【連載】今日もサメ日和◎沼口麻子——第4回/サメについて学び成長する子どもたち

第4回 サメについて学び成長する子どもたち

 サメに関心のある子どもから相談を受けることがある。
「サメの研究をしたいのですが、サメはどこで手に入れられますか?」

 一般的にサメを研究することはハードルが高い。神出鬼没なサメはいつ漁獲されるか予測できないので、種類によってはサンプルを入手することが難しい。また、魚体も大きいものが多く、まずは漁師さんに協力をしてもらうことが大前提となる。

 次に、運よくサメが水揚げできたとして、運搬にはフォークリフトやトラックが必要だ。一時的に保管するのであれば大型の冷凍庫も手配しなくてはならない。そして、その大型のサメを解剖するための施設や研究設備も必要となるだろう。

 最後に忘れてはいけないのが、解剖後のサメの残渣[ざんさ]を処理する手配。大抵は数十kgから数百kgに及ぶので、トラックやダンベ(魚市場にある水色の大きな容器)を用意して、受け入れ先を予め探しておくことは譲れない。

サメ好きが集まる館山サメ合宿

「パチーーーンッ」

 甲高い音が鳴り響く。巨大なムチで思いっきり引っ叩かれたような音。びっくりして硬直する者や、目を見開く者がいる。ここは千葉県館山市。海水で湿ったコンクリートの上に、トラックの荷台から大きなサメが勢いよく落とされた。ムチのようにしなる細長い尾びれ。「パチーーーンッ」というのは、胴体よりワンテンポ遅れて地面に叩きつけられた尾びれの音だった。その大きな音から、ムチの威力を想像するのは難しくなかった。

 これは私が主催する館山サメ合宿の会場でのひとこま。5歳から60代までの「サメサメ倶楽部」のメンバー30名ほどが各地から集まった。「サメサメ倶楽部」とは、サメ好きのためのコミュニティだ。だから、メンバーたちはもちろん皆サメ好きである。

 私が企画するサメの教育学習イベントは、たまたま網にかかって死んでしまったサメを漁師さんから譲ってもらい、それを教材として利用している。サメの命をできるだけ無駄にしたくないので、解剖実習で使わなかった部位はできる限り食べる。

 この日、早朝の湾内で漁獲されたのはマオナガというオナガザメ科の一種だった。胴体と同じくらいの長さのエレガントな見た目の尾びれを持つが、触ってみると想像以上に硬い。マオナガはこの尾びれをハンティングに使うという特殊な生態を持つ。鞭のように海面を叩いて魚の群れを脅かしたり、あるいはエサになる魚にダメージを与えたりするのだ。

 また、美味しいサメとしても知られており、広島県ではお刺身として食べられる。私はサメ肉をフライにしてトルティーヤで巻いたものが大好きだ。マオナガはネズミザメ目というグループに属し、サメ特有のアンモニア臭が少ないのが美味しさの理由の一つだ。

 サメ合宿は、自分のテーマに沿った各自のフィールド学習の手助けを行う目的で開催している。もともとサメの話だけを3時間する「サメ談話会」というイベントをやっていたのだが、生のサメにアクセスしたいというニーズが増えてきたので、2013年から私が始めたサメ好き向けのサービスだ。

 今回はある小学生から免疫に関する研究をしたいと相談があったので、新鮮なマオナガから脾臓の採取を行った。また、顎の構造に関心がある小学生は自分で大きなサメの頭から顎の骨を取り出した。サメの食性に興味のある小学生は胃の内容物を観察した。私はそれら実習の指導をしながら、あとで食べたい部位を確保する。

 続いて「ハンマーヘッド」の愛称で知られるアカシュモクザメ、エメラルドグリーンの眼を持つ深海性のエドアブラザメ、頭でっかちなネコザメ、成熟個体のドチザメ、70kgはありそうな巨大なホシエイがトラックの荷台から降ろされた。

 大きなサメやエイが地面に落とされる度に、子どもたちから大きな歓声が上がる。そんな声を聞いてかギャラリーも集まってきて、会場には気づけば70名ほどの人たちがごった返していた。

館山サメ合宿に参加した「サメサメ倶楽部」のメンバーと(2025年10月12日)

プレゼンする小中学生たち 

「これはなんというサメ?」「どんな特徴があるの?」など、サメについての質問が嵐のように飛び交った。ここは交通整理をする必要があると思い、「サメサメ倶楽部」の小中学生メンバーに急遽サメの解説をお願いすることにした。 

 この日は皆、朝4時に起きて、定置網漁体験も行っていたので、疲れていると思ったのだが、4人の小学生と1人の中学生が立候補してくれた。ネコザメが好きな小学生はネコザメを、マオナガが好きな中学生はマオナガを。初対面の人にサメを解説することは皆が初体験であったと思う。さらには本物のサメを手にとって解説をするのだから、プロの解説員さながらである。 

 緊張でちょっと顔をこわばらせながら、ときおり私と「この解説であっていますよね?」「うん大丈夫だよ」という目配せを交わしながら解説を立派に行った。ぶっつけ本番だったにもかかわらず、各々が好きなサメについて立派に解説を行えたのはなぜだろうか。それにはちゃんとした理由がある。私はZoomを使った「サメサメトーク」という会を毎月開催しているからだ。 

 これは子どもたちが毎回テーマを決めて、それについて調べ学習を行い、オンライン上でプレゼンをするというもの。プレゼンの形式は自由だ。公園の砂地にサメの実物大のイラストを書いて説明したり、サメが一人称のオリジナルの物語を作ったりする人もいる。紙粘土で作ったサメや絵本を自作する未就学児もいる。もちろん、大学生さながらにパワーポイントやキーノートなどのプレゼン用アプリを使って発表する小中学生も少なくない。 

 重要なのは、テーマを自分たちで決めて、自分の力で調べて、定期的に人前でプレゼンをする習慣をつけていること。プレゼンに対して質問や感想を述べ、ディスカッションをする時間も必ず設けている。今回のイベントではその地道な努力が、初めてのサメ解説の成功につながったのではないかと思う。サメを手にしながら解説する子どもたちの目は、いつもの何倍も輝いていた。 

「サメの研究をしたいのですが、サメはどこで手に入れられますか?」という冒頭の質問に的確に回答することは難しいが、そんな疑問を持つ子どもたちが、サメにアクセスする手段や導入のひとつとしてサメ合宿が機能すればうれしい。 

 さて、実習が終わったら、お楽しみの食事である。定置網漁で仕入れたお魚を使った地魚刺身盛りと残った骨で作ったあら汁。BBQではマオナガのTボーンステーキを焼き、夕食ではマオナガの心臓の刺身を試食した。気仙沼の郷土料理「もうかの星」は、ネズミザメ(別名、モウカザメ)の心臓の刺身である。ごま油と粗塩をつけて食べるのがおすすめ。マオナガでも同じように食べてみたところ、日本酒が欲しくなった。 

 この日の夜、スタッフだけに提供した夜食は、私特製のホシエイのクラスパー(生殖器)のバターソテー。サメやエイのオスには2本のクラスパーがあるのだが、成熟したクラスパーは表面が骨化しており、付け根や中身の一部に肉がある。スペアリブのように骨をしゃぶりながら食べるスタイルで、スタッフには概ね好評だった。 

 食用として流通していないのがもったいない。人に提供するためにはまだ調理方法の試行錯誤が必要であるが、サメを余すことなく利用するために、クラスパー料理を極めてみるのもいいかもしれない。 

 今日も今日とてサメ日和。よろシャーク。

《2025年10月11~13日に開催された館山サメ合宿の概要》 

〈初日〉 
はじめの言葉/自己紹介/施設利用案内/昼食/サメ実習(屋内)/解凍、レクチャー、標本作り/夕食(地魚刺身盛り) 

〈2日目〉 
定置網漁船体験乗船/朝食(地魚のあら汁)/大型のサメの観察(屋外)/昼食(BBQ―マオナガのTボーンステーキ)/サメ実習/夕食(マオナガの心臓の刺身)/夜食(ホシエイのクラスパー・バターソテー) 

〈3日目〉 
朝食(ホンビノスガイのお吸い物と牡蠣の炊き込みご飯)/会場及び宿泊施設掃除/終わりの言葉  ※台風接近のため、ビーチコーミング、海岸清掃、釣りは中止 

シャークジャーナリスト沼口麻子の「サメサメ倶楽部」
https://lounge.dmm.com/detail/645/ 

沼口麻子

ぬまぐち・あさこ 1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、同大学院海洋学研究科水産学専攻修士課程修了。在学中は小笠原諸島周辺海域におけるサメ相調査とその寄生虫(Cestoda条虫綱)の出現調査を行う。現在は、世界で唯一の「シャークジャーナリスト」として、世界中のサメを取材し、その魅力をメディアなどで発信している。著書に『ほぼ命がけサメ図鑑』(講談社)、『ホホジロザメ』(福音館の科学シリーズ)。

バックナンバー

バックナンバー一覧へ