【BOOKS】梶原阿貴著/『爆弾犯の娘』◎佐藤康智

人生の不思議な導火線 

 1971年は日本で爆弾事件が激増した年だった。立花隆『中核VS革マル』によると、「この年、六十二件の爆弾事件があり、三百三十六個の爆弾が発見ないし使用され」たという。 
 なかでも有名なのが、12月24日の夜に起きた「クリスマスツリー爆弾事件」だ。新宿三丁目にある四谷警察署追分交番脇で、クリスマスツリーに偽装された爆弾が爆発し、警官と通行人多数が重軽傷を負った。犯行は過激派「黒ヘルグループ」によるもので、彼らはこの年、この他にも多くの手製爆弾を、複数の交番に仕掛けていた。 

 それから二年後、子ども向け特撮番組『クレクレタコラ』がフジテレビ系列で放映開始した1973年に、本書の著者は誕生する。 
 池袋のマンションで、父と母と三人暮らし。外で働いている素振りこそ見せるが、実は終日、家に引きこもっている父。とがった演劇趣味を持つ母。「うちには人を連れてきてはいけないし、うちがどこにあるのかも誰にも教えてはいけない」という謎の掟。枕元には、緊急時、即座に逃げられるよう常置された、各々のボストンバッグ。何かおかしい。と感じつつ、生活は続き、小学六年生のある日、ついに著者は母から打ち明けられる。 
「お父さんはね、役者で爆弾犯なの」 
 ……と、映画ならこんな予告編になりそうな、衝撃の自伝エッセイである。 

 著者の父は、前述の「黒ヘルグループ」の一員で、ツリー爆弾事件の実行犯ではなかったが、その他の交番爆弾事件などに参加していた。そして、指名手配されて以降は役者稼業を辞し、十四年もの間、自宅で潜伏生活を送っていたのだった。 
 その実態が綿密に綴られる。著者の苦労の数々に、同情を禁じ得なかった。のだが、一方で本書には笑いどころも豊富だ。それはたぶん、指名手配犯と暮らす、という特殊な生活風景の齟齬[そご]が、まるで『奥様は魔女』的なシチュエーション・コメディのごとく描きだされているからだと思う。とりわけ運動会事件→温泉事件→くさや事件の怒涛[どとう]の流れに、腹を抱えざるを得なかった。 

 80年代に思春期を送った著者による回想録風の筆致も感慨深い。『ポートピア連続殺人事件』「チェッカーズ生写真くじ」『グーニーズ』など、懐かしい単語がぞくぞく登場する。著者と世代の近い人は、きっと遠い目になるはずだ。 
 父が自首してからの著者の歩みも、驚きの連続だった。役者を志した著者は、母のつてで映画監督・若松孝二と知り合い、俳優デビューを果たす。中原俊監督の『櫻の園』や、大林宣彦監督の『青春デンデケデケデケ』にも出演していたとあり、ああ、あの役を演じた人だったのか!とびっくりした。『櫻の園』のオーディション+撮影秘話としても、読みでがありまくる。 

 やがて、『名探偵コナン』で脚本家デビューをも果たした著者は、連続企業爆破事件に関与し、五十年もの潜伏生活を続けた桐島聡を描く映画『桐島です』(高橋伴明監督)の脚本を書くことに。いやはや、人生は不思議なものだ。脚本家の師匠は『傷だらけの天使』『あぶない刑事』などで知られる柏原寛司。著者は生まれて間もない頃、柏原のデビュー作『クレクレタコラ』にハマり、初めて発した言葉は「クレクレ」だったという。これまた不思議な縁である。 
『クレクレタコラ』といえば、主人公タコラが交番をおそったり、爆弾を爆発させたりする回が、けっこう多かった気がする。爆弾犯だった父は、どんな気持ちで娘とタコラを観ていたのだろう。 

爆弾犯の娘

梶原阿貴 著  

ブックマン社 1980円(税込) 

佐藤康智

さとう・やすとも 1978年生まれ。名古屋大学卒業。文芸評論家。 2003年 、「『奇蹟』の一角」で第46回 群像新人文学賞評論部門受賞。その後、各誌に評論やエッセイを執筆。『月刊望星』にも多くの文学的エッセイを寄稿した。新刊紹介のレギュラー評者。

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