第58回 大慌ての年の瀬
秋が深まる頃、「正月はどうするか」の話題がぽつりぽつり、村のあちこちのお茶飲みや酒飲みの場で起こった。正月をやるかやらないか、というこの議題は、この村上市の山奥・山熊田では今や、かなり重要なテーマとなっている。私は「いよいよ過渡期か……」と思った。
不幸があった家族や親族は、祝い事や神事を遠慮(自粛)する習慣がある。死=不浄という考え方に基づき、神様やその領域を穢してはならない、ということだ。今まで、一年間の遠慮期間が慣例だった。それはこの村に限ったことではないのだが、ここは複雑なレース編みレベルの親戚相関図ができあがりそうな小さな村だ。十五軒三十二名、高齢化率63%となった昨今、どうなるかはご想像通り。盆踊りにご長寿祝いの敬老会や村祭りなど、生者が生きることへのありがたさ楽しさを実感するための催事は、ことごとく中止になった。もちろん正月も例外ではない。さすがに村の人々も「今後のことを考えれば、この仕組みは良くないのでは。何もできなくなってしまう」と思い至るようになったのだ。
毎年11月4日は山熊田の村祭り。この村のお祭りは神輿や笛太鼓で賑わうようなワッショイ型ではなく、神主様が各家々の神棚に祝詞をあげて村を巡る、という、しっとり型の御神楽だ。
昨年のお盆の只中、私の叔母であり機織り師匠が亡くなったので、お祭りを遠慮する家がほとんどになってしまい、お祭り自体が中止になった。別日に、村のお宮さま(浅間神社)を護る神主様が家々へ、気枯れを落とすフルツキバライ(古月祓い)をしに巡ってもらった。その折に適切な遠慮期間を相談すると、従来一年間だった慣習を踏まえてか、百箇日を過ぎれば差し支えはない、とのこと。哀しみが薄れるまでは人それぞれだから、個々の気持ちを当然優先するけれど、ひとまず百箇日を目安に行事を考えようか、と落とし所の当たりはついた。しかしそれ以降、村の衆での話し合いや進展も特に無く、従来通りの遠慮の新年か、と思っていた。それが急に百箇日ルールにすると決まったらしい。それがなんと年末ギリギリ。油断した。そうだった、こういうことが起こる村だった。
正月様をお迎えする準備だ。煤払いのための藁箒を作ってお掃除し、餅米を研いで浸水させる。「イタダキ」と呼ばれる、ちょっと変わった形の鏡餅などを作るためだ。煮豆や塩蔵の山菜キノコ類を塩出ししたり、と急に大忙しになった。正月モードだと水あげ(各家々の仏壇への挨拶回り)の来客もあるということだから、お酒やおかずの用意もしなくては。母ちゃん(義母)もエンジンフル回転の正月モードになっているから頼もしい。

通常は11月のお祭りの前に、村のみんなでお宮様や参道、集落の道の掃除をする。そして年末には総代(二年交替の村の代表)が初詣のために参道の雪を踏み固めたり、初詣の御神酒のおちょこの準備をする。今年はお祭りが中止だったことで掃除も中止。お宮様に上がれない。ということは、初詣のためのお掃除をしに行かなければ。夫が今年から総代を務めているが、参道の枝葉やお宮様の中の掃除は久しぶりだ。私と夫、二人で向かう。
【動画】カンジキでお宮様までの道を踏み作る
雪の上を歩くためのカンジキは水にしばらく浸けてから履く。足首にくくりつける縄は凍っているがしっかり結んで、スコップと雑巾を手に参道の踏みつけから始める。寒いからパウダースノーだけれど、一応踏み固まっていき、道になる。問題は木造の太鼓橋と、堆積した杉の枝葉に雪が積もった古い石階段だ。滑る要素に満ちている。太鼓橋の上は滑りにくいよう雪を残して踏み固め、のぼり口も階段状に。石段はさらに危険で、段ではなく傾斜になっていた。フカフカ枝葉と雪と石段の角が混在している。踏み固まらない。スコップで雪も枝葉も土も一切すくって放り投げ、すっかりきれいにする。
ようやくお宮様に辿り着いて、意を決して戸を開く。秋にあれほど家や工房で対峙したカメムシが、きっと山ほど転がっているのだろうなと覚悟していたけれど、そうでもなかった。そうか、お宮様は寒いから入り込まないのか。とはいえ、砂埃やら虫の死骸などしっかり汚れていたから、掃いて拭いて磨いて、の繰り返し。最後に床を水拭きしてスッキリすると、陽の光が差し込んだ。東西に山が隣接した山間だから、朝日も夕日も見られない。だからか、山熊田のお宮様は南向きに立っている。手足の凍えも忘れるくらい、きれいだ。思いがけないご褒美が嬉しい。

それ以降も、神様用に左縄(反時計回りのねじり方)でしめ縄をなったり、男だけが参る「山の神」へのしめ飾りを作ったり、四升分の餅米を蒸してイタダキのお餅をついて丸めたり、お餅と藁で正月様用の飾りを作ったり、正月っぽい食材や村の熊撃ち衆の祝いの席の酒の肴の買い出しに、とおおわらわ。雪も容赦なく降り続く。去年の大晦日は大雪で停電したから、今回も備えておこう。
という具合に、年の瀬ハプニングはなんとかなった。やはり賑やかなお正月はいい。心の準備はしたかったけれど、最後までビックリさせられた一年を無事終えることができた。来年も皆でお正月を迎えられたらいいな。


おおたき・じゅんこ 1977年埼玉県生まれ。新潟県村上市山熊田のマタギを取り巻く文化に衝撃を受け、2015年に移住した。


