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【BOOKS】岡真理・小山哲・藤原辰史著/『中学生から知りたいパレスチナのこと』◎澤一澄

大人も知らねばならないこと

 パレスチナでは現在もジェノサイドが続いている。2023年10月、イスラーム主義を掲げる民族解放組織ハマスによる越境攻撃を契機に、イスラエル軍のパレスチナ自治区ガザへの大規模な攻撃が始まった。 

 パレスチナ問題は終わることなく続いている。1948年のイスラエル建国の日の翌日は、パレスチナ人にとってはイスラエル軍に故郷から追い出された大災厄「ナクバ」の日だ。それからいくつもの戦争があった。パレスチナ人を狭い土地に閉じ込めるイスラエル政府のアパルトヘイト政策への、数知れない抵抗運動もあった。それでも未だに続いている。 

 この本では現代アラブ文学・パレスチナ問題研究者の岡真理氏、西洋史とくにポーランド史研究者の小山哲氏、現代の食と農の研究者の藤原辰史氏がパレスチナ問題を語る。これまで中東問題のひとつとして取り上げられてきたパレスチナ問題だが、三人の研究者の考察は全く違う。タイトルには「中学生から知りたい」とあるが、むしろ大人が知らねばならない問題が書かれている。 

 ヨーロッパでのユダヤ人差別に対して、19世紀に中東欧でユダヤ人のナショナリズム思想であるシオニズムが唱えられた。そこで掲げられた目標が、ユダヤ人が正典に記された故郷パレスチナに新しいイスラエルを建国することだった。 

 外国に自分の土地を得るという考えのもとは、ヨーロッパの植民地政策だ。つまり、現在のパレスチナ問題は、もともとヨーロッパから引き起こされた問題なのだ。これは日本人にとって他人事ではない。かつて日本も中国大陸を侵略し、農民を追い払って日本の貧農を送り込み、満州国を作り上げ、現地の人々の憎しみを招いた。 

 第二次世界大戦中のナチス・ドイツによるホロコーストでのユダヤ人虐殺は、ドイツ国民に自分たちの国の罪として刻まれている。ただ虐殺されたのはユダヤ人だけでなく、ロマや障害者、対戦国の人々やパルチザンもいる。アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所に代表される絶滅収容所での虐殺だけではなく、敵国都市を包囲し兵士以外の一般人も餓死させている。現在のドイツ政府は、さまざまな形でイスラエル政府を援助している。イスラエル政府の名の下に行われた虐殺や不当行為を責めることはしない。 

 パレスチナ問題は軍による攻撃や殺害だけではない。パレスチナ自治区のガザとヨルダン川西岸地区の水と土地は、イスラエル政府によってユダヤ人入植者に握られている。農地を取りあげられたパレスチナ人はユダヤ人入植者の農園で働いている。水と食べ物を手に入れるのも不自由なのだ。 

 さらに2007年からガザ地区が封鎖され、翌年から食料や衣料品、電気の供給も制限されはじめた。「青空の見える監獄」だ。電気がないと下水道の処理もできなくなるので、地下水も海も汚染された。意図的に飢餓に陥れるのも暴力だ。 

 現代の世界で、歴史を日本史・東洋史・西洋史に区分けするのは無意味だ。著者のひとり藤原辰史氏は、歴史学の前提が大きく崩れていく感覚をもったと言う。世界史は書き直されなければならない。力を振るってきた側でなく、力を振るわれてきた側の目線から書かれた世界史が存在しなかったことが、強国の横暴を拡大させたひとつの要因であるならば、現状に対する人文学者の責任もとても重い、と。 

 パレスチナ問題の解決の糸口は見えない。踏みつけられ、傷つけられ、殺されている人々の悲しみと絶望、憤りに、近い国の人々も遠い国の人々も共感することが、何らかの道筋をつくるのではないか。 

中学生から知りたいパレスチナのこと  

岡真理・小山哲・藤原辰史 著

ミシマ社   1,980円(税込)

澤 一澄

さわ・いずみ 出版社勤務を経て司書。さまざまな図書館を渡り歩いたあと、現在、介護休業中。パレスチナ問題というと、在米パレスチナ人の文学研究者エドワード・W・サイードの著作を思い出します。1993年のオスロ合意のとき、私は「これで終わったんだ」と安心しました。でもサイードはこの合意は成功しないと見抜きました。実際そうなりました。2003年67歳で逝去。サイードの著作で私が好きなのは、パレスチナ関係ではありませんが『知識人とは何か』(平凡社ライブラリー)です。「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」。この一文が響きます。 

※平凡社の「平」の中の点は正しくは漢数字の八