第72回 ほとばしるThe Lemonsの熱い味
頭のなかで今、モンゴルの大人気ロックバンドThe Lemonsの曲が鳴り響いている。
「昨日あんなに言ったじゃん なのにお前は聞かないで、酒をまた飲んじゃったんだよ 平気だって思ったみたいだけどさ、今見てみなよ、自分自身を!」という(身につまされるような)歌詞ではじまる『Eleg Buur(肝臓)』。
「サインバインノー? 虹色に輝く俺たちの首都 工場では国産品を製造しててワクワクするよ」と、社会主義から民主主義へ移行する直前のウランバートルについて歌った『1973…86』。
11月29日金曜日の夜、クリスマスツリーが飾られはじめた表参道で、The Lemonsのライブ「RED PARTY in TOKYO」を開催した。
二時間にわたり人気曲を歌いあげた彼らのパフォーマンスは終始全力投球で、ライブは大盛況。その熱狂の余韻がさめず、彼らの音楽がメリーゴーラウンドのように私の身体中をぐるぐる駆けめぐっている。
The Lemonsは、2004年にウランバートルで結成された四人組のバンドだ。
オリジナルメンバーであるボーカルのオドノーとドラムのウージギーのほか、現在アメリカとオーストラリアに滞在中の二人(ギターとベース担当)で構成されている。今回は外国にいるメンバーの代わりにチョギーとオユカが助っ人で来日した。
このライブを開催することになったきっかけは、モンゴルの友人ダリヤからの提案だった。彼女の引き合わせで、今年9月に私がモンゴルにいたとき、オドノーとウージギーとカフェで会って話すことになった。
二十年にわたりモンゴルでトップクラスの人気を誇る二人だが、あまりにも気さくで驚いた。太陽のようにニカっと陽気に笑うオドノー、穏やかで温かいウージギー。11月にライブをやろうという話が一気に進んだ。
東京でThe Lemonsのライブが実現したら、喜ぶ人たちもきっと多いはず。私もファンの一人なので、考えるとワクワクする。でも、準備が間に合うのだろうか?
モンゴルからアーティストを招聘してイベントを開催する場合、いくつかの関門がある。第一に、興業ビザが無事に出るかどうか? ビザが間に合わなければイベントはキャンセルになってしまう。興行ビザが出るまで数ヵ月かかったという話も聞く。さらに十年間フリーランスで活動してきた私は、昨秋はじめて法人を登記したばかり。できたての未熟な会社が果たして興業ビザを出せるのか、未知数だ。
興業ビザの申請には以下の書類が必要だという。招聘側である会社の経歴や活動内容を書いた資料、登記事項証明書、直近の決算書、ライブ会場となる施設の図面と写真、施設が自治体から得た営業許可書の写し、アーティストとの契約書の写し、来日中の滞在日程表、イベントの告知ポスター……。
つまり会場が決まらないと申請できない。ところが年末の繁忙期でどこも空きがなく、施設探しは難航。東京のライブハウスに連日片っ端から電話をかけて、ようやく見つかったのが表参道グラウンドという施設だった。
腕のいい行政書士さんと表参道グラウンドや在モンゴル日本国大使館の方々の協力のおかげで、The Lemonsメンバーが日本へ発つ三日前に興業ビザが発給されたときは心底ホッとした。
第二のハードルは、採算がとれるのか? メンバー四人分の航空券代、ホテル宿泊費、施設や楽器のレンタル費、空港送迎費、その他もろもろの経費がかかる。採算がとれるようにするためには、チケット代をいくらに設定すればいいのか?
チケットは前売り券と当日券があり、最終的な集客数は終わるまでわからないのでハラハラでもある。
しかし蓋を開けてみれば、220人以上の素晴らしいファンの方々が集まった。在日モンゴル人のみならず日本人もたくさん来て、The Lemonsメンバーたちの愛情が彼らに降り注ぐ夜になった。ドラムのウージギーは、熱演で腕が傷だらけになったらしい。
ライブ開催のいちばんの醍醐味は、飛び跳ねて喜ぶお客さんたちの姿を目の前で見られること。この瞬間に立ち会えた感動で、大変でもまたやりたくなってしまう中毒性のある仕事だ。
おおにし・かなこ フリーライター・編集者。広島生まれ、東京育ち。東京外国語大学モンゴル語科卒。日本では近所の国モンゴルの情報がほとんど得られないことに疑問を持ち、2012年からフリーランスになりモンゴル通いをスタート。現地の人びとと友人づきあいをしながら取材活動もおこなう。2023年9月に株式会社NOMADZを設立し、日本で見られるモンゴルの音楽イベントやモンゴル映画祭を現在企画中。