【フォトエッセイ】虫めづる奇人の回想◎小松貴――第81回/異世界でチュウゴクアミガサハゴロモは

第81回 異世界でチュウゴクアミガサハゴロモは

 最近、街中の街路樹の枝に、やたら白い綿毛のようなものが絡みつくさまを見かける。それは大概、セミの遠い親戚筋に当たるハゴロモという昆虫の外来種・チュウゴクアミガサハゴロモの幼虫がたかるさまだ。

ニワウルシの幼木にたかるチュウゴクアミガサハゴロモの幼虫。遠目には、そういう樹皮の植物に見えてしまう

 2018年頃に国内で初めて確認されたこの昆虫は、瞬く間に分布を各地に広げ、その勢いはなお衰える様子がない。元々国内には、カシ等の常緑樹に付く在来の近縁種がいたが、近頃この外来種の蔓延に圧されているのか、前ほど見なくなった気がする。

チュウゴクアミガサハゴロモの成虫。やや赤みを帯びた灰色の翅、長四角の白斑が特徴
在来種アミガサハゴロモ。抹茶の粉をまぶしたような翅に、三角形の白斑が出る。通常、常緑のカシ類だけに付く

 ハゴロモの仲間の幼虫は、針状の口吻を植物に刺してその汁を吸う。一匹二匹程度ならば大した影響もないが、チュウゴクアミガサハゴロモは旺盛な繁殖力を示し、一本の木の枝にしばしば夥しい数がたかるため、植物に与えるダメージは相当なものだろう。ここ二、三年、私の家の近所でも急に見るようになった。外来種ゆえ、国内にこれを効率よく減らす天敵がいない。増殖スピードが尋常でないため、いずれ園芸作物に何らかの被害をなすと思う。在来の近縁種と違い、木本・草本を問わずあらゆる植物に見境なく取り付き、ひどい時には公園で遊ばせていた息子のズボンの尻にさえ飛来したこともあった。

キバナコスモスに付くチュウゴクアミガサハゴロモの幼虫。在来種のアミガサハゴロモはこのような草本には付かない

 昨今、猫も杓子も「異世界転生」で、これをテーマとしたアニメやら小説やらが、巷に溢れ返る。先行きが見えず、努力も報われず、悪人も碌に裁かれない鬱屈した今の日本。現世から離れて救われたいという、現代人達の願望を如実に反映した結果だろう。かような「転生モノ」の舞台となるのは、往々にして中世ヨーロッパじみた「剣と魔法の異世界」であり、ゴブリンだのエルフだのドラゴンだの、現実離れした存在が支配している。現実を忘れたい人間が読むのだから是非もない。

 しかし、いつも不思議に思うのだが、この手の「転生モノ」における異世界では、食料としてリンゴ、休息の場面で紅茶、移動手段として馬が当たり前に出てくる。私の認知する限り、作中でもそれらをしばしばリンゴ、紅茶、馬と呼称する作品ばかりだし、それらの外見も普段我々の認知するそれらそのもの。なので、それらは異世界特有のリンゴや紅茶、馬じみた別の何かではなく、現世と同一の家畜・作物(およびその由来物)と考えるのが筋だ。つまり、生物としてMalus domestica(リンゴ)、Camellia sinensis(紅茶の原料チャノキ)、Equus caballus(ウマ)があちらの世界にもいる訳だ。現世とあちら、どっちからどっちへもたらされたのかは謎だが()、確実なのはこれら生物が時空を超越した外来種ということだ。

 もし現世からあちらへもたらされたなら、間違いなくそれに付随する病害虫も向こうに行っている。縮尺の関係でアニメのセル画に描かれていないだけで、絶対にチュウゴクアミガサハゴロモも異世界に侵入しており、ユグドラシルの世界樹とかの枝にびっちりたかっているに決まっているのだ。

※仮に家畜・作物があちらから現世にもたらされたなら、向こうでそれらを食害、略奪している魔獣やら異形のモンスター害虫やらも付随してこっちに侵入していてもよいはずだが、それっぽいものをそこらで見かけないので、私は現世→異世界説を支持する

幼虫はバレリーナかリオのカーニバルの衣装にも似た毛束を背負う。驚くと高速で跳ね、その後落下傘の如く降下する
小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。

バックナンバー

バックナンバー一覧へ