ヒトの偉いところは物事を探究するところ。好奇心から、真理を追求するための探究心へと突き進む。都合のいいことに対象テーマは無数にある。研究の成果は、人類への貢献になることもあるし、ご本人以外にはまったく無意味という場合もある。前者だからよく、後者だからダメとは思わない。大事なのは探究する心。第1回は納豆研究のトリコになった三井田孝欧[みいだ・たかお]さん。
納豆の野望。16回の攪拌と1回のスイッチバック
覇権を争う納豆武将
――なぜ納豆なんでしょう。
実家が新潟県柏崎市の小さなタバコ屋で貧しかったんですよ。それで高校、大学と奨学金をもらいながら東京電力の技術者を養成する東電学園に通いました。大学時代は格闘技やアメフトをやっていたのですが、お金がないからプロテインを買えない。周りが、プロテインをシェイカーでシャカシャカつくっている脇で、たんぱく質が豊富なサバの水煮の缶詰や納豆を食べていました。遠征や合宿などでいろんなところを回り、どこでもだいたい納豆を食べたのですが、土地によって納豆の味が違うと気づいた。納豆の地域性――それは友だちの家ごとに違う〝匂い〟と共通している、と。
――友だちの家の匂い?
友だちの家に行くと自分の家とは違う匂いがしますよね。それは常在菌――その友だちの家に棲み着いている菌の違いなのです。そこで各地の納豆を本格的に研究したいと思ったのですが、先立つものがないので、1996年にネット上で納豆学会を立ち上げまして、顧問をお願いしたのが、東電学園に教えにきてくださっていたアメリカ文学者で慶應大学教授の山本晶先生です。ハーフ・シリアス(半ば本気)、冗談半分が人生を楽しむコツだ――先生は常々そうおっしゃっていました。
まずやったことは、山本先生と友人五人を招いて、私が集めた全国の納豆の試食会。23種類の納豆について〈大豆の味〉〈付属品との相性〉〈ご飯との相性〉などを4段階で評価してもらいました。参加者は、商品の多さに驚いていました。
――納豆メーカーって全国にどのくらいあるんでしょう。
全国各地にありますが、大手メーカーは八社。いまはミツカンとタカノフーズが二大勢力です。私はずっと『信長の野望』ならぬ『納豆の野望』というシミュレーションゲームをつくるアイデアを温めています。
八大納豆武将がいて、中小の納豆武将が乱立している。納豆は土地ごとに個性がまったく異なります。大粒か小粒か、ひき割りか、どんな調味料をつけるのか。設備投資をしながら顧客を獲得して勢力を拡大していく。大中小の納豆武将が覇権を争うのです。
――私の故郷は山形なのですが、どういう状況ですか。
八大メーカーでは、ヤマダフーズの影響力が強い地方ですね。しかし地元勢力として存在感があるのが、酒田納豆の加藤敬太郎商店です。ここの塩納豆はおもしろい。これは山形地方で古くから食された「五斗納豆」です。納豆は発酵し続けるから保存食には向きません。そこで漬物にしたら長期間保つのではないかと考えた人が、納豆と麹、昆布などを塩漬けにしました。五斗納豆と呼ばれるのは、「五斗入る大樽で仕込んだ」「五斗の材料を使った」の両説があります。
納豆は地域色の強い食べ物です。しかも各地の納豆屋が努力しているから、足を運ぶたびに新商品が発売されている。さらに納豆屋の統合や廃業があるから、いまある商品がずっと食べられるという保証はありません。私が三十年も納豆に惹かれ続ける理由が、この地域性と新規性なのです。
以前、三重県の納豆メーカーの立て直しのために、新商品開発に関わりました。着目したのがタレです。市販の納豆の付属のタレには、増粘多糖類などの添加物が含まれるケースが少なくありません。それなら本物の醤油をつけたらどうか。三重県では、地元の伊勢神宮に奉納する「伊勢醤油」をつくっています。伊勢醤油は、添加物を使わず、三重県産の大豆と小麦だけで仕込まれています。さらに神社の祭事などで吹かれる石笛を納豆に聴かせて、発酵させてみました。マユツバですが、納豆に音楽を聴かせると発酵が進むという説があり、それを売りにしたのです。
三重と伊勢神宮らしさを前面に出した商品が「伊勢納豆 石笛」。ラベルには〈協力 納豆学会・三井田孝欧〉と掲載されました。おかげさまで売れ行きは好調でした。


ホルムズ封鎖で納豆消滅?
――納豆の群雄割拠は現在進行形なんですね。
しかし、いままさに全国に無数にある納豆屋に危機が迫っています。原因が、ホルムズ海峡の封鎖です。
納豆を炊くボイラーの原料は重油です。ご存じのように、日本では重油を中東からの輸入に頼っています。重油不足で納豆をつくれずに、閉めざるをえない納豆屋も出てきています。そんな状況で、ボイラーを電気ヒーターに切り替える動きが出てきました。しかし重油のボイラーと電気ヒーターでは、納豆の仕上がりがまったく違います。
ちなみに納豆を入れた室[むろ]で炭火などを炊くと酸素を消費し、納豆菌が一時、窒息状態になります。その後、室の戸を開けて酸素を入れると納豆菌が活発に働きはじめる、といったテクニックを使う納豆屋さんもあります。
100グラムの納豆には、約1000億個の納豆菌が棲み着いています。納豆菌が大豆を分解しようとすると、血栓を溶かす作用を持つナットウキナーゼなどたくさんの酵素が発生します。納豆のあのネバネバも酵素がつくり出します。
こう説明すると、納豆にとって……いや、私たちにとって納豆菌の働きが、いかに大切か、わかっていただけるのではないでしょうか。
――……どんなふうに納豆を食べているんですか?
毎日朝2パック、夜1パックを必ず食べています。まずは攪拌用の皿に移す際に、ひっくり返して納豆の裏側を検証します。裏が白っぽくなっていたら、納豆菌が全体にまわっている証拠。逆にできが悪い納豆は、裏が白くなっていません。裏側をチェックしたあと食べるのですが、最初は、かき混ぜずにそのまま一粒一粒を味わいます。次に付属のタレをつけて刺身のように食べる。この手順によって、納豆とタレの相性、製造者の意図が見えてきます。納豆の糸から、納豆屋の意図、ひいては思想を感じ取れるようになるはずです。
――(笑)。タレや醤油以外でちょい足しのお勧めはありますか。
最近のトレンドはキムチとチーズですが、私はだんぜん長ネギを推します。オーソドックスすぎて面白くないと言う人がいるでしょうが、ネギは納豆の弱点を補う薬味なんです。納豆の弱点のひとつが、ビタミンCが含まれていないこと。長ネギを加えることで、匂いを抑え、ビタミンCを補える。その点では、刻んだタマネギも納豆との相性がいい。そして辛子です。昔の納豆売りは、腐敗防止の辛子をつけていました。
ネギと辛子、そして醤油が王道、不動のストロングスタイルです。ただ気をつけてほしいのが、醤油とネギを攪拌前に入れないこと。先に醤油を入れると糸を引きません。またネギを入れてかき混ぜると苦みがでて、納豆の味を殺してしまいます。攪拌前に投入していいのは、辛子だけです。
意見がわかれるのが、攪拌の回数です。北大路魯山人は、糸が切れるまで、400回は攪拌すると言い切っています。少し前にタカラトミーが〈倍速で424回攪拌!!〉と銘打った商品「魯山人納豆鉢」を発売したほど、執拗に攪拌した魯山人のエピソードは知られています。残念ながら「魯山人納豆鉢」はあまり売れなかったと聞いています。

文筆家の伊藤宏子さんはエッセイで、攪拌は3回だけと書いています。その理由が〈粘り気は好きなのだが、にもまして粘り気を内在させたままじっと耐えている豆を味わいたい〉からだそうです。
私がもっともおいしいと感じる攪拌回数は17回。ただかき回すだけではなく、同じ方向に16回かき混ぜたあと、最後に1回だけ逆回転させる。大粒納豆の場合は、表面にうま味がついています。そのうま味を糸に絡みつかせる。粘りだけではなく、糸の食感を楽しみたい。そこを追求した結果、16回の攪拌と1回のスイッチバックという結論にいたりました。ふわりとした上品な粘りが味わえます。ぜひ試してみてください。(続編は近日中に公開)
(聞き手・文=山川徹)

みいだ・たかお 1972年新潟県生まれ。納豆学会主宰のほか、エネルギーコンサルティング、発電設備企画・設計、STEAM教育の塾、イベント企画などの事業を展開している。新潟県柏崎市議会議員も務めた。

