コンクリートジャングルと言われる東京だが、最近では新国立競技場での木材利用や木造ビルの建設など、木材を使った建築物が増えつつある。なぜいま木造建築が注目されているのか、そして木造建築をとりまく環境や今後の課題について、木造建築研究の第一人者である杉本洋文さんに聞いた。
いま日本の木造建築がアツい!?
――最近、新国立競技場やビル、学校など、比較的大きな建物で木材が使われているという話を耳にすることが多くなりました。いまなぜ木造建築が注目されているのでしょうか?
新国立競技場や大阪万博の会場で木材が使われ大きな話題になっていますが、2010年に「木材利用促進法」が施行されたこと、さらに2020年に日本の宮大工の「伝統建築工匠の技」がユネスコの無形文化遺産に登録されたことも大きいのではないでしょうか。
無形文化遺産に登録されたことで、海外のメディアでも宮大工が紹介され、日本の神社仏閣などの建築を手がけてきた職人の仕事が世界に知られるようになりました。その結果、ヨーロッパやアメリカなどでも日本の木造建築への興味が高まっているのです。
例えば、最近、アメリカの富裕層の間では日本の古民家が流行っているそうで、日本にある古民家を解体してアメリカまで運んで、建て直して住んだり、パーティールームのように使ったりしているようです。
まるで美術品のような扱いですよね。もちろん現地の大工は建てることができませんから、私の知り合いの建築家が大工と一緒にアメリカに呼ばれて、現地で再築したと聞きました。いまアメリカでは和モダンの住宅がブームになっていて、多くのアメリカ人が日本の木造建築に注目しているようです。
日本の木造建築の背景
――世界の国々を見てみると、石でできた建物やレンガや木でできたものなどさまざまです。現在の日本では、鉄筋コンクリート造や鉄骨造のビルが多くなっていますが、古い時代の建築物は木造がほとんどです。やはり日本は、もともと木造建築の国だったと言ってもよいのでしょうか?
そうですね。日本は気候風土の影響から森林が豊かで、木が身近にありましたから、木を使う長い歴史を持っています。現在は、国土に占める森林の割合が約68.5%になっています。世界的に見ると一番多いのがフィンランドの約72.9%、二番目がスウェーデンの約68.7%ですから、世界有数の森林国家と言えます。
そのため、森林から木材を切り出して家を建てることが一番安価だったわけです。かつては、良質な木は主に神社仏閣などの建築に使われ、庶民はなかなか使うことができず雑木を使ってきました。
例えば、庶民が使える木材は少し曲がっているなどの個性があるので、それぞれの木材の持ち味をどのように建築に生かすかを昔の人たちは考えました。そこから、格式ばらない自由なデザインが特徴の「数寄屋造り」が始まり、庶民の「農家建築」、街中の「町家建築」、戦国時代の「城郭建築」など、多様な木造建築のスタイルを展開していきました。
――昔から木材を有効に使う工夫がされていたわけですね。
日本のオリジナルの木造建築は神社の建物だと思います。寺院は、中国大陸から朝鮮半島を経由して入ってきて日本流にアレンジされ、長い歴史を経て洗練されていまのような様式が確立されました。
かつて、中国では木材が豊かで大規模な木造建築が建っていました。その後、国の発展とともに森林が減少して木造建築が造られなくなってしまった。お隣の韓国でも、鉄鋼業などの産業が盛んになり、木材がたくさん使われ森林が減少しました。
――日本に近い、中国や韓国では木が使えなくなってしまったわけですね。確かに韓国の映像をみると、風景は日本に似ているけれど山にあまり木がないイメージです。
でも、じつは江戸時代の日本も同じような風景だったんです。当時は、家を建てたり、煮炊きをしたりといった暮らしのほとんどに木材を使っていましたから。例えば、歌川広重の『東海道五十三次』の浮世絵などを見ればわかりますが、裸の山に松が生えている風景が広がっています。現在の日本の森林は豊かですが、それは戦後に植林されてきたからです。
ただ、現在の日本の森林にはたくさんの人工林が育てられていますが、このままのペースで使い続けると2050年ぐらいに人工林が少なくなる危険性があります。それは木を切っても新たに植えなくなってしまったからなんです。ここでは詳細に触れませんが、森林を上手に使って守り育てる対策が必要になるでしょう。
木造建築の弱点とは?
――木造建築にもメリットとデメリットがあると思います。例えば、木材は燃えてしまうというデメリットが思い浮かびますが、ほかにどのようなものがありますか?
木材には三つの弱点があると言われています。まず一つはおっしゃるとおり、「燃えやすい」ということ。もう一つは「腐りやすい」、そして三つめはねじれたり割れたり「変形する」ということです。
アメリカやヨーロッパも森林が豊かで木材が利用されてきましたが、近年はCO2削減もあって、日本よりも早く木造建築が注目されました。その過程で、そういった木材の弱点を科学的研究が進み、木材利用の技術が開発されてきました。その研究結果から、木材は燃えやすいけれど、燃えて炭になると燃え止まるという特徴がわかってきたのです。
木材が燃えるためには、酸素と高い温度が必要になります。酸素を遮断するか温度を下げれば、燃えなくなるのです。じつは木材は表面から約40㎜ぐらいまで燃えると酸素が遮断されて燃え止まります。ですから、太い木材を使えば、着火しても中心部の必要断面が確保されているため崩れない。鉄は強度がありますが、600℃以上になると強度が著しく低下してしまいますからね。
また、腐りやすい、変形しやすいといった弱点も、木材を乾燥させる技術の開発によってコントロールできるようになりました。しっかり木材の特性を把握して対策すれば問題ありませんが、把握しないで使うと建物の性能が悪くなる可能性があります。
――現在の日本では個人宅は木造が多いかもしれませんが、大きな建物は鉄筋コンクリート造や鉄骨造の建物がほとんどです。これは地震や火災に強いイメージがあったからなのでしょうか?
確かに、江戸期までは「和小屋」で、明治期に「洋小屋」が入ってきました。関東大震災では「和小屋」の木造建築が崩壊し、「洋小屋」が残りました。その後、太平洋戦争の戦災により都市の木造建築が焼失したことから、日本人は木造建築が弱く、鉄筋コンクリート造や鉄骨造の方が強いと考えるようになり、都市から木造建築を排除していくことになります。
しかし、これにはもう一つの側面があると思います。ドイツのビスマルクによる「鉄は国家なり」という言葉がありますが、鉄道や戦車や大砲などに必要な鉄は国力の源泉でもありました。鉄鋼業は同時に雇用もたくさん生み出しますから、国としては鉄やコンクリートを使って建築物を造ることを積極的に推進してきたのだと思います。
木材は「軽く」て「強い」!
――そういった国の思惑が働いていたわけですね。でも、いまは新しい技術により、木造建築が弱いというマイナスイメージを払拭できる可能性が出てきている。では、建築に木材を使うメリットにはどのようなことがありますか?
木材には大きなメリットがあります。それは「軽く」て「強い」ことです。残念なことに地震などの報道を見ると被害の大きな場面がクローズアップされます。そのため「木造建築は弱い」というイメージが広まってしまいがちなのですが、歴史的な木造建築は地震に負けずにちゃんと残っているものがたくさんあるんですね。
最近、神奈川県の松田町立松田小学校の木造3階建ての新しい準防火構造の校舎の設計を手がけたのですが、もし鉄筋コンクリート造で造っていたら、杭を打つなどしっかりした基礎が必須になります。しかし、木造で建物全体の荷重が軽いため、地盤改良するだけの小さな基礎ですみました。
では、木造と鉄筋コンクリートではどれぐらい重さが違うのか。例えば、マンションの鉄筋コンクリート造の1層が、木造の3層分と同じ重さなのです。8階建てのマンションでは、上階から4層分を木造にすることができます。ここを木造とすれば、ビルの総重量は鉄筋コンクリート造のおよそ5層分になり、基礎が軽減できます。これがもっと大規模なビルになってくると、メリットがさらに大きくなるんですね。
建物の重量が大きくなると、それを支えるために支持する杭基礎がたくさん必要になります。日本は埋め立て地など地盤の弱いところがたくさんありますから、さらに杭の深さや数も多く必要になりコストも高くなります。
――そこを簡略化することができれば、作業面でもコストの面でも大きなメリットになりそうですね。
もう一つ、木造建築のメリットを紹介すると、建物の性能をしっかり確保すれば断熱効果も高くなり環境性能を確保できます。松田小学校の校舎を例にとると、コンクリート造の場合は天井と床の温度差が7℃ぐらいで、一方木造校舎の場合はその温度差が3℃以内でした。そうすると足下が冷えるということが少なくなり、女性の先生方から好評でした。
――なぜ木造のほうが、温度差が生まれにくいのでしょうか?
素材の熱伝導率が原因です。鉄筋コンクリートはすぐに暖まり、すぐに冷めます。でも、木材はゆっくり暖まり、ゆっくり冷めるんです。木材は小さな細胞で構成され、空気層がありますから、熱伝導率が小さいんですね。
もっとわかりやすく例えるなら、真夏の炎天下においてある鉄を触ると「熱い!」となりますが、木材を触ってもそうはなりません。逆に、寒いときに鉄を触ると「冷たい!」となるけれど、木材を触ってもそうはなりませんよね。
――大きな建物を木材で建てた場合、耐久性の面で心配となりますが、問題ないのでしょうか?
木材の弱点のところでも触れたとおり、木は腐ってしまいます。技術が改良されて腐りにくくなりましたが、定期的なメンテナンスが必要になります。
例えば、ウッドデッキの木材が腐っているのをよく見かけます。なぜ腐るのかというと、紫外線を吸収するからなんです。欧米のリゾートではウッドデッキで日光浴をしている人をよく見かけますが、木材が紫外線を吸収して、日光浴をしている人を守り、代わりに木材が腐るんですね。
――なるほど。木材は人間に優しい素材でもあるんですね。
でも、長持ちするようにということで、ウッドデッキをプラスチックのデッキに変更しているのをよく見ます。見た目はかっこよいですが、紫外線は吸収しないし、太陽光の反射がきつく焦がされるような状態になって、長い時間日光浴をしていた人が、火傷みたいな症状になった事例もありますよ。
建築物は定期的なメンテナンスが大切
――ウッドデッキとかであれば、簡単に木材を取り替えたりすることができると思うのですが、大きな建物となると難しいのではないですか?
もちろんウッドデッキのように簡単にというわけにはいきません。大規模木造建築では木架構の部材を交換ができるように設計しておく必要があります。これは解体時を考えても重要になりますね。
考えてみてください、何百年も前にできた神社仏閣がいまもちゃんとしたかたちで残っているのは、宮大工さんたちが悪くなった部材や部分を交換したり修復したりして定期的に解体修理を繰り返してきたからなんです。
いまの鉄筋コンクリート造の建物の耐用年数は60年ですが、かなりボロボロになっているものがありませんか? 日本ではほとんどメンテナンスされていない建物をけっこう見かけますが、鉄筋コンクリート造の建物だって本来しっかりと定期的にメンテナンスしたほうが長持ちします。建物の長寿命化は資源を有効活用する意味でも大事になりますが、そうなっていないのが日本の現況です。
木造建築は「地材地匠」で!
――古い鉄筋コンクリート造の建物が増えているいまは、木造建築の良さを見直すよいタイミングかもしれませんね。
日本には全国どこに行っても森林がたくさんありますよね。ですから昔は、各地で林業が盛んに行われ、地元で育った木を地元の製材所で加工して、地元の大工さんが建てるという「地材地匠」の地域内循環の仕組みができていました。
それが大きな会社が一ヵ所に集材するネットワークが構築され、そのほうが効率的かもしれませんが、いまは輸送費の高騰で煽りを受けているようです。森林から木材を切り出して運んでくるのにも、加工した木材を再び運ぶのにもコストがかかるわけです。地域内での小さな循環を再生するほうが環境負荷を低減できるし、地域を活性化できるのです。
木造建築が増えれば大工さんの仕事を増やすことができるし、昔のように「地産地匠」で地元の木材を使うようになれば、地方経済の活性化にもつながっていくと考えています。昔は木なりわいにたずさわって儲かっていた人たちが、全国各地にたくさんいたんですよ。
しかし、日本の森林を持続可能にする木材利用を考えると、需要の50%は海外から安い木材を買って来なければ維持できない状況であることも知っておいてほしいです。
――地元の木材を使って、仕事が生まれ、地域の人々の生活が豊かになる。そういった好循環が生まれると日本全体が元気になりそうです。
森林は私たちが出した二酸化炭素を吸収し、酸素を供給してくれます。例えば東海地方の出身の人は東海地方の木々が出した酸素を吸って育っています。その後、神奈川に生活の拠点を移したとすると、神奈川の木々が出した酸素を吸って暮らすことになります。
そして私たちの身体は十数年で細胞が入れ替わります。細胞は更新されていくわけですが、帰省したときに「故郷の空気をおいしく感じる」「故郷の森林が懐かしい」と思ったりしたことはありませんか? それって、自分の身体が故郷の木とリンクしているからなのではないかと思うんです。もっと言うと、水もそうですよね。地元の森林がためた水を飲んでいるわけですから。
私たちは、そうやって森林の木々から恩恵を受けてきました。これからも、木々を大切に使って、建築や暮らしに生かして、地域環境を持続可能にしていくことが求められているのではないでしょうか。もちろん、そのためには森林を守り育て、木なりわいの人材を育成することも大切になります。いま日本には、「森に優しい木造建築」をつくる時代が到来していると思います。
すぎもと・ひろふみ 1952年神奈川県生まれ。東海大学大学院工学研究科修士課程修了。元東海大学教授。株式会社計画・環境建築代表取締役会長。一級建築士。NPOアーバンデザイン研究体理事長、NPO小田原まちづくり応援団副理事長、NPO木の建築フォラム代表理事、アーバンデザインセンター小田原(UDCOD)センター長、設計に携わった「松田町立松田小学校」が令和6年度木材利用推進コンクールの文部科学大臣賞を受賞。