【ジャーナル】なぜ日本では臓器移植が進まないのか―第3回(最終回)―◎髙橋幸春

※タイトルの写真は宇和島徳洲会病院の万波誠医師と瀬戸内グループによる生体腎移植(撮影筆者)

世界各国で移植用臓器が不足しているなか、2008年、国際移植学会は「移植が必要な患者の命は自国で救える努力をすること」という「イスタンブール宣言」を採択した。そこでは渡航移植について「貧困層や弱者層のドナーを標的にしており、容赦なく不公平や不正義を導くため、禁止されるべきである」とも明記されている。 進まぬ臓器移植、腎臓移植と人工透析、深刻な問題がつきまとう渡航移植について、髙橋幸春さんに、問題点を整理してもらった。 

日本の富裕層は格好のターゲット

 菊池を逮捕し、彼の進めるカンボジアでの移植計画を潰したところで、渡航移植が消えるとは思えない。 

 ブルガリアのソフィアで肝臓移植を受けて死亡した患者の父親は、警察の求めに応じて、その組織と患者との間でどのようなやりとりが行われてきたか、メールの内容や電話記録などすべての資料を提供している。 
 もう一人、羽田空港で亡くなった患者の遺族も羽田空港署で事情聴取を受けている。この組織が行った渡航移植の実態を警察は把握しているはずだ。 
 それにもかかわらず、この組織は警察の追及を逃れて、今(9月10日現在)もホームページを開設して、堂々と患者を集めている。菊池逮捕は、競争相手が一人減って海外で移植を望む患者を取りこむ大きなビジネスチャンスなのだ。 

 菊池は中国の移植医と関係が長く続き、独自のルートで患者を中国、そしてカンボジアに送ってきた。しかし、その他の組織は、海外の臓器斡旋組織と密接につながり、移植病院、移植医、そしてドナーの確保をその海外の臓器斡旋組織に依頼する。そうした国際的組織が複数存在するのだ。 
 菊池が「臓器あっせん罪」で逮捕された2023年2月7日の直後、海外での移植を進める世界的組織の日本語版ホームページがインターネット上に現れた。 

「腎臓移植への最速の道 悲劇的な危機:日本の腎臓移植 
 腎臓移植の平均待機時間は驚異の15年です。この絶望的な状況に救いの手を差し伸べます。移植待機時間が短い国々で世界クラスの医療施設と専門的なケアにアクセスできます」 

 本社の所在はポーランドのワルシャワになっていたが、電話番号はドイツだ。メールアドレスの記載もある。日本語も自動翻訳機ではなく、日本人が書いていると思われる。透析患者数など最新のデータが盛り込まれている。 
 こうした国際的組織を通じて移植を受ける時のドナーだが、説明するまでもなく多くは貧しい人たちだ。バングラデシュのコックスバザール難民キャンプには百万人以上の難民が収容されている。群馬県館林市には、ミャンマーを追われた少数民族ロヒンギャの難民が二、三百人暮らしている。その一人が語る。 
「コックスバザール難民キャンプで、子どもが誘拐されそうになったことがあります」 
 子どもへの移植には子どもの小さな臓器が必要なのだ。 
 戦争で疲弊しているウクライナ人から臓器が摘出されるケースもある。 
 混沌とした世界的状況、そしていっこうに移植事情の改善が見られない日本。臓器斡旋組織にとって、日本の富裕層は格好のターゲットなのだ。 

臓器提供数世界一のスペインモデル

 世界的に移植用の臓器が不足しているなか、臓器提供を増やすために、国を挙げて積極的に取り組み、その数を飛躍的に伸ばしたところもある。 
 人口100万人あたりの臓器提供者数は、スペインが46.03、アメリカが44.50。臓器移植を増やす改革に成功した韓国は7.88で、それに比べて日本は0.88と極めて低水準だ。 
 現在はアメリカと並ぶ移植大国のスペインも、1980年代後半は深刻な臓器提供不足に頭を悩ませていた。それが臓器提供数世界一に躍り出た。スペインモデルという国家的な総合政策に取り組んだからだ。 
 患者や家族に臓器提供を要請する病院内コーディネーターが鍵を握っているのだから、その育成に力を入れたこと。そしてもう一点、スペインが成功した背景には、医師、移植コーディネーターへのインセンティブを明確にしたことにある。スペインの医師数はヨーロッパでも二番目に多く、医師の給与はヨーロッパの他の国より低水準だった。 
 臓器獲得に貢献した医師、そして病院に報奨金が与えられた。 

 韓国はどうしたのか。 
 2000年に脳死下での臓器提供を認める臓器移植法が施行された。これにより韓国臓器移植管理センターを通じて公正に患者に分配されるようになった。さらに2009年に韓国臓器組織寄贈院(KODA)が設立され、脳死ドナーの発掘、管理、家族支援、臓器提供に関する啓発活動、臓器提供の現場でのコーディネート業務を担っている。 
 韓国では、各医療機関に、脳死患者に関する情報をKODAへ通報することが義務化された。その通報を受けて、KODAからコーディネーターが医療機関に速やかに派遣され、患者家族に移植の説明を行い、家族の疑問に答え、説得を試みる。 
 2022年にも法改正が行われ、本人の意思が不明でも家族の承諾だけで臓器提供が可能となり、15歳未満からの提供も認められた。成果は着実に現れている。 

なぜ抜本的改革が進まないのか

 日本ではこうした移植を増やすための論議は一向に進まない。 
 国民が臓器提供に無関心だからというわけではない。 
「1997年に臓器移植法が施行されてから、この26年間、日本の臓器提供数は常に年間100件前後で推移してきました。ただし、2021年の世論調査によると、仮に自分が脳死・心停止と判断された場合、臓器を『提供したい』と答えた人の割合は39.5%で、10人に4人は臓器提供に前向きなのです」(広報誌「厚生労働」2023年10月号)
 一方、2023年の脳死患者数は推定1万人という数字を厚労省は発表している。すべての脳死患者の臓器が移植に適応できるわけではないが、単純に計算すれば4000人のドナーがいても不思議ではないのに、実際百数十人程度のドナーしか現れない。 
 日本移植学会の2003年10月改定の倫理指針(ガイドライン)では、生体間移植について、「健常者であるドナーに侵襲を及ぼすような医療行為は本来望ましくないと考える」として、健常者からの臓器提供に消極的な態度を示している。 
 ただし「例外的にやむを得ず行なう場合」には、WHO勧告、国際倫理指針、厚生省公衆衛生審議会による「臓器の移植に関する法律」に従うように指示している。 
 心停止または脳死による献腎移植例は極めて少なく、結局、「例外的にやむを得ず行なう」親族から提供してもらった生体腎移植が、国内では主流になってしまっている。患者が渡航移植に流れる大きな要因がここにあると言えるだろう。 

 今求められているのは、移植システムの再構築と同時に、ドナーを増やすための抜本的な改革だ。 
 臓器移植法が成立する前は、移植は医師の個人的な努力に全面的に依存していた。 
 腎臓移植を推進してきたのは外科、あるいは泌尿器科の医師だ。泌尿器科医は慢性腎不全の患者の直接治療にあたり、自分が担当する患者を救いたいという思いが強くなるのは当然だ。 
 移植医自ら脳外科医、救命救急医を懸命に説き伏せて、彼らから遺族を説得してもらった。それまで患者の命を救おうとしていた医師が、患者が死亡した瞬間に遺族に臓器の提供を求める。患者家族は困惑し、動揺する。遺族から罵声をあびせかけられるのも珍しくはなかった。説得にあたる医師のストレスは筆舌に尽くしがたいものだ。 
 移植はそうした医師らの熱い思いで進められてきた。それでもこの頃はまだ医師が目の前の患者を救うことに情熱を傾けることができた。 
 紆余曲折を経て1997年臓器移植法が成立した。 
 最適な移植希望者が移植を受けられるように、日本腎臓移植ネットワークが1995年4月に設立された。さらに1997年の臓器移植法の施行と同時に日本臓器移植ネットワークとして改組され、脳死後の臓器提供の対応が始まった。 
 提供された腎臓は摘出した病院から手を離れた。臓器配分の公平、公正を保つために臓器移植ネットワークの管理下に置かれ、全国の患者の中から最適なレシピエントに回されるようになった。 
 臓器提供に医師、病院側がどんなに貢献しても、提供された臓器はすべて臓器移植ネットワークに集約され、臓器移植ネットワークに登録されている患者の中から最適な移植希望者に移植された。 
 それは、臓器移植に熱心に取り組んでこなかった地域にも移植のチャンスが訪れ、登録患者を多く抱えている大病院に提供臓器が配分されるという結果につながった。当然、移植医が脳外科、救命救急医を説得することもなくなり、提供される臓器も減っていった。移植のチャンスはどの患者にも平等に訪れるが、その結果、15年待ちという悲惨な現実を迎えることになった。 

機能不全に陥っている移植システム

 日本臓器移植ネットワーク所属の移植コーディネーターは全国で84人(2023年5月1日現在)という現実がある。移植の最前線に立つ移植コーディネーターの数が絶対的に不足し、日本の移植システムそのものが機能不全に陥っているのだ。 
 読売新聞の報道では2023年、東京大、京都大、東北大の3大学で計62件(肺36件、肝臓16件、心臓10件)の移植手術を断念する例があった。その理由は、「集中治療室(ICU)が満床だった」(20件)、「手術室の態勢が整わない」(12件)などだ。 
 見送った62件のうち54件の臓器は、別の施設にいる他の患者に移植され、残り8件は別の施設が医学的な理由で受け入れず、移植に使われなかった。 
 脳死者から提供された臓器の移植手術を行う大学病院が、臓器の受け入れを断念している現実がある。しかも移植医療の中核となるべき病院で、こうした事例が生じていた。脳死に至る可能性のある患者情報が十分に把握されていないのだ。 
 迅速な対応が求められているのに、移植医療そのものが片隅に追いやられてしまっている感がある。それは移植を待つ患者の命の危機に直結する。 
 一回目に記した「一般社団法人中部日本臓器提供支援協会(CODA)」のような地域に根差した移植医療の拠点が、ますます必要になるだろう。 

 ドナーやその家族への対応もなおざりにされたままだ。 
 脳死ドナーは臓器提供したことによって多大な社会貢献を果たすことになる。しかし、ドナーは亡くなり、その評価も恩恵も受けることはない。ただ、ドナーの意思を支持し、また臓器提供に同意してくれた遺族の決断は尊敬に値するし、称賛を受けるべきだが、現状ではその決意にインセンティブ(奨励)が与えられることはない。 
 善意で行われる臓器提供は無償で行われるべきで、インセンティブがあってはいけないのだろうか。こうした議論をすべき時に来ているのだ。 
 臓器提供に応じてくれた遺族に対して、健康保険の自己負担割合を、年限を区切って軽減するなどの柔軟な政策を打ち出す必要があるだろう。 
 改革を進めなければ、いつまでも患者と患者家族に大きな負担をかけることになる。 
 渡航移植も一つや二つの組織をつぶしたところで、患者は生命と人生がかかっているのだ。経済的に余裕のある者は、日本で移植を受けられなければ海外に目を向ける。 
 臓器は貧しい人から買われたものだという事実に、心を痛めながらも、そうするしかないのだ。こんな悲惨な状況をいつまで続ければいいのだろうか。 
 私が移植の取材を始めたのは2007年のこと。その時の腎臓移植の待機時間15年。20年後の今もそれは変わっていない。 
 臓器提供を増やす抜本的改革が進まない背景に、年間約2兆円規模とされる透析医療の構造的問題があるのではないか。そう考えざるを得ない。 

(了) 

髙橋幸春

たかはし・ゆきはる 1950年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大学卒業後、ブラジルへ移住。1975年から三年間、サンパウロで発行されている邦字新聞パウリスタ新聞社(現・ブラジル日報)勤務。1978年に帰国後、ノンフィクションを執筆。2000年からは麻野涼のペンネームで小説も執筆している。1987年、『カリブ海の「楽園」』で第6回潮ノンフィクション賞受賞。1991年、『蒼氓の大地』で第13回講談社ノンフィクション賞受賞。日系移民の歴史、在日外国人問題、臓器移植など幅広いテーマで執筆している。小説に『天皇の船』『国籍不明』など多数。最新刊に『褐色の血―混濁の愛』(上)、『褐色の血―彷徨の地図』(中)、『褐色の血―ヘイト列島』(下巻、幻冬舎)がある。 

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