「トイレ個室内」迷子問題
前回は、視覚障害の方がトイレにたどり着くまでの困難について書きました。今回は「トイレ個室内」の困りごとについて考えていきたいと思います。
単独行動の視覚障害の方のご苦労は、読者の皆さんも想像はつくかもしれません。目が見えていたって最近のトイレは難しい……。個室に入ったら、突然、水が流れる音がしたり、本当に水が流れたり、便器のフタが開いたりしまったり。
「お? おおお?」と慌てた人もいるはずです。ええ。私もその一人です。
日本のトイレはとにかく多機能で至れり尽くせりです。
トイレットペーパー、流すボタン(大・小用)、汚物入れ、便座除菌用アルコール、荷物をかけるフック、高性能な温水洗浄便座、手すり、非常用ベルなどなど。さらに乳幼児用の椅子や着替え用のフット板。最近では生理用ナプキンが個室内に用意されているところもあります。

視覚障害の方の中には、シンプルなトイレでも、流すボタンと間違えて非常ベルを鳴らした方が複数いました。流すボタンと温水洗浄便座のボタンの区別がつきにくいという声もあります。ある人はこっそりとドアを開けて「流すボタンはどこですか?」と聞いたらしいのですが、それはなかなか勇気がいることです。
「入る前に周囲の人に聞けば済むこと」と思うかもしれませんが、周囲に人がいるとは限らないし、そもそもいるかどうかもわからない。こうした事態はかなりの頻度で起こり得ます。
せめて、便座の向きや流すボタン、トイレットペーパーの位置は共通であってもいいのではないか?とつくづく思うのです。
視覚障害者とその介助者・支援者を対象にした独自のアンケート結果を見ても、困りごとのトップは「流すボタンの位置がわからない」です。

ドアは閉めたのだから、落ち着いて対応すれば開けられる。トイレットペーパーは、形状がはっきりしているので触ればわかる。しかし、流すボタンは小さかったり、温水洗浄便座と一体化していたり、場所があちこちにあったりして、とにかくわかりづらい。
実際、介助する多くの人が「流すボタンの位置」が伝えにくいと感じています。
ちなみに海外のトイレはかなりシンプル。日本の「細かい気づかい」と、海外の「シンプルで合理的」なトイレの〝いいとこ取り〟をすれば、誰もが使いやすいトイレもできそうな気はするのですが……。

左上から時計回りに、オーストラリア、フィンランド、フランス、韓国
便座の向きが違うだけでも、自分の立ち位置がわからなくなり、ドアが見つけられないということが起こります。中途障害の方も多いので、見えない環境に慣れておらず、個室内で慌ててしまうことも。
介助者がいれば問題ないか、というとそうとは限りません。
たとえば異性介助。
私は原則、同性介助であるべきと思っていますが、現実は厳しく、年齢が上がっても異性の親が介助者となるケースは多くあります。また、今回のアンケートで、夫婦などお互い同意の上であれば、ことさらNGとは言えないケースもあることに気づきました。

異性介助の場合、男女いずれかのトイレに入るか、バリアフリートイレに二人で入るしかありません。その際は周囲の目もかなり気になるという声も聞きました。それはそうですよね。前回、書きましたが、痴漢目的で視覚障害者をバリアフリートイレに連れ込もうとする人もいるくらいですから、二人で入っていったら「むむ?」と周囲の人は思うかもしれません。
同性同士でもどこまで介助が必要かによって対応が変わります。一通りの説明があれば一人で行けるような人でも、「ドアの前で待っていてほしい」という視覚障害者の人もいます。「近くにはいてほしいけれど、ドアの前はちょっと」という人もいるでしょう。
ある介助者の方は、イベント会場などでトイレが長蛇の列のとき、視覚障害の方が入っている間、ドアの前で待ち、そのあと介助者が入るそうなのですが、「何? 割り込み?」という視線を浴びることもあるそうで、「事情がわかるような話をわざと大きな声で話してみるけれど、ちょっと気まずい」と――。お察しします。
ルールを順守する日本人は、トイレもきちんと並ん順番を待ちます。だからこそ、気持ちよく使用できますが、時と場合によっては、当事者は「きちんと事情を周囲に伝え」、周囲の人は「柔軟な対応」をする、そういう心の余裕をお互いが持つことも肝要かもしれません。異性介助の場合でも、介助される側が「〇〇さん、ちょっと案内して」などと言って入れば、誤解されずにすむかも――。
冒頭で、こっそりドアを開けて周囲の人に聞くというのは「かなりの勇気がいること」と申しましたが、「そんな経験はあるある!」というくらい、自然なこととして受け止め合える、そういう社会であることも実は大事なことかもしれません。
視覚障害者の方は便座の衛生状況を確認できません。トイレ個室内で白杖の置き場にも困っています。すべてに配慮すべき、とは言いません。
せめて周囲の人は「たずねられたら、快く案内する」気持ちを持っていたいものです。

余談になりますが、友人が、外国でトイレを詰まらせて困っていたとき、たまたま来た清掃の人に伝えると「うんうん、わかった。行っていいよ。教えてくれてありがとう」と言ってくれたそう。
そんなふうに言える人でありたい……。
視覚障害者の方がトイレを案内された際に「助かった」と思うことも聞きました。その結果も記しますので参考にしてください。


いしかわ・みき 出版社勤務を経て、フリーライター&編集者。社会福祉士。重度重複障害がある次女との外出を妨げるトイレの悩みを解消したい。また、障害の有無にかかわらず、すべての人がトイレのために外出をためらわない社会の実現をめざして、2023年「世界共通トイレをめざす会」を一人で立ち上げる。現在、協力してくれる仲間とともに、年間100以上のトイレをめぐり、世界のトイレを調査中。 著書に『私たちは動物とどう向き合えばいいのか』(論創社)。