【BOOKS】作・松下隼司 絵・オクダサトシ『がっこうとコロナ』◎松下隼司

あの三年間で、本当に学んだこと

 公立小学校教諭の私が(教員23年目、二児の父親)、絵本「がっこうとコロナ」を出版しました。コロナ禍、子どもたちの学校生活を描いた絵本です。不自由を余儀なくされ「かわいそう」とも言われたあのとき――子どもたちの逞しさを記録したい、その記憶が未来に繋がればと思い制作しました。 

教室の隅で見つけた「小さな真実」

 2020年春。学校から子どもの声が消えました。静まり返った教室で、私たち教師が向き合っていたのは、空席の机と、得体の知れない不安、そして「教育の空白」への焦りでした。やがて再開された学校。しかし、そこに待っていたのは「かつての日常」とは似て非なる風景です。給食は前を向いて一言も発さず食べる「黙食」。休み時間は密を避けるために制限され、運動会や修学旅行といった思い出の結節点は次々と削ぎ落とされていきました。 世間では、この時期の子どもたちを「失われた世代」「かわいそうな子どもたち」と呼びました。もちろん、奪われたものは計り知れません。 

 しかし、現役の小学校教諭として教室に立ち続け、子どもたちの目線を追い続けていた私には、別の景色が見えていました。マスク越しでも視線で冗談を言い合い、給食中に流れる放送に一生懸命耳を傾け、制限された遊びの中でも新しいゲームを編み出す子どもたち。彼らは「かわいそう」という言葉で片付けられるような存在ではなく、その制約の中で逞しく、時に軽やかに、今を生きようとしていました。この「教室の熱」を、大人が勝手に貼り付けた「悲劇」というラベルで覆い隠してはいけない。それが、私が筆を執った最初の契機でした。 

日常と非日常の「対比」を描く

 この本を構想する際、最も苦心したのは「コロナ禍を否定しない」ことでした。もちろん、コロナ禍はないほうが良かったに決まっています。しかし、あの三年間を単なる「暗黒時代」として描いてしまえば、あの日々を懸命に生きた子どもたちの歩みそのものを否定することになってしまうのではないか。そんな葛藤がありました。 

 そこで採用したのが、見開きページの左右で「以前の日常」と「コロナ禍の日常」を対比させる手法です。右ページには、かつて当たり前だった賑やかな教室。左ページには、ディスタンスを保ち、マスクをした教室。この構成にすることで、読者は「何が失われたか」を視覚的に理解すると同時に、両方のページに共通して流れている「先生と子どもの心の交流」や「子どもたちの眼差しの強さ」に気づくことができます。 

 文章を削ぎ落とす作業も難航しました。教師として伝えたい教訓は山ほどありましたが、それを絵本に詰め込んではいけない。あくまで、子どもたちが「ああ、これ僕たちのことだ」と自分を投影できる「余白」を大切にしました。印税などの利益を一切考慮せず、ただ「この記録を遺さねばならない」という使命感だけで動いていたからこそ、迷ったときには常に「これは子どもたちへのラブレターになっているか」という原点に立ち返ることができました。 

オクダサトシという「色彩の呼吸」

 この本のメッセージに命を吹き込んでくれたのが、オクダサトシさんの絵です。 
 オクダさんの描く世界は、単なる写実ではありません。そこには、子どもの感情の揺れや、教室に渦巻くエネルギーが、色と線になって爆発しています。通常、コロナ禍を描くとなると、どうしても画面がグレーやブルーに沈みがちです。しかし、オクダさんは違いました。マスク姿の子どもたちを描きながらも、背景や輪郭に生命力あふれる色彩を配置したのです。特に、子どもたちの「目」の表現には圧倒されました。マスクで顔の半分が隠れているからこそ、その瞳の輝きが際立つ。オクダさんの絵が加わったことで、この本は「辛い時期の記録」から「困難を乗り越える人間の生命力の賛歌」へと昇華されました。制作中、オクダさんとは何度も検討を重ねましたが、彼の「アートとして妥協しない姿勢」が、私の中にあった教師特有の「説明したくなる欲求」を浄化してくれたように思います。

記憶のバトンを、未来へ繋ぐ 

 今、教室からマスクが消え、給食の班の机が向き合い始めています。私たちは、あの三年間を「喉元過ぎれば熱さ忘れる」で済ませてよいのでしょうか。 
 この本の趣旨は、過去を懐かしむことではありません。 
 一つは、あの日々を闘い抜いた子どもたちへの「肯定」です。「君たちは、こんなに不自由な中で、こんなに立派に生きていたんだよ」と、彼らの頑張りに光を当てること。 
 もう一つは、教育現場における「心の在り方」の再確認です。どんなに環境が制限されても、教育の本質は「人と人が繋がること」にある。それを忘れないための、備忘録としての役割です。   
 そして最後は、未来の子どもたちへのバトンです。今後、人類がまた別の困難に直面したとき、「かつての先輩たちは、こうやって工夫し、笑い合って乗り越えたんだ」という記憶が、何よりの勇気になるはずです。 

 私は、この本の制作に印税をもらわない形で携わりました。それは、この本が私個人の作品という枠を超えて、あの時代を共に生きたすべての子どもたち、保護者の皆様、そして同僚である先生方の「共同の記憶」であってほしいと願ったからです。『web望星』を読まれている皆様は、教育や人間形成に深い関心をお持ちの方々でしょう。ぜひ、この本を手に取って、皆さんのそれぞれの「コロナ禍」を思い出し、そして今、目の前にいる子どもたちの輝きを、改めて見つめ直すきっかけにしていただければ幸いです。 
 私たちは、あの三年間で、本当は何を学んだのか。その答えは、この絵本の余白の中にあるはずです。 

がっこうとコロナ

作・松下隼司 絵・オクダサトシ   

教育報道出版社 1650円(税込) 

松下隼司

まつした・じゅんじ 1978年、愛媛県松山市生まれ。2022年度、文部科学大臣優秀教職員表彰。著書に『せんせいって』『ぼく、わたしのトリセツ』『先生を続けるための「演じる」仕事術』『むずかしい学級の空気を変える楽級経営』『教師のしくじり大全』など。

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