月刊『望星』は2024年11月から『web望星』として再スタートを切りました。

【特集】校正・校閲という関門――2冊の本が教えてくれること◎編集部

 2冊の本がある。髙橋秀実[ひでみね]さんの『ことばの番人』(2024年、集英社インターナショナル)と毎日新聞校閲センターの『校閲至極』(2023年、毎日新聞出版)。 

 髙橋さんは多くの著作があるノンフィクション作家で、どの本もおもしろい。いろいろな事実、多くの人へのインタビューから、取り上げたテーマの奥へ奥へと入っていく。しかもユーモアたっぷりに。読者もいつしかその思索の旅の伴走者となっていき、やがて浮き彫りにされる世相なり社会なりをあらためて考えることになる。定説とか常識になっているようなものに、「ホントですか?」といっぺん立ち止まって確認作業する。そういう社会学ともいえる知的な探索を続ける希有な物書きです。

 今回、髙橋さんが分け入ったのは校正の世界。早々に強烈な、だが髙橋さんらしい一文がある。 

 世の中には優れた書き手などおらず、優れた校正者がいるだけではないかとさえ私は思うのである。 

  校正者への取材を通して、プロの書き手である髙橋さんは打ちのめされた。そもそも校正とは何か、校正の校の字が意味するものとは、誤りとは何か、そして文字とは何か――わかっているようで、わかっていなかったことの数々。髙橋さんでさえそうなのだから、読者ならもっとびっくり。ああ、無知なまま、ワタシはよくここまで生きてきたなと思わされます。日本国憲法にも誤植があるんですよ。ご一読を。
 特集座談会「世に誤読の種は尽きまじ」に出ていただいた境田稔信さんも、校正者としてだけでなく辞書研究家として登場します。

 もう一冊。毎日新聞校閲記者たちによる『校閲至極』。新聞は日々時間との戦いである。締め切り間際に記事の差し替えも多々ある。短時間で誤りを正していく。想像しただけで、たいへんな作業だ。紙面連載コラムが本になっていて読みやすいが、あっと驚く話が満載だ。野球の記事の大見出しが「劇的サヨサラ」となってしまったこと、「吹奏楽部」と「吹奏学部」の問題、「喝を入れる」の誤用など。 

 髙橋さんの『ことばの番人』によれば、「毎日新聞」のルーツである「大阪毎日新聞」は、新聞社の中でも校正を重んじた。その伝統を受け継ぐのが毎日新聞校閲センター(東京グループと大阪グループに分かれている)。校閲のプロ集団が言葉や文字をどう見ているか、どう国語力を鍛錬しているかが伝わってくる。だがやはりおもしろいのは失敗談。誤字脱字の種は尽きないわけだ。本当にご苦労さまですと言ってあげたい。 
 校正・校閲という関門があるという安心感は、何ものにも代えがたいものです。

「劇的サヨサラ」は「サ」の字の中に「ナ」の字が含まれ、余分な縦棒が見えないという錯覚が生んだ。「サヨサラ」を「サヨナラ」と読んでしまう脳の省エネ能力については、特集内で中谷先生が説明してくれています。 
【特集】脳は真面目に文字を読まないけど、やっぱりスゴイ◎中谷裕教(東海大学情報通信学部准教授)

ことばの番人

髙橋秀実 著

集英社インターナショナル 1980円(税込)

『校閲至極』

毎日新聞校閲センター 著

毎日新聞出版 1760円(税込)