新春の神奈川近代文学館(横浜市中区)で連句の楽しさを味わう「第12回かなぶん連句会」(主催・県立神奈川近代文学館、(公財)神奈川文学振興会/後援・「web望星」)が、2026年1月18日(日)に開催されます。選者は、小島ゆかりさん(歌人)、辻原登さん(作家、神奈川近代文学館前館長)、長谷川櫂さん(俳人、同副館長)です。
連句会は、選者が詠んだ以下の初表の六句と初裏の四句に続く句を参加者が詠み、半歌仙(十八句)の連句を完成させる催しです。午後1時30分開始(午後1時開場、午後4時30分頃終了予定)。入場無料(要参加申し込み、投句は90名限定、観覧のみは110名まで。連句会の詳細と申し込み方法は、文学館のホームページをご覧ください)。


(河出文庫古典新訳コレクション 2025年4月刊)
巨匠の名句を精選し、春夏秋冬の流れで自在に読み解く「新しい与謝蕪村」。
連句会では、参加者が五・七・五の長句と七・七の短句を互い違いに組み合わせて詠み、ひとつの作品世界を完成させます。選句をめぐる選者のお話も楽しみどころです。
かなぶん連句会は、2004年から2013年まで東海大学で行われていた公開講座「湘南連句」が前身になります。『web望星』では、2025年1月19日に開催され、参加者が一体となって全十八句を巻き上げた前回の連句会の模様をお伝えします。
第11回かなぶん連句会「東京タワーの巻」(2025年1月19日開催)


長谷川 連句会を始めたいと思います。まずは、初表六句と初裏四句目までのつけ筋の話を伺っていきましょう。
【発句】
小島 今回は「発句を夏の句で」と、長谷川さんから連絡をいただきました。なぜだか「東京タワーにのぼろうか」という言葉が胸の中に湧いたので、ここに何をつけて夏の句にしようと考えました。少し庶民的な感じで、どのようにもドラマが展開できるようにと考えて思い浮かんだのが白シャツでした。老若男女どんな主人公を思い浮かべてもいいですし、その姿がどのように進んでもいいと思って詠みました。「白シャツや東京タワーにのぼらうか」。

小島ゆかり(こじま・ゆかり)
1956年愛知県生まれ。歌人。「コスモス」短歌会選者、産経俳壇選者。2024年、歌集『はるかなる虹』(短歌研究社)で第66回毎日芸術賞受賞。
【脇】
辻原 僕は和歌山県の出身です。中学の修学旅行先は東京でした。小島さんの発句から修学旅行の出来事を思い出していました。「坂田三吉夏蝶を掴(つか)む」。
東京タワーときたら、大阪ならば通天閣です。通天閣がある天王寺駅周辺は、東京の上野駅の辺りと似ています。駅から坂を下ると、天王寺動物園と新世界があります。新世界は庶民の町で、そこに通天閣がそびえ立っている。近くには飛田の遊郭などもあります。将棋棋士の坂田三吉はこの界隈で将棋を打って暮らし、頭角を現してきました。

辻原登(つじはら・のぼる)
1945年和歌山県生まれ。作家。神奈川近代文学館前館長。東海大学名誉教授。2024年、「日本外交の父」と呼ばれた和歌山県出身の外交官・陸奥宗光の青春を描いた待望の歴史長編『陥穽 陸奥宗光の青春』(日経BP)が刊行された。
【第三】
長谷川 将棋盤の九×九マス、合計八十一マスの中に広大な宇宙を見ていたのだろうと思いました。「八十一マス目の中にある宇宙」。
歌仙では発句も脇も大事ですが、実はこの第三がとくに重要です。ここでくじけてしまうと、歌仙全体がダメになります。そうならないよう、オーケストラの中で金管楽器が鳴り響くように、第三は鮮やかにくっきりと仕上げる。すると、発句、脇、第三という三角形のフォーメーションができます。

長谷川櫂(はせがわ・かい)
1954年熊本県生まれ。俳人、朝日俳壇選者。神奈川近代文学館副館長。2001~19年まで東海大学文芸創作学科特任教授を務めた。2024年に待望の自選句集『長谷川櫂自選五〇〇句』(朔出版)が刊行された。
【四】
小島 坂田三吉、八十一マスときたので、「同じようにマス目で苦しんでいるのは誰か?」と考えたら、原稿用紙のマス目を前に苦しむ小説家――辻原先生を思い出しました(笑)。東京タワー、坂田三吉と将棋盤と、少し前の時代の話題でしたので、現代のミステリー小説などを視野に入れつつ、秋を詠みました。「柿食へば湧く密室トリック」。
【五】
辻原 五句目は「秋の句で月と恋を」とのお題でした。「月光下トラック三周分の恋」。
前の句のトリックをトラックへ展開させました。恋に悩む男子中学生が、夜一人で運動場に忍び込んでトラックを三周して汗を流した。果たして恋を諦めたのか、まだ粘るのか……。
【六】
長谷川 歌人の岡野弘彦さんは、去年の七夕で百歳を迎えました。百一歳の今も歌を作って発表されています。岡野さんが生まれた七夕と恋には通じるものがあるかなと思ってつけました。「今年百歳七夕生まれ」。
【初裏・初句】(七句目)
小島 岡野さんは國學院大學の名誉教授で、昭和天皇の和歌の御用掛[ごようがかり]もなさりました。大正生まれの男性らしく、和装も洋装も着こなす方です。そして、正義感や美意識があり、気骨もある方です。昨年は大きな選挙がありましたが、岡野さんのような美意識をお持ちのこの世代の方は、投票に行かれる際の服装にも気を配られるでしょう。そんな情景を思い浮かべて詠みました。「期日前投票の日もスーツ着て」。
【二】(八句目)
辻原 九十代の岡野さんが、親交の深かった丸谷才一さんの葬儀に黒のモーニングで現れ、アタッシュケースから弔辞を出して読まれた姿は、印象に残っています。「毒杯仰ぐ覚悟はありや」とつけました。
アテネの裁判で死刑を宣告されたソクラテスは、弟子達によっていつでも脱獄できる状況だったけれど、毒杯を飲んで逝くことを選びました。そのように生きたソクラテスと、百歳を超えて生きる岡野さんとを対比し、両者の素晴らしさや民主主義を思い浮かべて詠みました。
【三】(九句目)
長谷川 毒杯を仰ぐ覚悟がなかなかつかない。それと同じように、プロポーズをなかなか言い出せない。そういう人の姿を思い浮かべました。「プロポーズここに及んで言ひ出せず」。
以上の九句をご覧いただくと分かるとおり、歌仙には二つのポイントがあります。まずは、句から句へ移る際には場面を一つ転換させること。間の取り方が大事で、歌仙の核心部分となります。もう一つは、世の中のいろいろなことを反映していることです。歌仙としてこれが三十六句続くと、世の中絵巻のようなものが出来上がり、まるで小説を読んでいるような感じになります。それでは、次の十句目から皆さんに詠んでいただきます。
(十句目は参加者からの事前投句を集め、十一句目以降は会場での投句を元に選考されました。投句では前句につけるのにふさわしい句を制限時間(3分)内で考え、短冊に記入して提出。その中から長谷川さんが選んだ候補がスクリーンに映し出され、辻原さんと小島さんが加わって選考が行われました。連句会の進行には、東海大学文化社会学部文芸創作学科の学生たちが協力しました)



【四】(十句目)
〔候補〕
・妻幾人(いくたり)も居たるカエサル
・カカア天下で祝ふ金婚
・賽振って始まるスゴロク
・追加焼豚5枚注文
・腕のややこに乳ふくませて
辻原 「追加焼豚……」は、前の句からの場面はつながるけれど、展開が足りないかな。「腕のややこに……」は面白いと思いました。
小島 この句に詠まれたややこには、二通りのイメージがあるように思います。一つは前句のプロポーズの時点で、すでにいたイメージ。もう一つは、プロポーズは言い出せなかったけれど、時間が進んで二人の間に誕生したイメージです。
辻原 僕は後者のほうかな。
小島 どちらであってもいいいですね。「妻幾人も……」も、非常に大きな転換になる気がします。
辻原 「腕のややこに……」は、前句のプロポーズの時のカップルのような感じではないんじゃないかな。二人はもうとっくに終わっていて、何年か経って別の人と、という展開もありそうです。
小島 それは面白いですね。
長谷川 では作者の方、つけ筋をお願いします。
(正さんが挙手)
正 二句前の「覚悟」と、前の句の「ここに及んで」という言葉が強く印象に残りました。もう子どもがいて、おっぱいを飲んでいるわけですよ。どうするの? という情景を詠みました。
長谷川 次は無季の五・七・五でお願いします。
【五】(十一句目)
〔候補〕
・おもちゃ箱ひっくりかえす反抗期
・少年ははや反抗期ラップ振り
・家族して稲かりおえる日曜日
・NISAでもしようか学費払うため
・戦場へ行くことなかれと詩にうたふ
・十円のビニル袋の薄さかな
辻原 ここから展開させるなら、「十円の……」かな。
小島 そうですね。スーパーのビニール袋で十円はかなりいいお値段です。買ってみたら意外と薄かったのかどうか。
辻原 あのビニール袋でお金を取るようになったことには、人の世のえげつなさみたいなものがありますよね。
小島 いつも庶民がうまく丸め込まれて、お金を払わされていく世の中という感じもあります。
長谷川 作者はどなたですか。
(悠樹さんが挙手)
悠樹 東海大学の文芸創作学科四年生です。二句前がプロポーズの句で、次が子どもの句でした。その生活のより具体的な何かをつけようと思って作りました。
長谷川 次は七・七で無季もしくは冬でお願いします。
【六】(十二句目)
〔候補〕
・自販機で買う鯨ステーキ
・手袋をしてもかじかんだまま
・「ごめんなさいね」のみかんは甘く
・つらら連なり楽しげな屋根
・雪見だいふくかちかちになり
・着ぶくれしたるデコピン散歩
小島 「ごめんなさいね……」のみかんは甘く、大変情感があっていいですね。「つらら連なり……」は楽しげな響きがいい。でも、「着ぶくれしたる……」でドジャースにいくというのもいいですね。
辻原 「つらら連なり……」という世界観に、ふっと運んでいきたい気持ちがあります。
小島 では、この句で日常の中にある、ちょっと違った世界に連れて行ってもらいましょう。
長谷川 この作者はどなたですか。
(響乙さんが挙手)
響乙 東海大学の文芸創作学科二年生です。実家が北海道なのですが、先日帰省した時、大小のつららが軒先にズラーッと並んでいました。それらが太陽の光を受けて光っているのがとても楽し気で、子ども達も集まってきて賑やかでした。その時のことを詠みました。
長谷川 次は五・七・五の無季でお願いします。
【七】(十三句目)
〔候補〕
・ふがふがとアコーディオンの伸び縮み
・はふはふと眼鏡くもらせ胡麻味噌麺
・ディールする大統領はダンスして
・水温む厠で捲るトルストイ
・空仰ぎ鉄の翼を追う鳥よ
・廃墟にてステンドグラス拾いあげ
辻原 前の句の大小のつららが並んでいる様子と、「ふがふがと……」のアコーディオンの伸び縮みは、イメージとして自然に繋がりますね。
小島 「はふはふと……」はいい句ですが、日本的な家庭生活にもう一回戻ってしまう気がします。「廃墟にて……」だと展開がありそうです。
辻原 展開からいっても、面白そうですね。
長谷川 作者はどなたですか。
(大樹さんが挙手)
大樹 東海大学の文芸創作学科卒業生です。つららが伸び過ぎるとガラスを割って危ないというイメージから、二〇一九年にノートルダム大聖堂が火災に遭った話を想起し、このような感じにしました。日本的なものが続いていたので、一気に展開を変えたいと思いました。
長谷川 次は七・七の無季でつけてください。
【八】(十四句目)
〔候補〕
・ガザの語源はガーゼと知りぬ
・壊れた食卓机の手紙
・指を滴る血は何色か
・天を指差す原爆の像
・右手にケーキ左手に花
・オリーブの樹に詩人は眠る
小島 「壊れた食卓……」は、前の廃墟にちょっとつきすぎるかな。「ガザの語源は……」は、とてもいいフレーズです。「オリーブの樹に……」も素敵ですね。
辻原 「天を指差す……」は長崎の平和の像でしょうか。「右手にケーキ……」は、廃墟でステンドグラスを拾った後になぜこれなのか理由を聞きたいですね。でも、好きなのは「オリーブの樹に……」かな。
小島 私もこの句は、いいと思いました。
長谷川 では、作者の方、つけ筋をお願いします。
(梓さんが挙手)
梓 東海大学の文芸創作学科卒業生です。エドワード・サイード監督のドキュメンタリー映画『OUT OF PLACE』の中で、オリーブの木が植えられていたのを思い出しました。ガザ市民が自分達の土地を守るためにオリーブを植えるのですが、入植者に引き抜かれてしまう。そういうオリーブが一つの象徴に思えたので、このようにつけました。
長谷川 次の五・七・五は無季でお願いします。
【九】(十五句目)
〔候補〕
・市街戦ひっそり佇む古本屋
・唯一の被爆国から血の叫び
・貝うましドンキホーテの馬太し
・エスカルゴつついて駄弁る午後6時
・手作りのミートソースに自信あり
・足生えて全力疾走する魚
小島 「足生えて……」はシュールで面白いですね。オリーブが出てくるから「手作りの……」のミートソースも程よい距離感でいいですね。
辻原 「エスカルゴ……」もオリーブとの相性がよさそうです。「足生えて……」で全力疾走する魚をオリーブオイルで炒めたらうまそうですけどね(笑)。足が生えた魚というと山椒魚でしょうか。乱獲された影響で今は特別天然記念物です。この句でいかがでしょう。
長谷川 こちらの作者はどなたですか。
(大樹さんが挙手。大樹さんは十三句目に続いて二度目の選出でした)
大樹 ステンドグラスからだいぶ重い話になってきたので、そこに足が生えた魚が走っていたら、みんな笑うだろうと思い、シュールな方向に振ってみました。
小島 おめでとうございます。本日二句目の当選ですね。
辻原 ここで提案があります。二句目が採用された方が出た場合は、皆さんにできるだけ参加の機会を与えるために、ほかの方の句を次点として選ぶのはいかがでしょう?
長谷川 では、次点はどちらの句にしましょうか。
小島 「エスカルゴ……」か「手作りの……」かな。
辻原 食べ物対決ですね。僕もその二句がいいと思います。
長谷川 どちらがよいか、会場の皆さんに決めていただきましょう。
(挙手の多数決の結果、滋子さんの「手作りの……」に決定)
長谷川 では、つけ筋をお願いします。
滋子 オリーブの木から月桂樹の葉を思い出し、ちょうどミートソース食べたいなと思っていました。料理はあまり上手ではないのですが、ミートソースだけは家族にも褒められて自信があったので、このように詠ませていただきました。
長谷川 次は春の句です。七・七でつけてください。
【十】(十六句目)
〔候補〕
・新学期から教師始める
・アンテナ張って亀鳴くを聴く
・就活前終わらぬ自己分析
・春に誘われ一筆啓上
・琴をかなでる春の大海
・入学式の夜はしずかに
辻原 「琴をかなでる……」は、とても詩的です。
小島 私は「入学式の……」の夜は静かにというのがいいなと思いました。「春に誘われ……」も、全力疾走する春に誘われる感じがいいですね。
辻原 僕は「春に誘われ……」かな。
小島 私も賛成です。
長谷川 では、こちらの作者の方につけ筋を聞いてみましょう。
(由美子さんが挙手)
由美子 以前、コウゾという植物を使って紙すきをしたことがあります。和紙に想いをしたためたことを思い出して、自分宛てに一筆啓上と詠みました。
長谷川 次は五・七・五で花の句をお願いします。花という言葉で桜を表わして詠んでください。
【十一】(十七句目)
〔候補〕
・花咲くも花が散るのも君しだい
・花盛り故郷遥かダムの底
・隅田川すし詰め状態花見客
・あらやだと帽子流れる花筏
・川のぼる櫂もゆかりの花のころ
・花見酒落語の下げに盛り上がる
小島 三人の名前が入っている「川のぼる……」は、今日の特別賞でしょう。
辻原 額に入れて飾っておきましょうか(笑)。
小島 折端の前の句として、「花盛り……」はいいですね。
辻原 これはいい句です。
小島 「花見酒……」も、ちょっと年齢の味わい的なものが滲んでいていいかな。
辻原 「隅田川……」は、きっとすし詰めの状態で、お寿司を食べているのでしょう。「あらやだと……」もきれいな句です。
小島 私は「花盛り……」か「花見酒……」ですね。
辻原 僕もこの二つがいいですね。
長谷川 それでは、この二句から皆さんに選んでいただきましょう。
(挙手の多数決の結果、良雄さんの「花見酒……」に決定)
長谷川 では、まず次点の「花盛り……」の作者の方につけ筋を聞いてみましょう。
(梓さんが挙手)
梓 新潟県村上市の奥三面[おくみおもて]ダムは、民族文化映像研究所のドキュメンタリー映画『越後奥三面 山に生かされた日々』の舞台にもなった場所です。私は新潟の介護施設で働いていますが、奥三面出身の方がいて、その方の気持ちになって詠みました。
長谷川 それでは、特別賞の「川のぼる……」の作者の方、つけ筋をお願いします。
(カノウさんが挙手)
カノウ 春に誘われて出かけたい先は、やはり花を見ながらの隅田川です。隅田川なら櫂が出てくるなと思ったのです。櫂先生を詠むとしたら、お二人もどこかに入れたいと思って詠みました。
長谷川 最終的に決まったのは「花見酒……」ですが、つけ筋はいかがでしょうか。
(良雄さんが挙手)
良雄 今、八十七歳です。今日は若い人の句が多く選ばれていましたけれど、私は花見酒が大好きなので、落語の「長屋の花見」を連想して詠んでみました。
辻原 神奈川近代文学館の館長・荻野アンナさんは「金原亭駒ん奈」の名を持つ落語家です。今度こちらでも一席やるそうなので、ご期待ください。
長谷川 では次が最後です。七・七の春の句をお願いします。
【折端】(十八句目)
・扇子一つで桜満開
・世界平和と桜吹雪と
・八百八町江戸はらんまん
・新芽の顔のおもしろきこと(※元の下の句は〝おもしろきかな〟)
・春の服着てゆこう元町
・山笑ふ頃また会いませう
辻原 僕は「新芽の顔の……」かな。
小島 ただ、下の句の〝かな〟が、十一句めの〝かな〟と重なるのが気になりますね。「春の服……」は、すっきりした終わり方になるように感じました。
辻原 「新芽の顔の……」の下の句を変えるとしたら、いかがですか。
小島 新芽の顔の面白きこと、でしょうか。
辻原 それならいいですね。作者に許可してもらえることを願いましょう。
長谷川 では、「新芽の顔の……」「春の服着て……」の二句で、皆さんに選んでいただきましょう。
(挙手の多数決の結果、海さんの「新芽の顔の……」に決定)
長谷川 まず、次点の「春の服着て……」の作者の方からつけ筋を聞いてみましょう。
(ノリコさんが挙手)
ノリコ 発句が東京タワーと白いシャツだったので、ワンピースにしてもよかったかなと思っています。東京タワーのように、マリンタワーも入れたかったのですが、文字数の関係で元町にしました。
長谷川 では、「新芽の顔の……」の作者の方、つけ筋をお願いします。
(海さんが挙手)
海 東海大学文芸創作学科の卒業生です。下の句は「おもしろきこと」でよろしくお願いします。今日は会場に来る途中、膨らんできた新芽を見かけ、春が近づいているなと思っていました。『ふゆめがっしょうだん』という絵本を思い出して詠みました。
もう一つの「東京タワーの巻」
長谷川 今年もまた皆さんと、楽しく半歌仙を巻くことができました。これで「東京タワーの巻」が巻き上がりました。例年は、ここでお開きになりますが、最後にもう一つの「東京タワーの巻」をご覧いただければと思います。これは我々で巻いたものになります。メンバーが変わるとどれほど変わるか、それぞれの作品として見ていただければと思います。

では、句の解説をしていきたいと思います。「プロポーズここに及んで言ひ出せず」の次の句は、小島さんの「ゲリラ豪雨で三日足止め」です。
小島 プロポーズの内容にあまり引きずられないように、だけど、気まずい感じで足止めになっている感じも出したいと思いました。それからこの数年の自然現象も入れたいと考えました。自然現象を詠んで現在性を出すのも連句には必要なことです。
長谷川 次の句は、辻原さんの「スナックのママは大型の運転手」です。
辻原 三日足止めになったのはしがないサラリーマン、場所はどこかの地方都市と考えました。足止めになって仕方ないから夜、街道筋のスナックに入るのですが、そこのママは普段は大型トラックの運転手をしている方だったというストーリーです。今は女性の大型トラックの運転手が結構いるそうで、このサラリーマンもつい入ったスナックでママと旅の話をしたりしているという句です。
長谷川 次の句は、「のど自慢ああ鐘鳴りわたる」です。日曜日のお昼ののど自慢は、とても面白い番組ですが、出場者の中には大型トラックの運転手の方もおります。歌声を披露されるトラックの運転手の方は、長距離を歌いながら運転していることと関係があるのかなと思いながら聴いてるんですけれど、そういう句になります。
次の句は、小島さんの「喝采のコロッセウムに冬の月」です。
小島 ここでは、冬で月の句をと言われておりました。「のど自慢」はかなり古くからある娯楽の姿ですけれども、人の娯楽ということを考えた時には、もっとさかのぼることができるなと思いました。「プロポーズ」や「スナック」「のど自慢」と、やや小さい世界に行っていたので、古代ローマのコロッセウムまで飛びたいと思いました。コロッセウムは闘牛をしますのでちょっと凄惨なんですけど、そこに冬の月が昇っているとしてみました。
長谷川 次の句が、辻原さんの「「甘い生活」京都に移す」です。
小島 これ、つけ筋を聞きたいんです。
辻原 ローマのコロッセウムは、闘牛というよりも、人間同士が戦っているんですよね。
小島 なるほど。
長谷川 剣闘士ですね。
辻原 もちろん殺し合いを見物していたわけですけれど。ローマのコロッセウムと聞いて、すぐにフェリーニの『甘い生活』を思い出しました。『甘い生活』の主人公は、ローマの耽美的な快楽の世界にいるジャーナリストのマルチェロ・マストロヤンニです。映画はトレビの泉でアメリカの女優と水の中で戯れる場面が有名です。僕はあの映画の大ファンですが、ローマに匹敵する日本の古都は京都ですよね。ならば、『甘い生活』を今度は僕が映画監督になって京都太秦[うずまさ]で撮ろう。トレビの泉のシーンは鴨川デルタで。そんなところです。
長谷川 次の句は、「グラマーな人魚の死体万博へ」です。大阪の万博会場には人魚の像が建つという話があります。『甘い生活』の最後は、海岸に怪魚の死体が打ち上げられている場面で終わっていましたが、何か暗示的というか、快楽に溺れた生活の未来を予言しているようでした。そのような意味も入れた句になります。
次の句は、小島さんの「春風にのる遠いうたごゑ」です。
小島 今、長谷川さんがおっしゃったように、快楽の世界で行きつくところまで行きついた、そういう句がやってきたように感じました。次は、もうちょっとロマンチックな方へ行きたいなと思いました。 人魚姫は、人間の王子様に恋をして、人間になる代わりに声を失ってしまうお話です。声を失った人魚のかつての美しい声、失われてしまった歌声を「春風にのる」と詠んでいます。
長谷川 次の句は、辻原さんの「夕闇の障子に残る花の影」です。
辻原 この句は、春、花の句になります。ここまで、フェリーニのローマや大阪万博が出てきましたので、もう少し時間をさかのぼらせて、谷崎の世界へ行ってみようと思いました。『陰翳礼讃』の世界ですね。
長谷川 古典的な匂いもあって、しかも何か現代のようにも感じられて、しっかりできた句ですね。
辻原 ありがとうございます。少し補足をさせてください。大岡昇平に『花影』という小説がありますが、主人公の葉子は吉野の桜を見ることなく自殺してしまいます。花影という題名には、死んでいく男にだまされ、捨てられて死んでいった女性の悲しさが出ていると感じるのですが、花影は、唐の時代の漢詩の世界にもある言葉です。その時代からつながっている言葉になります。
長谷川 この句の世界には、何か非常に静かな雰囲気も感じられます。最後の句は、「応仁の乱の前ののどかさ」と詠みました。
辻原 時代がここで大きく変わるんですよね。応仁の乱で、本当に変わりました。
小島 そうですね。
辻原 太平洋戦争と、その戦後みたいなものでしょう。
長谷川 そうですね。しかし、我々ははるかな昔ののどかさに移ればいいんだという、前の句に対するオマージュであります。
本日はありがとうございました。
(構成・岡田光津子)

