【BOOKS】渡辺賢治著/『メンタル漢方 体にやさしい心の治し方』◎松永裕衣子

自分の体は自分で守る! 漢方はその味方だ    

 江戸時代の儒学者・貝原益軒が著した『養生訓』は、健康長寿を保つための指南書として名高いが、そこでは〈養生の術は先ず心気を養ふべし〉と、心の養生の大切さがとりわけ強調されている。 
 同じく巻第一の別の段には、〈心は身の主なり。しずかにして安からしむべし。身は心の奴なり。うごかして労せしむべし〉という言葉もみえる。主人である心は静かに安らかにさせておき、下僕である体はよく動かし働かせよ、と。 

 どんなときも心の平静を保つのは至難の業だが、そのように努めることが結局は我が身を救うことを、経験から知っている人も多いのではないだろうか。また、心が疲れたとき、運動がよい効果をもたらすことは広く知られている。 
 だが、〈現代人の多くは、まさにそれとは真逆の姿になっているのかもしれません〉と、本書の著者・渡辺医師は語る。患者からよく話を聞くと、心は疲れているけれど、体はまったく疲れていないというケースもめずらしくないという。 
「ストレス社会」、そう著者は今の時代を表現する。ある調査によると、精神病を引き起こすようなストレスが、健康にとって最もリスクになると回答した人の数は、2004年から2024年の間に、じつに三倍以上に増えた(令和6年版『厚生労働白書』)。この二十年間で健康リスクに対する人々の意識が、体から心へと少しずつ変化していることを示していると、渡辺医師は分析する。 

 メンタル面の不調を抱えそうになったとき、信頼する人に話を聞いてもらったり、心療内科やメンタルクリニックを受診することは、もちろん選択肢として考えられる。だがまずは、自分の心や体と向き合い、自らストレスマネジメントをしようとすることが多いだろう。 
 患者の話をじっくり聞き、不調の源流である病因にアプローチすることで根治をめざす漢方もまた、治療の選択肢の一つだと渡辺医師は語る。しかも、そうした漢方の診察方法は、患者自身が取り入れられるため、医療に頼らず自分で解決法を見出すこともできる。本来、自分の体は自分で守るべきなのだ、とも述べている。 
 実際の診察方法や治療例など、詳しくは本書を参照していただくとして、このセルフケアを考えるうえで肝となるのが、「こころを『養生』する」と題された第4章である。養生なくして漢方薬も効き目なしといわれる、治療の要ともいえる部分だ。 

 益軒が説くように、心を平静に保つにはどうすればよいか。大事なのは自分を客観視することだと著者は説く。おすすめは「日記を書く」こと。それも感情を書くのではなく、事実だけを書くことによって、自然と自分や自分に起きたできごとを客観視できるというのである。 
 自分の心の不調はどのようなタイプなのか、思い当たる原因・エピソードはあるか、どういう時に悪化/改善するか、等々。自分のなかで何が起きているのか、客観的に分析することがしだいに精神的な安定につながっていく。 

 漢方では、病気の原因を「内因」「外因」「不内外因」の三つに分けて考える。「内因」とは七情(怒、喜、思、憂、驚、悲、恐)のことで、感情が過度になると病を発すると考えられている。漢方治療とは、何も医師による診療や漢方薬だけを指すのではない。上記のように自ら行う養生もまた、大切な治療の一環となる。 
 著者は漢方の専門医として知られる、修琴堂大塚医院の現院長。漢方治療は細かい診療科に分かれていないため、体の不調もメンタルの不調もすべて診察の対象となるという。何科を受診すべきか迷ったときや、病名がつかない不調に見舞われたときなどに、漢方治療が役立つことを本書は教えてくれる。 

メンタル漢方 体にやさしい心の治し方 』 

渡辺賢治 著  

朝日新聞出版 1980円(税込) 

渡辺賢治

わたなべ・けんじ 慶應義塾大学医学部卒業。修琴堂大塚医院院長。横浜薬科大学学長補佐。WHO医学科学諮問委員、神奈川県顧問を務める。著書に、『漢方で感染症からカラダを守る!』(ブックマン社)など。 

松永裕衣子
中国にもない日本独自の医学=漢方の世界を、思想的背景から実際の治療の現場まで、斯界の第一人者が解説。こちらもおすすめです↓
漢方医学「同病異治」の哲学
(講談社学術文庫、2019年) 

まつなが・ゆいこ 1967年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。千代田区・文京区界隈の中小出版社で週刊美術雑誌、語学書、人文書等の編集部勤務を経て、 2013年より論創社編集長。

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