光州事件で少年は何を見たのか
2024年のノーベル文学賞は、韓国の小説家ハン・ガンが受賞した。選考委員会は「ハン・ガン氏の力強く詩的な散文体の文章は歴史的な心の傷と向き合いつつ、人間のもろさをあらわにしている」と評した。アジア人の女性で初めての受賞者だ。
ハン・ガンの代表作『少年が来る』は、まさに選考委員会の評のとおりの作品。1980年5月18日から27日、韓国の光州市(現:光州広域市)で起こった光州事件、韓国では5・18光州民主化運動と呼ばれているが、それが人々に残した傷を描く。軍政下、軍事クーデターで政権を握った全斗煥の新軍部が韓国全土に戒厳令を発令し、金大中ら民主派政治家を逮捕した。これに反対した光州の大学生デモを鎮圧するため軍を派兵、デモ参加者以外の市民をも殺傷する事態となった。これが光州市民の蜂起を招き、結果、軍により鎮圧にいたるまでに市民に多くの死傷者を出した。のちに軍政に抗した民主化運動と再評価されたが、死者の家族や負傷者に傷をきざみ、歴史に影を落としている。
物語の中心は、光州事件にいた実在の少年だ。トンホは十五歳。遺体置き場で友だちを探している。トンホは友だちの手をつないで市民のデモに加わっていた。軍が攻撃し人々がばたばたとなぎ倒されていったとき、友だちが銃弾を受け、トンホは手を離して逃げ出した。友だちは死んで遺体置き場に置かれているのか。もしかしたら病院にいるのかもしれない。作者はトンホにいつも「君」と呼びかける。現在から1980年5月の光州の少年に呼びかけるように。
遺体は腐敗が進んで、元の姿をとどめないほど無残にふくらんでいく。ボランティアの女子高生たちが血まみれの遺体を拭く。家族を探しに来た人々は遺体を確認するとむせび泣き、略式の追悼式で、愛国歌を歌い棺に太極旗をくくりつける。それがトンホの腑に落ちない。まるで国が彼らを殺したのではないみたいじゃないか。「何一つ許したりするもんか。この僕だって」
トンホをとりまく人々、トンホの家族、それぞれの光州事件と死、生と傷が、トンホの章のあと描かれる。生き残った者の心にも体にも癒えることのない傷。今でも血を流している。人間のもろさ。著者は光州の生まれだが、光州事件の前にソウルに引っ越していた。自分が体験できなかった故郷の深い傷を、記憶をつなごうとする人々が遺した記録に没入し、そこからトンホのもととなった十五歳の少年を引っ張り出した。
著者は光州事件を韓国だけのものではなく、世界各地の力による不条理な死や虐殺、破壊が行われた他の傷と同じだと書く。それが、この物語を世界の人々が共感できるものにしている。「つまり光州とは孤立したもの、力で踏みにじられたもの、毀損されたもの、毀損されてはならなかったものの別名なのだった。被曝はまだ終わっていなかった。光州が数限りなく生まれては殺害された。かさぶたになり爆発しながら、血だらけになって再建された」と。相容れないと見なした人々を傷つけ、押しつぶし、殺すことは、いつの時代も、どの地でも変わらず存在する。
この物語は2014年に発表されたものだが、今ほど世界にたくさんの、大きな光州、小さな光州があるときはないのかもしれない。他者との話し合いを拒み、ただ暴力で傷つけ踏みにじって殺し相手を消せば他者との問題は解決すると考える短絡的反応と、他者の心への感受性の欠如。いつになったら、人間はそれを乗り越えられるのか、考えさせられる。

1970年韓国・光州生まれ。延世大学国文学科を卒業。1993年季刊「文学と社会」に詩が、翌年ソウル新聞の新春文芸に短編小説「赤い碇」が当選し文壇にデビューした。 『菜食主義者』で、韓国で最も権威ある文学賞、李箱文学賞を受賞、また2016年国際的に権威ある文学賞の一つブッカー賞国際賞を受賞。その他の作品に、短編集『麗水の愛』『私の女の実』、長編小説『黒い鹿』『あなたの冷たい手』『風が吹いている、行け』、散文集に『そっと静かに歌う歌』『愛と、愛を取りまくもの』などがある。小説のほかに、絵本『雷小僧、天女稲妻、小僧天女』、大人のための童話『涙の箱』『わたしの名前は太陽花』などがあり、童話の翻訳も多数手がけている。韓国小説文学賞、今日の若い芸術家賞、東里文学賞など受賞多数。2024年、ノーベル文学賞を受賞。

さわ・いずみ 1968年、神奈川県生まれ。東海大学大学院博士課程前期修了。専攻は中世アイスランド社会史。出版社勤務を経て司書。公共図書館・博物館図書室・学校図書館勤務のあと、現在介護休業中。アイスランドに行きたい毎日。写真は、今は亡き愛犬クリス。
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