第2回 私のひとり暮らしな日々 和田靜香
高校を卒業した1984年春、家族と住んでいた沼津の家を出て東京にひとり来た。最初の数ヵ月は高校時代の友達と三人で中野駅近くのアパートに住んでいたものの、すぐに空中分解。同じ中央線にある荻窪駅から徒歩20分、六畳一間のアパートにひとり移った。
お風呂のない部屋だったから近所の銭湯に通って、当時の利用料は250円~300円ぐらいだったかなぁ。ネットもスマホもない時代、お風呂屋さんに行くのは外の人と触れ合う大切な時間でもあった気がする。自意識過剰な世代だから誰かに話しかけたりはしないけど、いつも同じ時間帯に行けば顔見知りというか、裸見知り(って、おかしい?)な人たちが数人いて、今日もこの人いる、今日は元気なさそうだなとか、湯舟に隣り合って浸かりながら思っていた。
その後、姉も東京に来てしばらくはふたり暮らしに。でも、アパートの更新をするかしないかで姉は結婚して出て行ってしまい、私は還暦になる今までずっとひとりで暮らしている。
いろんな人から「ひとりは寂しいでしょう?」と聞かれてきたが、正直そんなことはほとんどない。何かを書いてるとき、周囲に人がいるのが心底うざったい。「鶴の恩返し」の鶴が、「決して見ないでください」と言った気持ちがすっごい分かるというか。いや、それは状況が違うだろう? というか。私は書くために生きている。いつまでも下手くそないちライターだけど、書くのを邪魔されたくないと思う。
それでも日本社会に於いて、ひとりで暮らすのは難しいことが多々ある。日本の社会保障制度は「正社員の男性に専業主婦の女性と子供ふたりの世帯」を標準モデル家庭として組み立てられているし、いまだ家父長制的な因習が多々残る。ひとりで暮らす女性の暮らし向きが良くなることは中々ないし、何かと風当たりが強い。そんなのおかしい。変えたいと思う。だから、ひとりで暮らす女性たちの声を聞いたり書いたりすることが、最近の私の仕事にもなっている。
ところがだ。2025年の年末差し迫る中、とつぜんふたり暮らしになった。いや、正確にはひとりと一匹。
私は一年ばかり、近所の空き地に住む小柄なクロサビの、夫に先立たれたというおばあちゃん猫にご飯をあげてきた。以前からそんなことをしていたわけではないけど、行きがかり上そうなった。他に女性ふたりとLINEでつながり交代でご飯をあげ、空き地の持ち主に許可をもらって手作りの猫小屋を置いたり。「おしっこやふんが臭くて迷惑する」と近所の人から怒られたので空き地の片隅にトイレエリアを作ったら、猫はちゃんとそこでしていた。

その猫がご飯を食べなくなった。あれ? と思っていたら瞬く間に動けなくなり、どうしよう?と迷っていると、私のところにヨタヨタと倒れそうになりながら近づいてきて、ギャッと一声だけ鳴いた。一年もご飯をあげていても日ごろは近づけばすたこら逃げ、一声も発しなかったのに、もしかしなくても助けを求めている? ただ事じゃないと知人に連絡し、猫を運ぶキャリーを持ってきてもらって病院へ一緒に向かった。
猫は既に重度の尿毒症で多臓器不全の状態で、「明後日まで生きていたら、また来てください」と言われ、(えっ、そうなのか?)と慌てた。直前まで私は待合室に知人とふたりで座って「年末年始は実家に帰るし、預かり先がないんです」なんて言ってたのに。私の家はペット不可物件だ。でも、「家に連れていく」と決めた。

そして私と猫のふたり暮らしが始まった。本や洗濯ものが乱雑に置かれた部屋にキャリーを置くと、中で猫はひたすら寝ていた。あいにくとその日は仕事があり、出かけないとならない。ご飯をあげていた仲間に留守番をお願いし、私はふつうに仕事をし、しかし全速力で地下鉄のエスカレーターを駆け抜けて最速で帰った。ヨカッタ、まだ生きていた。
キャリーを覗くと猫の下に敷いたペットシートがおしっこでびっしょり濡れていて、慌てて交換した。その夜は何度かシートを交換し、シリンジで口元を水で濡らしたり、まるで介護生活だ。実は猫を飼ったことはないので、初猫飼いが介護である。「はいはい、濡れたの替えようね」なんて言いながら猫を持ち上げ、初めて間近に見たり触ったりした。日ごろは甘え下手な猫を、正直そんなにかわいいとは思ってこなかった。ご飯をあげて片付け、そそくさと帰る。それでも日々猫のもとに通い、最後は猫が私を頼ってきた。
猫は丸々二日間生きて、三日目の未明に眠ったまま死んだ。夏に暑く、冬寒い、真っ暗な空き地にひとり暮らした彼女の晩年を思い、私たち、同じシングル仲間じゃんと気づく。さらに病院に同行して手伝ってくれた知人も「夫は三年前に亡くなり、今はシングル」と言っていた。三日間、シングルの私たちはつながり、助けたり、助けられたりしながら暮らした。ひとりで暮らしていても、すべてひとりで請け負うのではなく、責任を分担する。大切なことを、猫と暮らした三日間で改めて学んだ。猫よ、ありがとう。今ごろ気づいたけど、私はあなたを大好きだったよ。


和田靜香さんは最新刊『中高年シングル女性 ひとりで暮らすわたしたちのこと』(岩波新書)で、社会保障や公的支援からこぼれ落ちてしまうシングル女性が、いままさに直面している生きづらさをつづっています。この記事とあわせて、ぜひ読んでみてください。
わだ・しずか 1965年千葉県生まれ。音楽評論家で作詞家の湯川れい子氏のアシスタントを経て、フリーの音楽ライターとしてデビュー。『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(朝日文庫)、『50代で一足遅れてフェミニズムを知った私がひとりで安心して暮らしていくために考えた身近な政治のこと』(左右社)など、自身の生活の苦しさに対する疑問を起点に政治について考える著作も執筆している。インターネットメディア「ポリタスTV」のMCとしても活躍中。

