現在の日本にはたくさんの森林があるが、日本の林業は大きな転換期にさしかかっているという。いったい日本の森林に何が起きているのか? 尾鷲[おわせ]林業地帯で江戸時代から200年以上にわたって林業を営む速水林業九代目の速水亨さんに聞いた。
日本の森林とは
――まずは日本の森林にはどのような特徴があるのか教えてください。
日本の総国土面積は約3800万ヘクタールありますが、このうちの約2500万ヘクタールが森林です。日本の国土の約7割を森林が占めているということになります。日本は、先進国の中では、フィンランド、スウェーデンに次いで三番目に森林の割合が高いことから、「森林国」と言われたりします。
森林には、自然にできた天然林と人間の手が加わった人工林があります。日本の森林約2500万ヘクタールのうち、人工林の割合はどれぐらいだと思いますか? 人工林は総森林面積の約4割にあたる約1000万ヘクタールあります。人工林の率は世界的に見てもかなり高いと言えます。
その多くは戦後の復興期から高度成長期に植えられたスギやヒノキです。じつは、1960年前後の十五年間ほどで、およそ750万ヘクタールも植林しているんですよ。その木がいま、50年生~60年生に育っています。
――たった十五年ほどの期間に750万ヘクタールも植林したというのはものすごい数字ですね。
これは世界に冠たる数字だと言えます。国際的にも評価されていると言ってもいいでしょう。1997年に京都市で開かれたCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)で京都議定書が採択されましたが、その中で森林の二酸化炭素吸収量を活用して削減目標を達成することが認められました。
この植林の実績が評価されたことで、日本の二酸化炭素の森林吸収量は、他国に比べて特例的に大きな上限値が認められることになりました。
高級木材の需要が減少している!?
――速水さんは、三重県尾鷲市で林業をしていらっしゃいますね。
三重県尾鷲市から紀北町にかけて広がる尾鷲林業地帯は、古くから「尾鷲ヒノキ」と呼ばれる高級材を産出し、天竜スギ、吉野スギとならんで日本三大人工美林にも数えられてきました。
速水林業が所有している山は全体で1070ヘクタール、東京ドーム約228個ぶんです。私どもの森林は200年以上にわたって木を植えており、さまざまな樹齢の木が混在し、100〜250年生の大木も多く残っています。
――速水林業が産出した木は、主にどのような用途に使われるのでしょうか?
以前は高品質な構造力を持つ見せる柱として需要が高かったのですが、現在ではかなり減少してしまっています。最近の家の室内を思い浮かべてみてください。室内に綺麗な柱が見えることを想像した人は、ほとんどいないのではないでしょうか?
いまは木造建築であっても、木の柱が見える状態の家は少なくなっているんですよ。そうなると高品質な見栄えのよい木は必要ないんです。多少品質が落ちても、壁紙やシートで隠れるから問題ないですし、木を接着してつくった修正材が使われることも多いんです。
――高級材の需要が減ってしまうと、経営は難しくなりそうですね。
見える柱として使われる高品質な木材の需要が減ったとなると、どこか他に木材を使ってくれるところはないか、新たなマーケットを探さないといけません。いまうちの事業で一番面白いのは、牡蠣の養殖筏で使われる木材ですね。西日本で高いシェアを占めています。
この事業のよいところは、商品としての筏用材完成まで自分たちで作業をするため、間に他の業者が入らないことです。通常、建築で使う木材がどのように流通していくかというと、まず立木を切り出し、丸太にして、その丸太を製材して、乾燥させて、プレカット加工をする。そして、それを大工さんが使うという工程をたどります。
一方、牡蠣の養殖筏で使われる木材の場合は、自分たちで切ってきた木の皮をむいて、枝を払ってきれいに整えます。そして、それをそのままユーザーに売ることができるのです。マージンがかからないので、利益が大きくなります。
もう一ついいのは、買っていただいた方がリピーターになりやすいことです。木造の家を建てた場合は、ほとんどが三十年や四十年は悪くならずに持ちます。しかし、牡蠣の養殖筏の場合は、七~十年くらいで定期的に取り替なくてはいけません。ですから、一度使ってもらえば、数年後にまた買ってもらえるんですよ。
――魅力的なマーケットですね。そういうニッチな市場を、どんどん探さないといけないわけですね。
ただ、そんなに簡単にできるわけではないんです。一般的な林業だと、木を切って、枝を払って、規格品のサイズに合わせて木材を切ってしまいます。うちは神社仏閣で使うような200年生ぐらいの木から、飲食店のカウンターで使う木、養殖筏の木まで、マーケットの様々な需要に合わせたサイズの木を出すことが可能です。ですから、なんとか事業を続けられているのです。
かつて三重県には林業を営んでいる林業家がたくさんありましたが、いま複数の従業員を雇用して活発に活動しているのは、うちを含めて2軒しかなくなっているんですよ。
「少子高齢化」をむかえている日本の森林
――日本の林業をとりまく環境は、なぜそんなに厳しくなっているのですか?
その大きな理由は、柱や板の木の製品の値段は昔からほとんど変わっていないのに、立木価格が下がってしまっているからなんです。
まず知っていただきたいのですが、『木材価格』といっても、さまざまな種類があります。消費者に渡る直前の価格である『製品価格』、加工されて丸太の状態を指す『丸太価格』、森林にある木そのものの値段を意味する『立木価格』です。
私たちは、立木を売って、その収入から従業員の給料を支払い、苗を植えたり、間伐をしたりします。立木の値段が下がってしまうことで、このサイクルを維持できなくなってしまっているんです。
こちらのグラフ(図1)を見てください。スギの製品価格は、1980年代から大きく変化していません。ほぼ横ばいです。2021年のところが高騰していますが、コロナ禍の影響によって木材の価格が高騰したため(ウッドショック)で、現在では元に戻っています。
しかし、スギの丸太価格は半減していますし、スギの立木価格にかんしては数分の一になってしまっている。スギの立木価格が製品価格に占める割合を見てみると、1980年では31パーセントだったのに対し、近年では4パーセントほどにまで落ち込んでいます。
1㎥の木材を金額にすると1980年ごろには約2万円が山元に戻っていましたが、近年では数千円程度です。この割合は欧米と比べても極端に低いと言えます。数十年の時間と数百万円のお金をかけて、少ししかリターンがない。これでは、再造林しようとするインセンティブは働きません。
――確かにそのような状況では、再造林しても元が取れそうにないですね……。
始めに触れたように、日本では1960年代頃にたくさん植林をしたため、大きく育った木がたくさん残っています。ですから、次世代のことを考えずに木を切って売ってしまえば、けっこうな売り上げになります。
『安くても売れるうちに売ってしまえ』という、在庫一掃セールと同じ発想ですね。日本の林業の現状は、実際そのようになってしまっているんです。次のグラフ(図2)を見てください。8万ヘクタールほどの木を切っているにもかかわらず、再造林しているのは3万ヘクタールほど。再造林されているのは、およそ35パーセントです。言い換えれば、木を切った後は65パーセントが放置されてしまっているのです。
――次に向けて投資をすれば儲からないけれど、仕入れを考えずに在庫一掃セールをすれば売り上げは上がる……。それでは、林業が成り立たなくなりますね。在庫がなくなったら終わりになってしまう。これからも持続的に木を使えるようにはならないですね。
安くてもいいから在庫一掃セールでどんどん売ってしまうと、需要と供給のバランスが崩れて値段がさらに下がってしまいます。そうすると、持続的に事業を続けようと投資を続ける人も、安く売らざるを得なくなってしまいます。ですから、先ほどの養殖筏のようなマーケットを探していくしかなくなってしまうんですよ。
「木の時間」と「人間の時間」
――森林を育てるうえで、こだわっている点などはありますか?
森林が育つためには「光」と「水」と「土壌の養分」が必要です。いまの日本でできることは、間伐などで光を管理していくことしかないと考えています。肥料を森林に撒いて土壌を豊かにするなど、お金がかかり過ぎていまはできません。
うちでは光を管理して、林内に広葉樹を誘導するようにしています。針葉樹とは異なる広葉樹の根っこの深さや、葉っぱの性質などを利用して、土壌を豊かにしようという取り組みです。
枝打ちされ、適切な間隔に間伐された森林には、陽の光が差し込んで様々な草木が生え、様々な動物たちが姿を見せます。植生が豊かになり生物も多様になるし、水もきれいになる。広葉樹をしっかり誘導してある山は、そうでない山に比べて木の成長がいいんですよ。
――なるべく自然の森林に近い状態になっているということでしょうか?
そうですね。明治神宮内苑よりも植物の種類が多いくらいですから。一般的な人工林はぎっしり木が生えていることが多いのですが、うちの森林は環境に配慮していて自然林に近いですよ。
――農業だと何か手を打ったら、数年で結果が出ると思いますが、林業は地道な努力が必要になりますね。
いま世界で一番樹齢の高い木というのは、スウェーデンにある木で9550年くらいと言われています。それは特殊な例だとしても、千年以上の樹齢の木はたくさんあるわけです。一方で私たち人間の寿命は、長くても100歳ぐらいです。
その「木の時間」と「人間の時間」を繋ぐのが林業だと思うんです。しかし、いまの日本の林業では、人間の時間に寄ってしまっている。大事なのは時間軸の違いを理解することだと思います。
一般的な経営者であれば、いかにその時々の利益を最大化するかが問われますが、森林経営には、それに加えて森林の社会的意義と機能を守ること、つまり、いかに『持続』させるかが求められていると思います。
値段が下がらないための補助も必要
――林業がうまくいかなくなっている大元の問題である立木価格を上げる方法はあるのでしょうか?
四十年近くにわたって立木価格が低下しているのは、国の政策も無関係ではないはずです。特に、2000年代に入って、森林が二酸化炭素(CO2)吸収源として位置付けられたことで間伐が加速しました。
林野庁も『間伐は環境保全』であり『間伐材を使うことで森林が救われる』ということで、補助金を出して間伐を推進したんです。木を切る作業をすれば補助金がもらえる。では、環境保護のために切った木はどうなるのでしょうか。「間伐作業で補助金がもらえているから、安くてもいいから売ろう」と、木材の市場に出ていくことになります。
経済学の基本的な考え方ですが、供給が増えればものの値段は下がります。いま市場では需要が低下しているし、丸太の供給過多が続いている。その結果、丸太価格は安値で安定してしまい、立木価格も大きく低下してしまっているのです。つまり、よかれと思って出している補助金が立木価格を押し下げている面もあるのです。
補助金を出して間伐を推進するのであれば、値段が下げらないようにするための補助金や、再造林を支援するための補助金があってもいいと思いますね。
事件は森で起きている!?
――日本には、樹木や石にも精霊が宿るというアニミズムや山を神聖な場所として崇拝する山岳信仰があります。森林を守るということは、文化の面でも大切なことのように感じます。
確かにそういう面もありますね。最近はあまり言わなくなったかもしれませんが、昔は「山へ入る」「山から帰る」という言葉がありました。これは、異界へ出入りすることを表すものだと思います。
欧米では少し違ったとらえ方があると思います。ヨーロッパの童話は森の中での話が多くありませんか? 赤ずきんちゃん、ヘンゼルとグレーテル、白雪姫……。多くが森の中で事件が起こっています。
かつて欧米の森林には妖精や、悪魔がいたりして、普段起こらないようなことが起きると考えられていたのでしょう。でも、森林にいる妖精や悪魔はすでにいなくなっています。一神教のキリスト教の広がりが影響しているのではないかと思います。
日本において、特に昔の人たちにとっての山や森林は、神隠しに遭って連れていかれる場所であり、異界として畏怖の念を抱く場所でした。ですから、木こりが木を切るときには御神酒と塩をまいて清め、マタギが山に入る前には山の神さまに必ず挨拶をするのです。そしてそれは今でも人々の潜在意識に残っていて、あまり森林に親しまないこととして表れていると思います。
森林を守るためには、ただ単に植林をするだけではなく、山や森林にまつわる伝統や畏敬の念なども継承していくべきですね。
――山にまつわる信仰といえば、三重県には世界遺産にも登録されている熊野古道がありますね。
そうですね。大自然に囲まれた熊野は、古くから神々が住む聖地として崇められ、熊野へ詣でることで、来世の幸せを神々に託すという信仰が生まれました。平安・鎌倉時代には、誰をも平等に受け入れる熊野信仰が日本中に広まり、多くの人が厳しい道のりを越え熊野を目指したと言われています。
じつは熊野古道は、うちの山を通っているんですよ。一番きれいな石畳だと言われている馬越峠[まごせとうげ]なんかもそうです。私は、古道関係の世界遺産の管理を様々な形でサポートする和歌山・奈良・三重三県合同の「紀伊山地の霊場と参詣道」専門委員会の副座長を続けています。PR施設の「熊野古道センター」の建築などにもかかわっています。もう熊野古道にはどっぷりと浸かっていますよ。ぜひ、熊野古道と私の山を見に来て欲しいですね(笑) 。
400年先の森林を育てるために
――厳しい現状のなかでも、林業を続けていこうとするモチベーションとは?
一番のモチベーションは、きれいな山の中に身を置くことが、とても楽しいからなんですよ(笑) 。
私の親の世代は林業がとても潤っていた時代でした。でもいまは、林業をとりまく環境が、本当に厳しくなってしまった。そうすると、このままでは子どもたちの世代は「林業はやめたほうがいいよね」と、なってしまいます。
これからは、森林全体の価値を高めるマネジメントができる人材を日本でも育てたいですね。ちゃんと次の世代にバトンタッチできるようにしなければと考えています。やっぱり日本の林業を持続可能なものにしていきたいですから。
いま林業にとって一番大切な視点は、先ほど触れた「木の時間」に合わせて考えることだと思います。未来の理想の森林をイメージする。例えば、法隆寺の大改修のために400年生の木を育てたいと考えた時に、その未来の森林のイメージから現在をたどって考えれば、いまどうすればいいかわかるはずです。私も実際にそのような林をつくることを試みています。
はやみ・とおる 1953年生まれ。慶応義塾大学卒業。東京大学農学部研究室を経て家業の林業に携わる。 2000年日本初のFSC認証取得。2018年農林水産祭天皇杯受賞。農林水産省林政審議会委員、環境省中央環境審議会専門委員、国土交通省国土審議会計画部会専門委員、内閣府行政刷新会議分科会評価者、東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部運営諮問会議委員などを歴任。現在は三重県林業経営者協会会長。みえ森林・林業アカデミー特別顧問。著書に「日本林業を立て直す」(日本経済新聞出版)、共著に「森林未来会議―森を活かす仕組みをつくる」(築地書館)など。