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【フォトエッセイ】草木を訪ねて三千里◎藤井義晴――第18回/これこそ一匹オオカミの強さ  

第18回 これこそ一匹オオカミの強さ 

 植物には、キク科(950属2万種)、マメ科(700属1万~2万種)、ラン科(700属1万5千種)、イネ科(700属8千種)など、1万種以上の種に分かれて繁栄している大きな科がある一方、1科に1属1種しかない一匹オオカミ的な植物があります。 

 イチョウ(銀杏)は全国で普通に生えている植物ですが、1科1属1種。2億5千万年前、恐竜が栄えていた中生代に繁栄した植物の生き残りで、生きた化石と呼ばれます。近縁種の化石は世界各地で見つかります。 

秋に黄葉したイチョウ。木の下の葉が積もったところには雑草が生えにくい。
イネ科の植物はやや強く、イチョウの葉の下で生えていることがある 

 イチョウが生き残ることができた理由の一つが、他の生物にとって有毒な成分で葉や種子を守るため食べられにくく、アレロパシー(※)の強い植物だからです。 
※作物の根や葉から出る物質が、他の作物に影響する現象。作用物質をアレロケミカルと呼ぶ 
 イチョウの種子であるギンナンを包んでいる果肉はウンチのような悪臭です。昔、大学構内で拾ったギンナンを袋に入れて下宿に持ち帰ろうとした時、乗った市電の中で周囲の乗客から、「こいつ、オナラをしたのではないか」と白い目で見られた苦い経験があります。 

つくば市の一ノ矢八坂神社の大イチョウ。
全国各地に樹齢1000年を超えるイチョウの巨木が存在する 

 イチョウの英語名はmaidenhair tree。「乙女の髪の木」と上品に訳されていますが、語源は葉の形が下腹部の毛の形に似ているためのようです。東京都の木はイチョウで、1989(平成元)年に制定された都のシンボルマークは、一般に「いちょうマーク」と呼ばれることがあります。ですが都では「イチョウではなく、東京都の頭文字であるTをデザインしたもの」と公式にイチョウの葉由来説を否定しています。東京大学のシンボルマークはイチョウですが、東京都のマークと輪郭が似ています。 

東京都のシンボルマーク 
東京大学のシンボルマーク 

 ソテツ(蘇鉄)もイチョウに劣らず古い木です。2億5千万年前の中生代に繁栄した裸子植物の生き残りで、とても強い植物です。 
 ソテツは幹や種子にデンプンを大量に蓄えるので、沖縄や南西諸島では古くから食用に利用されていました。しかしソテツは全体にサイカシンという神経に影響を与えたり、肝毒性や発がん性も疑われる猛毒を含むので、食べるには十分な毒抜きが必要です。ソテツまで食べないといけない飢饉を「ソテツ地獄」と呼びますが、古くから常食をしていた記録があり、食材として見直すべき有用な植物といえます。 

らせん状に生えるソテツの葉。
葉の先端は尖っていて、触るとケガをする。葉柄にもトゲがあり痛い 
ソテツの若い雄花。強い臭気を出して虫を引き寄せる。
臭気を強めるために発熱すると10℃ほど高くなる。とくに雄花は高温になる 

 イチョウ、ソテツに並ぶ古い植物にキソウテンガイ(奇想天外)があります。アフリカ南部のナミブ沙漠にだけ自生する珍しい植物です。1億5千万年前の白亜紀の生き残りで、裸子植物から被子植物に進化する途中の植物とされます。 
 珍しい植物なのですが、種子はたくさん取れるので、世界各地の植物園で栽培されており、筑波実験植物園や京都府立植物園で見ることができます。苗も販売されており1株2万円程度で流通しているようです。 

キソウテンガイの雌花。種子はネットで販売されている 

 キソウテンガイは、寿命が長く、2千年以上の個体も確認されています。葉は生涯に4枚しか出さず、そのうち2枚は子葉なので、本葉は2枚のみです。葉は破れてボロボロになるので、悪魔の髪の毛のように見え、恐ろしい外観をしており、ここから奇想天外という和名がつけられたようです。

キソウテンガイの葉。
生涯この2枚の葉で生活する。筑波実験植物園で撮影 

 筑波実験植物園のキソウテンガイの葉を、許可を得て採取させてもらい、アレロパシー活性を測定したところ、強い抗菌活性・植物生育阻害活性を持っていました。研究はこれからですが、この植物も1属1種であり、長く生きのびてきた秘密のひとつが、アレロパシーの強さによるものと推定されます。 

藤井義晴
世界の珍しい植物を栽培中です

ふじい・よしはる 1955年兵庫県生まれ。博士(農学)。東京農工大学名誉教授。鯉渕学園農業栄養専門学校教授。2009年、植物のアレロパシー研究で文部科学大臣表彰科学技術賞受賞。『植物たちの静かな戦い』(化学同人)ほか著書多数。