの中では平然と書き込む。そうした人たちによって私は自宅まで突き止められてしまいインターネット上にさらされて、身の危険を感じました。このような状態を放置しておけば、いつかとんでもない事件が起きてしまうのではないかと、それを恐れています」
クルド人に対するヘイトスピーチ、デモが頻繁に行われ、日本クルド文化協会周辺でのデモ、街頭宣伝などを禁止する仮処分をさいたま地裁に申し立て、地裁は2024年11月に禁止の決定を下している。
しかし、禁止処分を受けた側が不服を申し立てたため、日本クルド文化協会は被告の「日の丸街宣倶楽部」の渡辺賢一代表にデモ差し止めと550万円の損害賠償を求める訴訟を提起した。その第1回口頭弁論が4月23日、さいたま地裁で開かれたが、被告側代理人は欠席するという異例な展開で、予定されていた意見陳述は行われなかった。
(次回に続く)

たかはし・ゆきはる 1950年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学卒業後、ブラジルへ移住。1975年から三年間、サンパウロで発行されている邦字新聞パウリスタ新聞社(現・ニッケイ新聞社)勤務。1978年に帰国後、ノンフィクションを執筆。2000年からは麻野涼のペンネームで小説も執筆している。1987年、『カリブ海の「楽園」』で第6回潮ノンフィクション賞受賞。1991年、『蒼氓の大地』で第13回講談社ノンフィクション賞受賞。日系移民の歴史、在日外国人問題、臓器移植など幅広いテーマで執筆している。
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