月刊『望星』は2024年11月から『web望星』として再スタートを切りました。

【シリーズ】教育ってなんだ?――第3回 /本当の学問とは何か? PART2

経済人、実業家であり、麻布学園理事長、横浜商科大学理事長、千葉商科大学副学長でもある吉原毅さんに、いま日本の教育が抱える問題点を聞いた。本当の学問とは? 詰め込み偏差値教育の害悪、金儲け至上主義がもたらした社会の衰退――日本社会は教育のありかたを変えることはできるのだろうか。 

主体的に物事を決めるという自信を 

――「学力」「人間力」、そして社会をよりよき方向に引っ張っていくための力を獲得するための「受験力」。この三つが大事であり、この三つを身につけさせることが教育の役割というお話は印象的でした。 
 教育の役割としてもう一つ言えるとしたら、自信をつけさせることです。子どもたちも何をしたいのかがわからなくなっているんです。それから自主管理という点でも弱くなってきている。 

――OECDのPISA調査でも、日本の子どもたちは高い学力を持ちながらも自信がない、自己肯定感が低いという傾向が見てとれます。 
 子どもたちに限らず、現在の企業の内部を見ても自信なさげの人が少なくない。 
「自分はできるはずだし、だからやらなきゃいけない。自分にはそれなりに力量があるのだから、自分で考えてやっていけばいいんだ」――こうした自信をできるだけ多くの人が持っていることは大事です。「自分で考えて正しいと思ったことが、ほぼ正しいのだ」ぐらいの図々しさが欲しい。私は図々しいから、自分はいつも正しい、自分は世界一だと思い込んでいます(笑)。もちろん頭の片隅で「実際にはそうじゃないかも」と考えていますけれど、思い込んだら勝ちですから。そうやって自己洗脳するのです。 

 いま大勢の人が「しょせん自分たちは世の中を変えることなどできない」と思っていますね。自分たちがよい社会に変えていくのだといった気概に欠けている。それでは社会も国も停滞するばかりです。没落の一途です。「変えようと思えば変えられる。自分たちが主体的になって物事を決め、革新していくことができる」という自信を持ってもらいたいのです。子どもや若者のたちに、そうした自信をつけさせることも教育の重要な役目です。 

知識と行動が合わさってこそ学問になる 

 文部科学省が大学に求めていることは研究と教育と社会貢献なんです。この三つの柱が大事とされているのですが、さすが文部科学省だなと感じたのは、社会貢献が柱の一つになっていることです。社会貢献のための活動を実践する中で、初めて学べる知識、学べる気づきがあり、そこから学問の必要性を実感したりするのです。それがまた次の段階の教育にもなっていきます。 

――社会貢献活動は、よりよき社会へと変えていく活動ですし。 
 活動や運動の中で学問というのは生まれるんです。知識と行動が合わさるからこそ学問になるんですよね。私が副学長をしている千葉商科大学で、高校生の環境スピーチコンテストを毎年開催しているのですが、入賞するのは農業高校や水産高校の生徒たちが多い。2024年もトップになったのは宮城県の農業高校の桜を植える活動でした。 

 東日本大震災の津波によって、自分たちの学校もふるさとも大きな被害を受けた。学校は高台に移転したけれど、ふるさとは今でも荒廃していて、復興のために何かできないか考え、桜を植えようとプロジェクトを立ち上げたのです。ところが津波の影響で土地には塩分が残っている。塩分があると桜はうまく育たないそうなんです。そこで先生方と一緒になって試行錯誤しながら、塩水に強くて、きれいで成長性があり、なおかつ二酸化炭素の吸収率が非常に高い桜を開発した。 

――桜の新品種を開発しちゃったのですか! すごいですね。 
 それだけではないんです。桜の植樹には、鉄分を含んだ栄養剤を根っこのところに入れる必要があるのだけれど、市販品を買うと高い。どうしようかと思ったとき、捨てられている使い捨てカイロを見て、カイロの鉄分を利用できないか考えたのですね。で、鉄分にクエン酸を加えたところ、非常に安上がりに市販品と同じようなものがつくれるとわかった。 

 そこでリサイクルの一環として使用済みの使い捨てカイロをたくさん集め、クエン酸を使って独自の活力剤もつくったんです。この活動で環境大臣賞を受賞し、環境省からの提案で新宿御苑での植樹を行い、その後も日本全国のさまざまな被災地に何千本も植樹しているという内容でした。プロジェクトに協力してくれる企業もあったし、市役所にもお願いしたら、市もいろいろな力を貸してくれた。 

 他にも、地域振興のために松葉を使ったジンを開発し、酒造メーカーを動かして地元の特産にした高校生もいますし、川の環境を守るため、自分たちの研究結果を土木業者や市の建設局に提示して、従来の護岸工事のやり方を変えさせた高校生もいます。 

 世の中の問題を解決するために生徒たちが立ち上がったとなれば、周囲の大人たちだって燃えるでしょう。「うちでお金を出しましょう」「うちで商品化しましょう」と応援してくれる企業も出てきますし、自治体や国を巻き込んでいくこともできる。社会をよくする目的のために知識や研究を使い、行動していけば、高校生だって社会的なムーブメントを起こすことができるんです。 

教師と生徒の〝あるべき〟関係とは 

――そうした子どもたちをいかに増やしていくかが教育の真価なのでしょうね。 
 指導なんて言葉を使わなくても、子どもたちがやろうとしていることを応援し、「先生も必要なことは手伝うよ」と言って、先生と生徒が一体となって試行錯誤していく。それが最高の教育なんですよ。だから「受験力」に特化しただけの教育では、まるでダメなんです。問題意識を持ち、課題を見つけ、獲得した知識をみんなで協力し動員して、地域や社会の問題の解決に役立てるムーブメントを起こしていく。それが金儲けにつながったら、こんなにいいことはない。儲けたお金は、次の社会的課題に向かう軍資金として考えてもらいたいですね。 

――となると、先生方の関わり方も変えていかなくてはいけない? 
 教科書的な知識を子どもたちに教えることだけが学校教育ではありません。吉田松陰ではないけれど、先生自らが「この世を変えよう」と実践し、その実践の中で学んだことや気づいたことを、後輩である生徒や学生たちに伝えていく――これがこれからの教育だと思います。先生自身の理念や苦労から得た知識、知恵を、子どもたちに伝えることで、自分の後に続いてともに何かを成し遂げようという志が子どもたちに生まれる。そうした教育を実践していってほしいですね。 

(part1、part2ともに聞き手は八木沢由香) 

吉原さんの著作(共著)
「過干渉」をやめたら子どもは伸びる
(小学館新書)

吉原 毅

よしわら・つよし 1955年東京生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、城南信用金庫に入庫。2010年に理事長となり、2017年より顧問。同年に学校法人麻布学園理事長に就任。現在、千葉商科大学副学長・特命教授、横浜商科大学理事長も務める。著書『信用金庫の力――人をつなぐ、地域を守る』(岩波ブックレット)、『原発ゼロで日本経済は再生する』(角川oneテーマ21)、共著『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』(小学館新書)など。