【連載】大草原のつむじ風◎大西夏奈子 ——第76回/「白鵬杯」の力士育て

第76回 「白鵬杯」の力士育て

 宮城野親方が相撲協会を卒業するかもしれない、という噂がメディアを騒がせている。真相を気にしているのは日本の相撲ファンだけではない。宮城野親方に関する報道はネットを通じて世界へも届いていて……。 
「ハクホーアワルカ(横綱白鵬関)は相撲をやめちゃうの? もう部屋をやらないの? 白鵬杯は来年もある?」 
 深刻な顔で聞いてきたのは、モンゴルの小学校に通う男の子。SNSの無料通話機能を使い、私にテレビ電話をかけてきたのだった。 

 この男の子は、宮城野親方が主催する白鵬杯や、公益財団法人日本相撲連盟と公益社団法人青年会議所が主催するわんぱく相撲全国大会に出場経験がある。約十年前から両大会のモンゴルチームの取材をする私と、日本で何度も会っている。将来大相撲で横綱になるという夢をもつ彼は、白鵬杯が毎年開催されるという前提で練習を日々がんばってきた。それなのに、宮城野親方がいなくなってしまったら……人生を左右する一大事だ! 

白鵬杯で上位入賞者に授与されるトロフィー

 じつは世界には、学校のクラブ活動や習い事で日本式の相撲を学ぶこどもたちがけっこういる。彼らにとって角界入りの王道は、日本の高校に相撲留学して、卒業後に相撲部屋へ入門すること。そして相撲留学するための理想的な方法はといえば、白鵬杯やわんぱく相撲に出場して成績を残し、大会を見にくる相撲強豪校の先生からスカウトされることだ。 
 ちなみにわんぱく相撲は、モンゴルを除く海外で予選大会を行わないため、外国人のこどもは国際色豊かな白鵬杯に望みをかけるしかない。 
 さらにいうと、わんぱく相撲は小学校四〜六年生の選手が対象だが、白鵬杯は幼稚園児から中学三年生まで出場チャンスがある。今年負けて悔しい思いをしても、来年こそ勝つぞ!と何度も奮起することができる。 

白鵬杯の会場は両国国技館

 2025年2月11日、第十五回白鵬杯が両国国技館で開催された。 
 日本、モンゴル、香港、ウクライナ、ハワイ(アメリカ)、台湾、ブラジル、キルギスタン、ウズベキスタンなど十五の国と地域から1100人以上の選手が参加し、学年ごとにトーナメント制で競う。最後に勝ち残った一人が、その学年の横綱だ。 
 宮城野親方が横綱だった2010年にこの大会を創設し、今年で十五回目。かつてこの大会で上位入賞した力士が、いまや大相撲の幕内力士として相撲ファンたちをわかせている。 

左から伯桜鵬関、宮城野親方、尊富士関、熱海富士関。幼児の部の力士たちと

 それはモンゴル人にかぎらない。たとえば尊富士関は第五回で団体優勝しているし、熱海富士関は第五回から第八回まで、伯桜鵬関は第四回から第九回まで白鵬杯に出場し、「将来は関取になるんだろうな」という存在感を当時から示していた。 
 白鵬杯の昼食時間には、恒例の人気イベントとなっている幼児相撲教室で盛り上がる。今年は伊勢ヶ濱部屋所属の尊富士関と熱海富士関と伯桜鵬関が、宮城野親方とともにこどもたちに胸を貸した。 

幼児相撲教室に参加するこどもたち

 土俵の下に勢揃いした幼児たちと、土俵の上でマイクを握る宮城野親方が、一緒に「ヨイショー」とさけび四股を踏むことから指導は始まる。 
 大はしゃぎするこどもたちと、場所中には見られないリラックスした表情の関取たちが楽しそう! 憧れの関取たちを、まるで怪物を見上げるように目をきらきらさせながらこどもたちは見つめ続ける。笑い出す子、途中であくびする子、急に寝転がる子。それぞれいろいろだが、強烈な体験として残るのではないだろうか? 

ワイワイにぎやかな幼児の部

 幼児とはぐっと変わり、力強い身体つきの中学生の部は、下の学年とはちがう緊張感がある。なぜなら白鵬杯に参加可能な年齢のリミットが近づいてきているからだ。 
 しかし今大会の中学生の部で優勝したのは、まだ中学一年生のテムージン・チルグン君だった。彼は白鵬杯とわんぱく相撲全国大会のモンゴル代表の常連で、昨年から鳥取西中学校に留学している。   

中学生の部で優勝したテムージン・チルグン君

 一年生ながら中学生の部で優勝したのは白鵬杯史上初の快挙だという。翌日のスポーツ紙に「モンゴル出身の〝怪物〟」と書かれていたが、本人はシャイで優しい男の子。両親と長く離れるのが不安で、スカウトされたあとも日本への留学をしばらく悩み続けていた。 
 こうして、「将来間違いなく関取になるんだろうな」と人びとの記憶に残る選手がまた現れた。 

大西夏奈子

おおにし・かなこ フリーライター・編集者。広島生まれ、東京育ち。東京外国語大学モンゴル語科卒。日本では近所の国モンゴルの情報がほとんど得られないことに疑問を持ち、2012年からフリーランスになりモンゴル通いをスタート。現地の人びとと友人づきあいをしながら取材活動もおこなう。2023年9月に株式会社NOMADZを設立し、日本で見られるモンゴルの音楽イベントやモンゴル映画祭を現在企画中。 

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