※タイトルの写真は宇和島徳洲会病院の万波誠医師と瀬戸内グループによる生体腎移植(撮影筆者)
世界各国で移植用臓器が不足しているなか、2008年、国際移植学会は「移植が必要な患者の命は自国で救える努力をすること」という「イスタンブール宣言」を採択した。そこでは渡航移植について「貧困層や弱者層のドナーを標的にしており、容赦なく不公平や不正義を導くため、禁止されるべきである」とも明記されている。
進まぬ臓器移植、腎臓移植と人工透析、深刻な問題がつきまとう渡航移植について、髙橋幸春さんに、問題点を整理してもらった。
腎臓移植と人工透析の歪んだ関係
今年7月現在、腎臓移植希望登録者数は1万5100人にのぼり(日本臓器移植ネットワークによる)、腎機能の低下から人工透析を受ける患者は約35万人と推定されている。
公益社団法人日本臓器移植ネットワークに移植登録をしても、移植のチャンスはほぼ回ってこない。2025年の数字だが、臓器提供件数158件(脳死下146件、心停止後12件)で、腎臓関連の移植は、腎単独移植224件、肝腎同時移植10件、膵腎同時移植29件。透析患者の5年生存率は60%、10年生存率は40%とされる。生存を願えば、結局、家族から提供してもらうか、あるいは問題があるとわかっていても渡航移植に頼るしかないのが実情だ。
こうした事態を改善するために、藤田医科大学(愛知県豊明市)が中心となり「一般社団法人中部日本臓器提供支援協会(CODA)」が設立された。これまでは移植のあっせんは日本臓器移植ネットワークに限られていたが、厚労省は2026年1月30日、CODAを「ドナー関連業務実施法人」として認可し、移植のあっせんを行なえるようにした。
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臓器提供数/移植数|日本臓器移植ネットワーク
私が腎臓移植の取材を始めたのは2007年ころで、当時、宇和島徳洲会病院の万波誠医師(故人)と瀬戸内グループが行なっていた修復腎移植(当時は病腎移植と報道された)が大きく取り上げられ、厳しい批判にさらされていた。
「がんにかかったドナーから提供された臓器を移植に用いるのは絶対に禁忌だ。レシピエント(臓器移植を受ける患者)にがんが持ち込まれる可能性が極めて高い」――。
この禁忌を破って4センチ未満の小径腎がんの腎臓から、がんの部位を取り除いた腎臓、いわゆる修復腎を慢性腎不全の患者に移植していた。
万波医師らが行なった修復腎移植は42件。移植で最も生着率、生存率が高くなるのは生体腎移植だ。脳死のドナー、心停止のドナーから提供された腎臓がそれに続く。修復腎移植は生体と脳死、心停止の中間の成績を上げ、新たな移植の道を開く可能性を秘めていた。
しかし、日本移植学会は万波医師らの修復腎移植を激しく非難した。がんに侵された腎臓を移植すれば、再発、転移するという想定から、万波医師と瀬戸内グループの医師らにマスコミからの非難も集中した。
だが、その考え方は2000年代に入り大きく変わってきた。ドナーの臓器からがんが持ち込まれたのではなく、多くはレシピエント由来のがんであることがわかってきたのだ。
万波医師らが行なった42例の修復腎移植は、初めての移植ケースが14例、2回目20例、3回目6例、4回目2例だった。家族から提供を受ける生体腎移植も、脳死ドナー、心停止ドナーからの献腎移植も、もはや不可能と思われる患者に修復腎移植を行なっていた。
しかし日本移植学会は厚労省に強く働きかけ、万波医師らが行なってきた修復腎移植は「原則禁止」へと追い込まれた。 認められていれば、もっと多くの患者が修復腎移植の恩恵を受けられたはずだ。
修復腎移植を禁止にしてきた背景は何か?
日本の移植と透析は極めて歪んだ形で発展してきた。臓器移植法が施行されてから29年が経過するが、一向に臓器提供数は増えない。移植と透析は慢性腎不全治療の両輪と言われてきた。透析治療を受けながら移植の機会を待つのが本来あるべき姿のはずだが、透析医療だけが肥大化して、移植医療は衰退していくばかりだ。
透析患者は一級障害者と認定され、年間約500万円の医療費がかかり、ほぼ国費で賄われ、それは2兆円市場と推定される。ここに群がる医療関係者は少なくない。そして、ここにメスを入れようとする政治家もいない。移植が増えれば、透析医療は縮小していく。移植と透析は両輪どころか、利益相反になっているのが現実だ。
修復腎移植の可能性
万波誠医師らとともに修復腎移植を進めてきた光畑直喜医師は、患者から移植の相談を受けていると言う。
「その患者さんは両親から提供された腎臓で2回、3回目は修復腎移植でした。その腎臓も機能を失い、現在は透析に戻っています。透析を離脱して、以前のような生活を送りたい、4度目の移植を持ちかけられていますが、現状ではどうにもなりません」
万波誠医師と瀬戸内グループが行なってきた修復腎移植42例中に、下部尿管がんのために摘出された腎臓を用いたケースが8例ある。10年生着率50%、10年生存率60%の結果を残している。この事実を光畑医師は、2012年、アメリカでもっとも権威のある移植専門誌「American Journal of Transplantation(AJT)」に発表している。
腎臓と膀胱を結ぶ尿管(尿の通り道)に発生するがんで、悪性度が高いとされる。この尿管にがんができると腎臓は無傷であっても全摘出の処置が、世界的に現在も行なわれている。
「2年前の国立がんセンターの統計から、下部尿管がんで腎臓を摘出しているケースは1000から1500あると推定されます」
下部尿管がんで摘出された腎臓を移植された1人にがんが再発したケースがある。
「移植した腎臓を摘出するくらいなら、死を選ぶと言うほど透析拒否感が強かった。それで小腸を一部切り取って、がんを発生した尿管の代わりにして対応したケースもあります。3度目、4度目の移植を望む患者の中には、下部尿管がんの腎臓でもいいから移植してほしいという人もいます」
光畑医師は、患者に十分なインフォームドコンセントが与えられ、リスクを許容する患者であれば、下部尿管がんのために摘出した腎臓の移植も検討すべきではないかと主張する。
「私たちがバッシングを受けていた頃とは違い、内視鏡を尿管の中に入れて検査できるし、がんの部位が映し出される薬もできていて、早期発見が可能になっている。下部尿管がんの腎臓の移植については、世界的なレベルで検討すべき課題だと思う。透析と移植とではQOL(※)がまったく違う。透析を受けているが故に、仕事を失ったり、家庭が崩壊したりするケースもあります。透析から離脱して人生を好きなように送りたいという患者の声に移植医はもっと耳を傾けるべきだと思います」
※クオリティ・オブ・ライフ。生活の質。
移植が3回目、4回目の患者にはもはや臓器提供者はいない。そうした患者を救うにはどうしたらいいのか、厚労省、移植学会は真剣に考えるべきだ。
次回は渡航移植しかないと考える富裕層を対象に、渡航をあっせんする組織の動きを紹介する。
(つづく)

たかはし・ゆきはる 1950年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学卒業後、ブラジルへ移住。1975年から三年間、サンパウロで発行されている邦字新聞パウリスタ新聞社(現・ブラジル日報)勤務。1978年に帰国後、ノンフィクションを執筆。2000年からは麻野涼のペンネームで小説も執筆している。1987年、『カリブ海の「楽園」』で第6回潮ノンフィクション賞受賞。1991年、『蒼氓の大地』で第13回講談社ノンフィクション賞受賞。日系移民の歴史、在日外国人問題、臓器移植など幅広いテーマで執筆している。小説に『天皇の船』『国籍不明』など多数。最新刊に『褐色の血―混濁の愛』(上)、『褐色の血―彷徨の地図』(中)、『褐色の血―ヘイト列島』(下巻、幻冬舎)がある。
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