※タイトルの写真は宇和島徳洲会病院の万波誠医師と瀬戸内グループによる生体腎移植(撮影筆者)
世界各国で移植用臓器が不足しているなか、2008年、国際移植学会は「移植が必要な患者の命は自国で救える努力をすること」という「イスタンブール宣言」を採択した。そこでは渡航移植について「貧困層や弱者層のドナーを標的にしており、容赦なく不公平や不正義を導くため、禁止されるべきである」とも明記されている。 だが、臓器移植を望む患者は少なくなく、そこにつけ込むのが渡航移植あっせん組織だ。
渡航移植あっせん組織の存在
渡航移植のブローカーが暗躍する下地になってしまったのが、臓器移植をめぐる国内の対応の遅れだ。
前回も触れた、がんにかかったドナーから提供された臓器を用いた修復腎移植が先進医療として認められるようになったのが2018年。「原則禁止」から11年後のことだ。
しかし世界では、2000年ころから、がんにかかった臓器を移植に用いることの研究が進み、危険は小さいという認識が定着しつつあった(※)。
※『American Journal of Transplantation』(2011年6月) に掲載されたMichael A. Nalesnikらの論文「臓器移植におけるドナー伝達性悪性腫瘍:臨床的リスク評価」によれば、小径腎がんの場合の再発危険率を以下のように推定している。直径1cm=0.1%未満、直径1cm以上2.5cm未満=0.1から1%、直径4cm以上7cm未満=1から10%
アメリカでは、修復腎移植は、インフォームドコンセントが得られれば、手術の可否を検討する倫理委員会が開かれることもなく、通常の移植手術として行われてきた。
もう一つ、国内の腎臓移植の進展を阻むものには巨額な人工透析市場の存在がある。移植が進めば、市場は縮小する。それは避けたいという医療関係者は確実に存在するだろう。
2023年2月7日、ブローカーの一人、菊池仁達[ひろみち]という人物が警視庁に逮捕された。当時、実質的な代表を務めていたNPO法人「難病患者支援の会」(現在は解散)の活動で、ベラルーシにおいて2件の臓器移植を無許可であっせんしたことが問われた(容疑は臓器移植法第十二条違反)。ベラルーシでの移植には外国人枠があり、死亡したドナーから提供された臓器が日本人患者に移植された。ちなみにベラルーシの法律では合法。菊池は無罪を主張し最高裁まで争ったが有罪判決は覆らず、懲役8ヵ月(約2ヵ月が未決勾留日数へ算入)が確定、今年1月に横浜刑務所に収監された。
菊池を通じて、中国で移植を受けた患者がこう心境を語った。
「生きるには、渡航移植しか方法がなかった。その選択がそんなに悪いことなんですか。渡航移植を止めろということは、私たち患者に死になさいと言うのと同じだ」
彼は2013年に天津で移植を受けた。父親も伯父も慢性腎不全が原因で若くして死亡している。家族間における生体腎移植は、家族や親戚の中に慢性腎不全を発症している者がいる場合、ドナー自身が慢性腎不全を発症する可能性もあり、臓器提供者を身内から見出すのは事実上不可能になる。男性には2人の娘に将来、父親と同じ病気が発症したら、娘に母親の腎臓を提供しようと考えていたので、妻から夫への腎臓提供は最初から選択肢にはなかったという。
今年7月7日、その菊池が再逮捕された。逮捕日は、菊池の刑期満了日かその前日で、彼は横浜刑務所を出所する予定になっていた。容疑は、臓器移植法第十一条第三項の「有償あっせんの禁止」への抵触。
菊池は保釈中の2024年3月に、一般社団法人「国際医療相談室」を新たに設立し、患者の募集を続けていた。そしてカンボジアでの臓器移植手術を有償であっせんしたとして、今回(7月7日)は菊池だけではなく、「国際医療相談室」代表のA(元スポーツ新聞記者)と、患者とともにカンボジアに同行し、ケアにあたった菊池の長男も逮捕された。報道によると、菊池は保釈中、5人の患者から合計4500万円以上を受け取っていた疑いが持たれている。
売買される臓器
2008年の「イスタンブール宣言」以前、渡航移植あっせん組織は国内に30社以上あった。それらは次々に淘汰され、姿を消したが、それでも2019年当時4社あった。4社ともにホームページで堂々と海外で移植を望む患者を募集し、それぞれが患者を海外に送り出していた。
厚労省が行った渡航移植患者の最新調査は「臓器移植の実施状況等に関する報告書」(2023年6月8日)で、この中に「海外渡航移植患者の緊急実態調査」が記載されている。菊池の最初の逮捕を受けて早急に行われた調査のようで、これによって渡航移植の実態が浮かび上がった。
〈海外に渡航し移植を受けた患者であって、令和5年3月31日時点で当該医療機関に外来通院している者の数は543名、そのうち生体から臓器の提供を受けた者の数は42名、死体から臓器の提供を受けた者の数は416名、不明な者の数は85名であった〉
生体から臓器提供を受けたレシピエントは42人だが、フィリピンが一時期、臓器売買を認めていたので「合法的」な臓器売買による移植も考えられるが、ほとんどが非合法の臓器売買によるものだと推測される。生体移植か死体から提供されたドナー臓器なのか出所が不明という85人も、答えにくい事情があるから不明と回答したとも考えられる。臓器売買による移植だったという可能性は否定できない。
死体から臓器の提供を受けた者の数は416人。しかし、亡くなった提供者の臓器を日本人に優先的に移植する国があるとは思えない。死体からの臓器であっても金銭の授受があると考えるべきだ。それに死体か生体か、患者の自己申告であれば、そもそも申告そのものが虚偽という可能性も十分考えられる。
つまり500人前後、あるいはそれ以上の患者が海外で、しかも臓器売買による移植を受けている可能性が極めて高いということだ。
菊池がNPO法人を設立したのは2007年。患者を天津の移植病院に送り、そこで移植手術を受けさせていた。170人を中国の病院へ案内したが、うち約50人は術前の検査で不適応と診断され、移植を断念せざるを得なかった。移植手術を受けた人のうち、約20人は1年以内に移植臓器が生着せずに死亡したり、透析治療に戻ったりした。約100人が移植に成功している。
「私はたくさんの患者の命を救ってきた」
菊池は東京地裁の法廷で胸を張ってこう述べた。しかし中国での移植は人権上の極めて重大な問題があった。
中国での移植は、ドナーのほとんどが死刑囚とされる。多くは良心の囚人(主に政治犯、あるいは法輪功学習者。筆者注=法輪功は気功の一派)から摘出された臓器だと言われている。中国政府はすべての臓器は自主的な提供であるとしているが、実証可能な裏付けはない。
世界的な批判に、国家主席・習近平は外国人への移植を禁じた。中国ルートを閉ざされた菊池が、新たに開いたのがベラルーシ、キルギス、そしてウズベキスタンルートだった。逮捕のきっかけは、移植が思うように進まなかった患者の告発がメディアに取り上げられたことで、警視庁が捜査に乗り出した。
逮捕された菊池を「支援」する患者も一部にはいて、保釈金を融通したり、裁判費用を支援したりしていたようだ。

立件が困難な臓器売買移植
保釈期間中に、菊池は活発に動いていた。内部告発した元スタッフ、そして菊池に欺かれたとする患者らの声をうのみにして報道したという理由で、読売新聞、NHK、そして文春を名誉毀損で訴えた。
その一方で、患者を引き受けてくれる国を探した。中国では外国人への移植は不可能になったが、カンボジアやベトナムで、外国人への移植手術を受け入れている事実を知った。執刀しているのは中国人医師で、これらの国で移植術を指導するという名目で、外国人への移植を担当していた。当然、高額な報酬が得られる。
菊池には、中国での移植を進める上で片腕となる中国人がいた。その中国人がカンボジアでの移植が可能になるように、中国人医師に働きかけ、カンボジアルートは開かれた。とはいっても菊池は保釈中のため、旅券を取り上げられていて身動きが取れない。そこで患者のケアには長男があたった。
海外での生体からの腎臓移植は、ほぼ臓器売買による移植だと、菊池自身も認識していた。「日本人に善意で、臓器を提供してくれる人がいるはずがない」。そのために脳死、あるいは心停止からの臓器を用いた「合法的」な移植に心を砕いてきた。しかし、無許可であっせんした罪で有罪判決を受けた。
一方、臓器売買による移植を進めるあっせん組織は、逮捕もされずに堂々と渡航移植を進めていた。パキスタンでは、民家を改造した闇病院で行われた移植で何人もの犠牲者が出ている。感染症を引き起こして帰国後に、半年以上も加療入院した患者もいれば、車椅子生活になった者もいる。もちろん死亡した患者もいた。
コロナ禍の真っ最中にブルガリアに2人の患者を送った組織は、一時は警察の捜査線上に上がった。患者の1人は首都ソフィアの病院で死亡した。もう1人の患者は、羽田空港に到着し、PCR検査を受けている最中に死亡した。これは不審死扱いになり、羽田空港署が付き添った家族から事情を聴取している。それでもあっせん業者は逮捕を免れている。 なぜか?
海外での臓器売買移植は、ドナー、レシピエント、病院、医師を特定し、金の流れなども把握しなければならない。立件が極めて困難で、関係者の逮捕までには至らないというのが実情だ。臓器売買による移植では逮捕されない(=できない)という皮肉な現実が露呈している。
対価なのか、経費なのか
菊池は、臓器あっせん罪で8ヵ月の有罪判決を受けた。判決文には、 (臓器移植法第十二条一項は)「『死体から摘出される臓器の移植を前提として』あっせん行為をした場合に適用されると解するのが相当である」と記されている。
菊池は、それまでは「亡くなった人から提供された臓器」にこだわっていたが、「生体から提供された臓器」ならあっせん罪の適用を免れると考えた。
カンボジアの移植病院は国防省が管轄する病院で、外国人の移植にあたっては倫理委員会も開催される。その倫理委員会の承認を得て、外国人への移植が進められる。現地の病院に送るための患者の症状を記した紹介状は、大阪の医師が担当してくれた。
「カンボジアでの移植はアメリカ方式で行われます」
アメリカでは第三者から臓器提供を受けて移植が行われる場合、一切金銭の授受がないことを証明する書類が弁護士によって作成される。その書類を病院の倫理委員会で審査し、認められれば第三者間の移植手術が行われる。カンボジアの病院で移植手術を受ける場合、そうした書類も用意される。
移植費用は現地に患者本人が持参、患者から病院側に直接支払ってもらう。報道によるとドナーは若い女性で、おそらく病院側から臓器提供者へ報酬が支払われ、実態は臓器売買による移植とみて間違いないだろう。しかし、菊池側は病院に支払われた金には、いっさい関与していないという建前だ。
逮捕の理由となった第十一条第三項には次のように記されている。
「移植に用いる臓器を提供すること、または提供を受けることの『あっせん』をしたことの対価として、財産上の利益を受けたり、要求したり、約束したりしてはならない。」
菊池は、現地でケアにあたる代金として千数百万円を患者に振り込ませた。それは中国やベラルーシでの移植でも同じで、菊池はケアにあたるスタッフの滞在費、旅費、人件費などの名目で、患者から経費を銀行に振り込ませていた。
その金額は合理的なものだと確信していたと思われる。というのも「あっせん罪」での判決文には以下のような文言が記載されている。
「本件各行為が営利性あるものとまで認められないことに加え、被告人の個人的利得が大きかったとも認められないことからすれば、罰金刑を併科するのは相当ではない」
今回、「あっせんの対価」とされたものが、対価なのか、あるいは認められる範囲の経費なのか、これから明らかにされるのだろう。
こうした経緯をみてくると、菊池は逮捕されないという確信を持っていたように思えてくる。
別の組織は、渡航移植の費用を銀行振込などにはしないで、現金で、しかも現地でそれを受け取り、証拠を残さないようにする。
ブルガリアで長男を失った父親は、現地での移植を仲介したトルコ国籍の男と、日本側のあっせん組織の代表が、ベッドの上でドル紙幣を勘定している姿を目撃している。
パキスタンの闇病院へ患者を導く組織の代表は、他の組織よりも安い移植費をまず振り込ませる。安心させておいて患者を現地に連れて行き、そこで追加料金を次々に要求するというあくどいやり方を繰り返してきた。
菊池はいくつもの訴訟を提起し、その費用などで経済的に追い詰められていたのは事実だ。菊池は自分の「名誉回復」を図りたいと考えていたが、その一方で生体腎移植を前提とする新たなルートを構築し、満を持して渡航移植の実質的な合法化を目指した。
しかし、本人をはじめ関係者2人も逮捕され、組織は壊滅するだろう。
(つづく)

たかはし・ゆきはる 1950年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学卒業後、ブラジルへ移住。1975年から三年間、サンパウロで発行されている邦字新聞パウリスタ新聞社(現・ブラジル日報)勤務。1978年に帰国後、ノンフィクションを執筆。2000年からは麻野涼のペンネームで小説も執筆している。1987年、『カリブ海の「楽園」』で第6回潮ノンフィクション賞受賞。1991年、『蒼氓の大地』で第13回講談社ノンフィクション賞受賞。日系移民の歴史、在日外国人問題、臓器移植など幅広いテーマで執筆している。小説に『天皇の船』『国籍不明』など多数。最新刊に『褐色の血―混濁の愛』(上)、『褐色の血―彷徨の地図』(中)、『褐色の血―ヘイト列島』(下巻、幻冬舎)がある。
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