月刊『望星』は2024年11月から『web望星』として再スタートを切りました。

【連載】続・マタギの村から◎大滝ジュンコ――第48回/工芸の未来を照らすには

第48回 工芸の未来を照らすには

 2月某日、私は東京へ向かった。「第4回日本伝統工芸再生コンテスト」の授賞式に参列するためだ。白と黒に染まった雪国、山熊田から抜け出して、関東特有の乾いた空気と青い空。育ったはずなのに懐かしく感じないのは、ひどく緊張していたからだろう。 

 衰退の一途を辿る日本の伝統工芸。その現場が直面している課題解決をサポートすべく、創設理事のスティーブエン・バイメル・ヘイウッド氏らが立ち上げたJapanCraft21とアジア・ソサエティ・ジャパンセンターが共催するコンテストだ。彼の熱意は凄まじく、工芸の危機を当事者と伴走し、後押しする長年の活動は、数多くの有識者の共感を得て運営されてきた。他人事としないその姿勢は、私たち作り手には非常に心強くありがたい。工芸界を応援するには作品を買うだけでなく、このような活動に寄付するという形もあるのか、とその考え方にも驚く。 

授賞式で日本の伝統工芸の現状や支援への思いを話すJapanCraft21のバイメル氏
(Photos by Taishi Yokotsuka)

 単に作品を出品し優劣を評価するという性格のものではなく、全国の作り手が応募し、課題解決への具体的なサポートを展開してくれる。もちろん解決策の提案も必須なのだが、このようなコンテストは他に類を見ず、「羽越しな布」の危機的状況を打破したい私が、最も渇望していることだったから挑戦したのだった。そして今年度のクラフトリーダー賞の六名(組)に選出していただいた。 

 せっかくの機会だしと、若かりしころの母ちゃんが織ったぜんまい紬の着物と、私が織った羽越しな布の帯でめかし込んで、煌めく会場に入った。来場者は工芸愛好家や海外の方が多い様子。また、著名な染織家やデザイナー、美術関係者など錚々たる審査員の方々も並ぶ。 
 受賞者の中から、テーラーの高松太一郎氏が優秀賞ロニー賞に選ばれた。「彼の素晴らしい仕立て技術をもって、伝統工芸織物を世界に躍進させてほしい」という審査員のコメントが印象的で、スーツ・ドレスなど洋装を世界共通言語と捉える視点がすごくおもしろい。想像力だけはいつでも自由だと考えていたはずなのに、いつの間にか自分の視野が狭まっていることを自覚をさせてくれる講評は刺激的で、受賞者の活動も興味深いものばかり。未来が楽しみで仕方がない。 

今回の受賞者は染織、デザイナー、金属工芸、テーラーが選ばれた
(Photos by Taishi Yokotsuka)

 式には歴代受賞者も全国から集結していて、懇親会、二次会、三次会と時間とお酒が進むにつれ、参加者がみるみる仲良くなっていく。全員がおもしろい。普段の工芸の制作現場は孤独に近い環境だからなのか、素材は違えどモノづくりの同志ならではの話が尽きない。世の中には仲間がこんなにもいたのか!と興奮してしまった。 

 翌日は工芸の同志たちとの勉強会で、私が最も楽しみにしていたことだったのだが、それが今まで経験したことのない革新的な学びの場だった。講師は海外で活躍してきた先生方だ。私たちが抱える問題点、解決案は皆ほとんど同じで、それらを実現するために今何が必要かを具現化するワークショップ。 

 視野が狭くなっているのは私だけではなかったようで、相手を知り、どんな協働に、どのように作品に結びつけていくのか、を可視化するトレーニングは耳が痛い内容もたくさんあったけれど、確実に血肉化していく実感が凄まじい。美術大学でも学ばなかったことだ。 

 優れた工芸は確かに美しく素晴らしいものばかりなのだが、各々が専門的すぎて、実は相手によく伝わっていないことがある。それは自分たちの日常的な仕事が、決して当たり前のものではないことを自覚させてくれる。そうか、私に足りないことはまずここか、と目から鱗が落ちまくる。また、定められたグループには同じ傾向の作り手やデザイナーが集められ、グイグイ洗いざらいに話が進むから、頭の中で化学反応が起きまくる。 

工芸作家が各々自らと対峙したワークショップは一歩前進の手応えを得た
(Photo by Japan Craft21)

 知恵熱でも出そうなところで、私は窓の外の日本庭園を眺めた。木々の緑に山熊田を思う。ふと、しな布の色々な織り見本や素材たちを持参していたことを思い出して、机に広げた。隣に座る服飾デザイナーmatohuさんの「おもしろい素材の布に出会うとアイディアが止まらない」と楽しそうな反応に嬉しくなって、いろいろ相談に乗ってもらう。 

 会場にいた同志やスタッフの皆さんも、初めて触る木の皮でできた布を次々と面白がってくれている。新たな用途のアイディアも様々に提案してくれるし、質問攻めもまた嬉しい。そういえば授賞式の会場でも、たくさんの来場者、海外の支援者など多くの方々にしな布の帯を触ってもらった。どの方も初めて触る未知の布に目をキラキラさせて、話を聞いてくださったなあ。 

 このような活動を続けてきたバイメル氏と、彼に共鳴し協力する数多くの方々には心から敬服する。その熱意に応えるためには、私や羽越しな布のみならず、一つでも多くの産地や一人でも多くの作り手が、明るいワクワクした未来を作ることなんだ。 
 そうやって還元できる循環を創り上げるこの熱いコンテストは、また今年も開催されるそう。作り手はどんどん挑戦するといいと思う。 

大滝ジュンコ

おおたき・じゅんこ 1977年埼玉県生まれ。新潟県村上市山熊田のマタギを取り巻く文化に衝撃を受け、2015年に移住した。