月刊『望星』は2024年11月から『web望星』として再スタートを切りました。

【連載】続・マタギの村から◎大滝ジュンコ――第47回/雪下ろしはオモヤミ案件だ

第47回 雪下ろしはオモヤミ案件だ

 冬で最もオモヤミなのは雪下ろしだ。「オモヤミ」とは、このあたりの方言で「気が重い」こと。玄関前や車に積もった雪の処理なんて当たり前のことだからなんとも思わないのだが、雪下ろしは私にとって、十分な「オモヤミ案件」だ。屋根の上の作業は怖いしキツい。 

 豪雪の年などは一冬に三、四回、屋根に上がる。季節外れの雨や気温が上がった日のあとは雪の嵩が減って重くなる。そんな場合は屋根の上の積雪が60~70センチほどで雪下ろし出動だ。フワフワの軽い雪が多そうだったら、1メートルくらいだろうか。村中の家が同じタイミングで雪下ろしをすると、村の道が埋まってしまう。重機で除雪して道を確保する役は夫。「そろそろ雪下ろしかな」と予感すると、自然とお互いが連絡を取り合う。毎年繰り返すことで村人共通の頃合い目安ができているのだ。嫁いだ当初は超能力にみえたものだった。 

 一番上の屋根を「大屋根」と呼んでいる。雪下ろし作業がなければ、晴れていたらなおのこと、大屋根の上は気持ちがいい。ぐるりと山に囲まれた中に身を寄せ合う村が、なおさら小さく、ジオラマのように見える。目線が上がって山や空の一部になったような感覚は、鳥の気分さえも味わえる。 
 吹雪だとしても、やはり非日常感には高揚する。オモヤミは、記憶の中の屋根上の絶景と好奇心で吹き飛ばすのが手っ取り早い。ただ、自宅と工房の他、高齢者の家の手助けも、となると二日がかりの重労働。筋肉痛必至だが、高齢になっても屋根に上がる先輩がたの姿が、甘えた心に一番効く。 

 雪下ろしを始めるには、まず装備から。手袋はゴム製で暖かく柔らかなものがいい。防水合羽も必須だが、中にはすぐ脱げるものを何枚か着ておく。全身運動が続くから暑くなり必ず脱ぐから、白銀の屋根の上には、脱いだ衣類が徐々に散らかっていく。長靴の中に雪が入ってつま先が蝕まれないよう、脚半も重要アイテムだ。脚絆の代替で極太の輪ゴムで足首のカッパの裾を縛るのも有効。長靴はスパイク付きだと安心感が増す。 

 準備ができたらハシゴを登って、まず屋根の縁に上がる場所の雪を掘る。足場ができたらスコップやスノーダンプ、滑り台用に加工したプラスチック製の板、それに飲み物やお菓子など、必要なものを全て屋根に上げる。定番のお供はオロナミンC。体を冷やさない一瞬の休憩にちょうどいい。私はこのご褒美を「雪オロC」と呼んでいる。 

 次に、滑り台を設置する箇所の雪を地面に落とす。滑り台はポリカーボネートやプラダンの上部に穴を開けて紐を通し、杭になる木の棒にくくりつけた簡易なもの。杭を雪に刺して設置して、掘った雪をそこに乗せれば、勢いよく滑り落ちていき、移設も簡単な便利グッズだ。だが絶対に板の上に乗ってはいけない。屋根の縁にも要注意だ。雪庇[せっぴ]になりがちで、スコップで雪を削り崩して縁の在処を確認してから攻め込む。 

屋根にはスコップ類、滑り台、ビニール袋に入れた飲食物が上がる

 ただ屋根から下ろせばいいというわけではなく、なるべく家から遠くへ放り投げる。雪が後に壁を押して家を傷めるからだ。玄関前に落とすのもNG。晩秋のうちに、家や窓を保護するために雪囲いを打ち付けているのだが、窓部には鋼板製のトタンではなく、光を取り込むために透明なポリカーボネートの波板を使う。雪が雪囲いに密接すると、家の一階は一気に真っ暗になる。遠くに雪を飛ばすこととは、窓辺に光を入る隙間を確保する暗闇回避術なのだ。日本海側の冬の晴天の乏しさでは、わずかな光でも本当にありがたいものだ。 

 屋内は暖かいから、瓦屋根に面した雪は溶けて凍ってを繰り返してザラメ状になっていて滑りやすい。だから雪下ろしは瓦から10センチほど雪を残して、摩擦が効く程度で深追いしないことが重要だ。大屋根が下ろし終わると、庇へ移動する。スノーダンプは上級者の男性専門だ。踏ん張る力がなければ体ごと雪と一緒に飛んでいってしまう。 

束の間の青空。非日常の景色がやる気を盛り上げる

 昨年は異常なほど雪が少なくて、雪下ろしをしなくて済んだから、移住後二度目の冬を迎えるKちゃんはこれがデビュー戦だ。さらに遠方から訪れていた知人も、体験してみたいと屋根へ上がった。雪下ろし初体験者が二人。この日私は、ここに書いたことを、その場その時で教えていったのだが、私もこの村に来た当初、同じように教えてもらったものだった。見たことがある、知った気でいる物事のほうが、怖いもの知らずの事故が起こりやすい。知れば知ったで恐怖は増すが、死なないための術とはそういうものだ。 
「よく頑張った、疲れたでしょう」と労うと、「あまり役に立てなかった」「引け腰になってしまって恥ずかしい」と口々に悔やむ。 
「それが大正解。怖がりながら作業すれば効率も悪いし無駄に力むけれど、それが一番安全だから」と伝える。かつて母ちゃん(義母)が私に言ってくれた言葉は、今も私たちを守ってくれている。 

雪下ろし初体験の友人は工夫を重ね、省力で雪を遠くへ投げる新フォームを編み出していた
あれほど晴れていたのに瞬く間にドカ雪が大降りに。山の天気のようだと思ったが、ここは山だった
大滝ジュンコ

おおたき・じゅんこ 1977年埼玉県生まれ。新潟県村上市山熊田のマタギを取り巻く文化に衝撃を受け、2015年に移住した。