【ジャーナル】自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(下)◎樫田秀樹

住民の幸福の実現。自治体の役割はそれに尽きる。だが、国策的事業や大規模事業が関係すると、多くの自治体は、事業内容やその影響の検証よりも、推進役となり加担することが多い。結果、住民の意向や希望がないがしろにされる。リニア中央新幹線計画を巡っては、深刻な問題が提示され、事業者であるJR東海の責任は重い。だが同時に関係自治体の姿勢と責任も重い。樫田秀樹さんがレポートする。 

前回の記事はこちら自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(中)

10年経っても、いまだ仮置き(山梨県早川町)

 JR東海が開業を目指すリニア中央新幹線計画(以下、リニア計画)で、もっとも懸念される環境問題の一つに「要対策土」がある。 
 リニア計画では、東京ドーム約50杯分に相当する約5680万立方メートル(以下m3)の建設発生土(残土)が出るとJR東海は予測しているが、そのなかでも環境基準値以上の重金属を含む残土が「要対策土」と呼ばれる。特に、土壌汚染対策法で厳しく管理の対象にされているのが「カドミウム」「六価クロム」「水銀」「セレン」「鉛」「ヒ素」「ふっ素」「ほう素」の8種だ。 
 セレンは過剰摂取すると、皮膚炎、胃腸障害、呼吸困難、神経症状などの急性症状が現れ、ヒ素は地中では無害でも、地上で酸素に触れると猛毒の亜ヒ酸に変化し、その毒性は青酸カリに匹敵、0.1gで人が死ぬ。 
 その一例。2023年、北海道・蘭越町で地熱発電の調査用の掘削作業中に蒸気が噴出。現場で採取した水は飲料基準の2100倍のヒ素で汚染されていて、周辺地域では約20人の住民が体調不良を訴えた。実害はあるのだ。 

 要対策土。言い換えれば「汚染残土」を積極的に受け入れようとする自治体はまずない。 
 2023年度の数字だが、リニア工事で排出された約26万m3の要対策土は、全量が仮置きされている。このうちの約21万m3が山梨県早川町に集中している。 
 当初、JR東海の計画では、早川町に置くのは、普通の残土である約4万m3だけだった。だが2016年からトンネル掘削工事が始まると、計画にはなかった要対策土の仮置きが町内の約十ヵ所で始まった。それから十年経った今も仮置きされている。住民のMさんは「これ、いったいいつまで『仮』なんでしょう。小学校のすぐ近くにも置かれているのに」と心配していた。 
 早川町役場に問い合わせても「JR東海からは具体的な説明はありません」と職員も困惑気味だった。 

 2024年4月。Mさんを驚かせることが発生した。塩島地区(南)と呼ばれる要対策土約2万m3の仮置き場直下の地下水が、環境基準値を超えるセレンで汚染されていたのだ。この仮置きの要対策土は、雨水による汚染水の漏洩を防ぐため、遮水シートがかけられ、採石などを幾重にも敷き詰めていた。それでも、仮置きから七年で汚染が起きた。 

住民の不安を無視?(長野県豊丘村) 

 これまで要対策土が「恒久処分」されたのは、長野県飯田市での5000m3だけ。2026年にリニア駅の高架橋の橋脚の土台として使われた。 
 そして今、要対策土を積極的に受け入れようとしているのが長野県豊丘村だ。 
 豊丘村の水源は本山[ほんやま]と呼ばれる山間地だ。JR東海は当初、ここに一般残土を130万m3(東京ドーム約1杯分)盛土する計画を立てていた。 
 本山を管轄していたのは「本山生産森林組合」。2017年3月、組合は総代会(幹部のみの会議)を開催し、30人の全会一致で130万m3の残土の受け入れに合意した。ところが森林組合法ではこうした場合、組合員全員参加の総会の決議が必要なことから、県は総代会を無効と判断。その結果、5月に組合は合意を撤回した。 
 2019年3月、「本山生産森林組合」は、伴野区、壬生沢区、福島区の三地域で自治会費を払っている住民で構成する「本山地縁団体」へと変わり、直後の6月に臨時総会を開催し、再度決議にもちこもうとした。 
 130万m3の残土の活用について、地縁団体の幹部はこう説明した。 
「谷埋めで平坦な道ができる。キノコ採りが容易になる」 
 この説明に原章[はら・あきら]さんは、「130万m3が土石流を起こすと、近くを流れる虻川[あぶかわ]の下流に住む住民が危ない」と反対を表明。すると背後から「余計なことを言うな」の声が飛んできた。そのまま多数決で残土受け入れが決まった。 
 納得できない原さんは、「下流域をはじめ住民の声に耳を傾けることを求めます」と題した署名活動を展開する。本山のほかに、原さんは戸中[とちゅう]という場所にも着目していた。盛土の計画量は約26万m3と本山よりは少ないが、集落に近いため災害の可能性はより高い。 
 原さんが出会った虻川下流の住民の多くは「残土工事が心配だ」と不安を訴え署名に応じた。だが一軒一軒を回って集めた387筆の署名を、村議会は多数決で「受け取らない」と決議。この結果、本山では残土処分場をつくるための伐採が進み、残土搬入の素地が整った。  

豊丘村で、ブルーシートをかけられ「仮置き」されている要対策土
残土の盛土のために伐採された本山
豊丘村の戸中地区で盛土される残土。集落が近いため、住民の中にはその崩落を怖れる人もいる

実態と合わない投票結果

  2024年1月30日。JR東海は、第28回豊丘村リニア対策委員会で、本山に要対策土(計画では1.5万m3)の埋め立て計画を発表した。 
 JR東海は六年前、「本山に要対策土を持っていくことは考えておりません」と明言していたが(第8回長野県環境影響評価技術委員会)、あっさりと翻したことになる。当然、この計画は再び地縁団体、次いで村の採決を仰ぐことになる。 

 2025年9月12日に開催された地縁団体の臨時総会は、おかしなことだらけだった。 
 まず臨時総会である以上、出席者はその構成員に限られるのに、その場には、JR東海、村長、総務部長などリニア計画を推進する側の面々が出席していた。 
 冒頭の住民の発言。 
「たいへん大きな疑問があります。五年以上にわたり総会を開催しておりません。その間、事業や会計の報告承認は放置されまして、役員の選任もされておりません。選任されていない方が総会を開催できる正当性はあるのでしょうか」 
 これに対して村の総務課長は、「多少問題はあるが、多人数の組織なので、総代会で運営することを村は認めている」という見解を示した。 
 地方自治法では総会開催は一年に一度との規定があるが、村がその違法性を認識しているというわけだ。地縁団体の長谷川義久会長も、「みなさんで決めた規約に則って地縁団体を運営している。問題ない」との主旨を発言した。 
 結果だけ書けば、賛成多数で本山での要対策土の盛土は承認された。賛成票433、反対29、無効4の計466票(一世帯一票)。 

本山地縁団体臨時総会での、要対策土の盛土に対する賛成、反対の数を示す資料。賛成の数がこれだけ多いのは実態に合わない 

 この数字には強い違和感を抱いた。 
 地縁団体は、伴野区、壬生沢区、福島区の三地区の住民が構成員だ。 
 ところが、伴野区の小園で、地区の上流部の沢にリニア残土を置くことに反対運動が始まり(2016年)、小園の全住民の七割に相当する387人が反対署名に応じ、JR東海は盛土計画を撤回せざるをえなかった。 

 今回の地縁団体の臨時総会での投票は一世帯で一票だが、仮に小園では一世帯四人とすれば、100世帯近くが反対の意を示してもおかしくないのに、その数が反映されていない(考えが変わったということも、もちろんあるが)。 
 また、豊丘村では市民団体「豊丘村の水を守る会」が、この臨時総会の開催前の8月から「水源地に絶対に汚染残土を置いてはいけない」として、地縁団体を構成する伴野区、壬生沢区、福島区の三地区を歩き、計画への反対署名活動を展開した。住民に署名の主旨を伝えると、多くが「それはとんでもないことだ」と署名に応じた。このことは逆に言えば、村が要対策土の危険性をいっさい住民に伝えていなかったということにもなる。反対署名は、臨時総会の時点で400筆を超えた。 
 十年前の反対署名と2025年の反対署名の数からすると、臨時総会での反対数は大きく乖離している。何があったのか、住民に確認すると、委任状の問題が浮かび上がった。 
「今回の臨時総会の委任状は、自治会の中のさらに小さな単位である隣組が配布し、そのときに『とにかく、自分の名を書いて判を押して出してもらえばいい』との説明だけだったそうで、言われたまま提出した人が多かったようです」 

 メディアは会場に入れなかったが、閉会後、数人の記者が長谷川会長に話を聞いた。私とのやり取りは以下の通り。 
――要対策土の盛土をJR東海は安全と説明するが、昨年4月、山梨県早川町でのリニアの要対策土の盛土が、環境基準値超のセレンによる地下水汚染を起こした。その事実を知ってますか? 
「要対策土は中部横断道路の工事でも排出された。それがどう活用されたか知っているか?」 
――それはわからない。 
「わかんないんじゃないんだよ。リニアのことばっか言うんだったら、そちらも調べてみろよ。要対策土は道路にそのまま使ってんだよ!」 
――私が聞きたいのは、JR東海が「100年はもつ」と主張する二重遮水シートが、早川町では、わずか2万m3の盛土のシートが七年で破れた可能性があること。それは地縁団体では問題視されなかったのか? 
「あの土地は(将来)全部JR東海に売却してしまいます。完成したら国からの『安全ですよ』とのお墨付きをもらって、JR東海には将来の面倒を一切見るとの確約をとってから売却するつもりでおります」 
 どうもストレートな答えが返ってこない。おそらく長谷川氏は早川町でのシート破損の事案を知らず、その危険性を認識していない。 
 ほかの記者の質問にも「要対策土の用地をJR東海に買い取ってもらうのは日本初。それで責任を取らせる。それについては俺は誇れる」と発言するが、水源地への汚染の可能性についてはついに発言しなかった。 
 原さんはこの日、改めて「地縁団体も村もJR東海も住民に顔を向けていない」と痛感した。だが、村が本山に要対策土を置くかどうかの決定はこれからの話だ。村の方向性を変えなければと、原さんたちは動いた。 

村長の本音

 2025年10月7日午前8時半。「守る会」は村役場で579筆の署名用紙を下平喜隆村長に手渡した。 
 村長はリニア推進派だ。理由は「リニアが開通すれば、村に住みながら通勤、通学する世代が定着し、地域が活性化する」から。 
――村長。村の水道水の96%は、本山も含め、山から流れてくる地下水だ。その水源地にヒ素を置くことは許されません。 
「苦渋の決断です。だが、村としては、JR東海から『地下水対策を万全にする』との書面締結や、『新しい表流水ダムをつくる』などの担保をするまでにもっていきたいと考えている」 
――本山に要対策土を置く計画があることに、住民から「初めて聞いた」「そういう事実を知らせてほしかった」との声を数多く聞いた。住民が何も知らない状況で、こういう流れはよくありません。これだけ短期間でこれだけの署名が集まるのは、みんなが危険性を承知しているということですよ。 
「皆さんの活動を真摯に受け止め、熟考していきます」 

 直後の村長への囲み取材で、私は、山梨県早川町での要対策土による地下水汚染の事例について尋ねた。 
――遮水シートが破れた可能性が高い。その事実をご存じでしょうか? 
「知りません」 
――早川町の事例から、絶対に汚染を起こさない対策を話し合うべきでは? 
「検討いたします」 
 現在まで、村で早川町の事例は話し合われていない。 

25年10月7日、要対策土の盛土に反対する署名を下平村長(左から2人目)に手渡す「豊丘村の水を守る会」のメンバー

  今年2月19日、豊丘村で「村長としゃべらまい会」が開催された。 
 これは、現在4期目の下平村長が2011年の就任後に始めた「村民と直接議論を交わす」取り組みで、年に十回前後開催されている。今回は「守る会」が主催しての開催となった。 
 長年続いてきた「しゃべらまい会」はマンネリ化していたが、この日は住民が約30人参加。村の事務方も「住民がこんなに来たことはない」と驚いていたが、それほど、汚染残土を水源地に置く問題に住民は無関心ではいられなかった。 
 会の冒頭では「守る会」が追加の反対署名440筆を村長に提出(累計で1019筆)。この数字はジワリと効いているのか、下平村長の言い分は苦しい。 

「私は、ヒ素は怖くないとは言わない。本山に置くのは気持ちのいいものではない。だが、日本全国で要対策土は道路工事にも使っている。だからこそ、落としどころを探すのが僕らの仕事」 
――実際に地下水が汚染されたらどうするのか。 
「現在、村の水道水に含まれるヒ素は基準値の10分の1と低い。もしこれが10分の2となったら、その時点でJR東海には『代替水源を用意せよ』と要請する」 
 住民から「それは甘いんじゃない」「ヒ素が出てからでは遅い」との声が上がり、「守る会」のメンバーでもあり村会議員でもある壬生真由美さんが続けた。 
――本日はここに福島地区の方がいらっしゃいます。福島地区ではリニア工事による水枯れが心配なので、住民組織が直接JR東海と交渉して、工事前に代替水源を整備するとの話をまとめました。 
 壬生さんは、この実例を持ち出し、最悪の場合を想定しての対策を事前に行うべきだと訴えたのだ。 
「そんな最悪の状況を想定して工事を制限したら、何一つできないですよ」 
――じゃあ、工事をするためには目をつぶってくれという話になりますよ。 
「福島地区では水が抜けるのがわかっているからいいですが……」 
――本山の汚染だって可能性でいったらゼロじゃないですよ。 
 両者の言い分は平行線だ。 

村長に意見をぶつける「守る会」のメンバーでもあり村会議員でもある壬生真由美さん

 閉会後、囲み取材に応じようともせずに帰ろうとする村長を複数の記者が追いかけ質問を浴びせた。私は「村長の言う『落としどころ』とは何か」と尋ねた。 
「まあ、それもJRとの取引がありますから」 
――取引? 
「そう。道路やインフラを整備してもらうとかの動きの中でバランスをとる。とはいえ、今はリニアを一刻も早く開業させてこの地域を元気にしたいのが一番です」 
――(ほかの記者)でも可能性として、なんか落ち着かない場所にこれからの世代が定着しないことも……。 
「そんなえぐい言い方はやめてください。じゃ、聞きますよ。東京はなんであんなに人が住んでいるの? 東京の水は美味しいの?」 
――美味しい水よりも、いろいろと目を引くものは多いですね。 
「そう、雇用もある。リニアができれば、豊丘村は東京にも名古屋にも通勤できるから、ここに住めるようになる。やっぱり雇用があって、お金を儲けて、子どもを育てて、そして自然を守る。こういう順番で物事を考える。自然だけ守っていればいいというのではないことは申し上げておきます」 
 記者が質問すればするほどに村長の本音がこぼれ出る。 
 私はこれまで三十五年以上の取材活動で、「自然を守らなくてもいい」と発言した首長には初めて会った。 

 下平村長の任期は2027年4月までだが、もしそれまでに村としての判断ができていなければ、新村長は本件にどういう舵取りをするだろうか。首長のリーダーシップ次第で行政は住民に寄り添うことも、突き放すこともできる。 
 リニア計画においては、前者の事例はあまりにも少ない。詳細は割愛するが、2024年5月までの川勝平太知事時代の静岡県は、大井川の水を守るために2014年からJR東海との協議を続けた。長野県南木曽町は地下水脈の破壊を怖れ、やはりJR東海と協議して代替水源からの導水工事を実現させた。それ以外の自治体は、ほぼすべてがリニア推進の旗印のもと、住民を追い詰める側に回っている。 
 それでも、そうした自治体の硬直した姿勢を軌道修正できるのは地域住民の声しかない。 

(番外編につづく)

樫田秀樹

かした・ひでき 1959年、北海道生まれ。オートバイの旅に魅せられ、大学在学中にサハラ砂漠横断、卒業後はオーストラリア大陸を旅する。以降、ソマリアの難民キャンプ、マレーシアの環境保護団体での活動に参加。ボルネオの熱帯雨林伐採の実態を伝える記事でジャーナリスト人生をスタートさせる。1997年、ハンセン病のカミングアウトを描いたルポ「雲外蒼天」で、第1回週刊金曜日ルポルタージュ大賞報告文学賞を受賞。98年、車いすの少女の中学校普通学級入りを目指した闘いを描いた「自分に嘘はつかない」で、第3回週刊金曜日ルポルタージュ大賞佳作を受賞。著書に『「新しい貯金」で幸せになる方法』(築地書館)、『自爆営業』(ポプラ新書)、『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社。第58回日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『リニア新幹線が不可能な7つの理由』(岩波ブックレット)、『世界から貧しさを救う30の方法』(合同出版。編著)など。近著にリニア計画の問題点を浮き彫りにする『最新報告 混迷のリニア中央新幹線』(旬報社。1980円=税込)がある。 

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