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【フォトエッセイ】虫めづる奇人の回想◎小松貴――第72回/的外れな「シジミ」のレポート

第72回 的外れな「シジミ」のレポート

 夕方の民放(公共放送も大概だが)ニュース番組が時々組む生き物絡みの特集は、頓珍漢な情報の地雷原だ。見たら気分が悪くなるのが分かり切っているのに、新聞のテレビ欄に「殺人スズメバチ駆除に密着!」だの「謎の危険生物大発生!」みたいな煽り見出しを見つけては、いかにその内容が頓珍漢かを確かめるべく逐一律儀に見てしまう。 

 いつだったかの、某局の特集も本当に「想定内に想定外」の内容だった。もともと国内に生息しなかった小型のチョウの一種、クロマダラソテツシジミが、近年本州のとある町に侵入・定着した。ソテツを食草とするこのチョウは、瞬く間に大繁殖し、市街地に植栽されたソテツというソテツを食い荒らして害虫化してしまった。その、大発生した害虫たるチョウを映像に収めるべく、レポーター一行が現地に行ったのだが、このレポーターがまるっきり昆虫に関する知識を欠く男だった。 

ソテツは猛毒だが、それを無効化する腸内細菌を持つクロマダラソテツシジミ(通称クマソ)の前には無防備。
時に枯れるまで食い荒らされる。千葉にて 

 現地に着いたこのレポーターは、すぐさま路傍の草むらに小さなシジミチョウを見つけて「さっそく害虫のチョウを発見しました!」と言い、カメラクルーに撮影させた。そのチョウはクロマダラソテツシジミなどではなく、どこにでもいる在来種のヤマトシジミだった。しかし、レポーターもカメラクルーも、このチョウが自分達の探している種ではないことに一切気付かず、ヤマトシジミを大映しで公共の電波に流したばかりか、ご丁寧にも「外来種・クロマダラソテツシジミ」のテロップまで添えてのけたのである。彼はその後も草むらで次々にヤマトシジミを見つけては映像に写し、「これほどまでにたくさんいるとは……!」などと深刻そうな顔でレポートしていた。それを見ながら、私は「うん、まあ、たくさんいるよな、ヤマトシジミは東北以南なら日本中どこにでも……」とつぶやいた。 

もともと国内に生息しなかったクマソだが、台風・季節風で南方から飛ばされてきて、
その後自力で各地に拡散したらしい。長崎にて
ヤマトシジミ。各地で見られる普通種。斑紋、複眼の色、尾状突起の有無等、何から何までクマソとは別物だが……

 結局、この的外れな取材チームは立て続けに10匹以上のシジミチョウを見つけては次々と映像に収めたが、それらのうち本物のクロマダラソテツシジミは2匹くらいしか映っていなかった。逆に、あれだけ下手な鉄砲を撃って2匹本物を当てただけでも、褒めるべきだろうか。その後、「映像に一部誤りがありました」的な訂正も何もないまま、特集どころか番組自体が終わった。 

 これを見て分かったのは、この手のテキトーなニュース番組において、関係者はろくに対象生物のことなど前もって勉強していないこと、そして自分らの作った映像を適切な専門家に校閲依頼し、内容の正当性・正確性を担保することもないことである。 

 あの取材チームは、わざわざ遠路はるばる取材に出向きながら、自分たちの求めるべきものが何かすら終始分からぬまま路傍をさまよい続けていたわけだ。これほどまでに、滑稽な話があろうか。久しぶりに生き物絡みのニュース番組を見て、大いに嗤わせてもらった。テレビ関係者各位、自分らが知識も興味もないものをわざわざ番組にしないでいい。 

クマソのオスは日当たりよい場所にテリトリーを張り、他のオスを排除する。兵庫にて 
ソテツの葉の奥に見られたクマソの蛹。千葉にて  
小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。