新連載【ジャーナル】老いをどう生きるか――日本映画から学ぶ――◎澤宮優 第1話/『楢山節考』の今日性

加速度的に進む超高齢化社会にあって、誰しも、いやおうなく「老い」と向き合うようになった。老いの現実を早くから伝えてきたものに映画がある。名作といわれる日本映画を題材に、「老い」はどう描かれてきたのか? そこから何を汲み取るのか? ノンフィクション作家の澤宮優さんが探る。  

老人は「廃品」なのか

 私が「老い」について書こうと思ったのは、新型コロナウイルスが世界中に蔓延し、「命の選別」という言葉を耳にしたことが原因である。医療機器などの不足から、感染した場合、若者の命を優先して救うという意見が出てきた。あらためて「老害」という言葉も聞こえてきた。 
 老人が経験してきたことは、人生の知恵やものごとの本質を見抜く目、決断力など、尊敬に値する多くのことがあるはずだ。が、あまりにも現代では合理性が優先され、老人は時代についてゆけなくなった。そんなとき老人の尊さをどこに見いだせばよいだろうか。 

 私は十代後半で見た『楢山節考』(監督・今村昌平、製作・今村プロダクション、1983年)を思い出した。昔山々の村では、年寄りが七十歳になると、楢山参りといって、山に捨てに行く風習があった。村が貧しいので、食い扶持を減らすためである。村では楢山に行けば、神様が迎えてくれ、極楽にゆけるという言い伝えがあったのである。 

 長男の辰平(緒形拳)が母親おりん(坂本スミ子)を背負って楢山に行くが、山の道々には捨てられた老人の白骨や死体が転がっている。鴉が死体を突いている。楢山詣では老人を捨てる墓場だった。 
 辰平はその現実に啞然として言葉を失うが、母を降ろして帰るとき、何度も立ち止まり母のほうを振り向く。おりんはその場に座って黙って両手を合わせる。息子は涙を振り絞りながら、その場を後にし、「おっかあ、雪が降ってきたなあ」と空に向かって語る。 

『楢山節考』は、木下惠介も1958年に映画化しているが、このテーマが繰り返し映画化されたのは、「姥捨て伝説」が、一地方の特異な話ではなく、日本全体に通じる「老いへの処遇」を描いているからだ。老人を〝あたかも〟廃品として扱う思想に対する怒り。『楢山節考』は現代も形を変えて生きている。そこに作品の今日性がある。 

安楽死導入で財政を健全化?

 超高齢化社会になり、老人に対する医療費、年金、生活支援などが国の財政を逼迫させる存在になっている。この事態がさらに進めば、政府はどういう対策を取るのだろうか。 
 そういたテーマを扱ったのが、『PLAN 75』(監督・早川千絵、製作・『PLAN 75』製作委員会、2022年)である。突然政府は七十五歳以上の後期高齢者を対象に、生死の選択権を与える「PLAN 75」という制度を施行した。生きる希望がない老人は死を選び、国家が安楽死させてくれる。法制化にあたり、反対運動もあったが、実現したのは国民の後押しがあったから。老人のためと謳いながら、本音は超高齢化による財政問題を安楽死を導入することで一挙に解決するのが狙いである。 

 制度を普及させるため、政府は「あなたの最期をお手伝い」とCMを流し安楽死の希望者を募る。ホームレスの老人のいる夜間の公園では市役所の担当者が制度の宣伝を書いた看板を立てて、彼らに食事を振る舞い、一人一人面談し、応募を促す。 
 一人暮らしの主人公のミチ(倍賞千恵子)は七十五歳になるが、ふだんはホテルの清掃員として働いている。仕事もでき、職場には同世代の親しい仲間もいる。そんな彼女の運命が一変したのが、利用客からの「このような年寄りを働かせるのは可哀想だ」という投書である。これが引き金となって、彼女を含め仲間は全員突然解雇される。 

 アパート代の支払いもあるミチは新しい仕事を見つけなければならない。しかし年齢を理由に断られ、苦労して見つけた夜間警備員も体力がついてゆかない。そんなとき、何度電話しても留守番電話だった元同僚を心配して家を訪ねると、彼女はそこで孤独死していた。 
 生活も追い詰められ、絶望したミチは、「PLAN 75」に応募する。以後専門のカウンセラーが二十四時間体制で電話でミチの話し相手になってくれる。心のケアの本当の狙いは安楽死を希望した者が途中でやめることを防ぐため、またうまく死の選択をするよう誘導するためにある。政府の熱心な働きかけによって、「PLAN 75」の申請者は増え、社会保障費給付費が減少に転じた。今後十年をかけて対象年齢を六十五歳まで引き下げる予定だという。恐ろしい世界であるが、こうやって治安維持法など国民を犠牲にする法案は静かに可決してゆくのだろう。 

 ミチは死ぬ当日、人気の無い郊外の指定された病院に行く。ベッドに寝かされ、看護師に薬の飲み方などの注意を受ける。看護師の説明も事務的で、これから死にゆく者への労りは感じられない。彼女は吸入マスクを口につけると、そこから睡眠薬が注入される。眠っている間に殺される仕組みになっている。 だがミチは途中で心変わりして、マスクを自ら離すと、病院を脱走する……。

 印象的なのが、「PLAN75」担当の三十代と思われる役所の男性職員である。彼はヒロム(磯村勇斗)といい、相談に来た老人には、巧みに死の選択に応募するよう誘導する。ところが長年行方不明だった叔父が応募にやってくる。彼は全国の建設現場で働き、アパートで一人暮らしをする人だった。 叔父を安楽死させる病院へと連れてゆくのが、甥であるヒロムの役目になってしまった。叔父とヒロムのその後は……。

「PLAN 75」は制度導入の三年で経済効果は一兆円を上げ、専門家も高齢化問題に明るい兆しが見えたと評価する。とすれば、これに味をしめて政府が「PLAN 75」の対象者をますます広げてゆき、対象者は低年齢化し、やがては年齢にかかわらず重い障害や病を抱え回復の見込みのない人も格好の標的にされるのではないか?。

 ミチはある日、カウンセラーの女性を呼び出し、亡き夫との思い出の場所であるボウリング場を訪れ、夫と飲んだメロンソーダを口にし、夫の思い出話をする。悲しい過去も打ち明ける。彼女にもかつて子どもができたが、生まれるときへその緒が巻き付いて死んでしまった。 「辛かった。あれは本当にね、辛かった。真っ白な、綺麗な顔してね。お人形さんみたいだった」 
 ここから示唆されるのは、どんな人にもその人にしか語れない独自の人生の歴史を持っているということだ。そこから一人一人の人生への畏敬が生まれくる。それが命への尊厳ということでもある。高齢者問題を語るときに、この視点を大前提として考えることが、真の意味での解決に繋がることを映画は教えてくれる。深刻な生活の事情で止むにやまれず生を放棄せざるを得ない人がいるかもしれないという現実を、私たちは襟を正して直視するべきだろう。 
 私たちは老人たちの人生にどこまで寄り添い、正対して、その人生の歴史を理解しようとしているか。そんな真摯な問いを「姥捨て信仰」から突きつけられているような気がしてならない。 

映画『PLAN 75』公式サイト https://happinet-phantom.com/plan75/

(つづく)

澤宮 優

さわみや・ゆう 1964年熊本県八代市生まれ。青山学院大学文学部史学科、早稲田大学第二文学部日本文学専修卒業。戦前の巨人の名捕手吉原正喜の生涯を描いた『巨人軍最強の捕手』(晶文社、2003年)で第14回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。主な著書に『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』(角川ソフィア文庫)、『集団就職』(弦書房)、『戦国廃城紀行』(河出文庫)、『世紀の落球』(中央公論新社・第3回野球文化學會賞)、『昭和十八年 幻の箱根駅伝』(集英社文庫)、『暴れ川と生きる』(忘羊社)、『あなたの隣にある沖縄』(集英社文庫)など多数。映画関係の著作に、木下惠介の名作「二十四の瞳」の子役たちのその後を追い、木下惠介論を付記した『「二十四の瞳」からのメッセージ』(論創社)がある。現在「西日本新聞」読書欄で映画本の書評を執筆中。 

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