【ジャーナル】探究心来たる、亦た楽しからずや◎第4回/田仕雅淑さん

ヒトの偉いところは物事を探究するところ。好奇心から、真理を追求するための探究心へと突き進む。都合のいいことに対象テーマは無数にある。研究の成果は、人類への貢献になることもあるし、ご本人以外にはまったく無意味という場合もある。前者だからよく、後者だからダメとは思わない。大事なのは探究する心。第4回は日本の県境を訪ね歩き、その風景を絵に仕上げることに奮闘する田仕雅淑[たし・まさよし]さんの登場です。 

県境の深淵に取り憑かれる 

――田仕さんの県境への旅はいつごろから始まったのですか? 

 もともと乗り鉄だったんです。二十年ほど前、鉄道で旅をしながら秘境駅を巡っていました。そのとき長野県の辰野駅と愛知県の豊橋駅を結ぶJR飯田線の、秘境駅で有名な小和田駅で降りました。そして当時流行っていたSNS――mixiに写真を投稿したんです。同好の士向けに投稿したつもりだったのですが、思いがけない反応があった。反応した人は、鉄道の設備や駅の造りには目もくれずに、ある一枚の写真だけに注目して、コメントをくれました。 
 写真には、愛知、静岡、長野の三つの県名が記された標識が写っていたのですが、ぼくとしては「こんなのに興味があるんだ」と思い、やり取りしているうちに、その人の趣味が県境だとわかりました。 

――県境が趣味?

 そうです、衝撃を受けました。県境などという趣味が成立するのか! と。その人が、ぼくの師匠になる石井裕さんです。その後、石井さんたちと交流を持つようになり、オフ会という名の飲み会で、「県境」「県境」と聞かされるうちに、ぼく自身、県境がとても気になってきたんです。 
 鉄旅をしていても、それまで県境なんて意識することもなかった。しかし常に多くの県境を通過していたわけです。 
 県境は、何かを主張するわけではありません。でも、それがよかった気がします。意識しないと、そこにあることにすら気づかない。 
 そしていつしか、県境を通り過ぎるたびに「あっ、県境だ」と興奮するようになり、風景が違って見えると言いますか……。これは面白いと、ぼくも県境の虜になってしまったのです。 

小和田にある標識。「県境などという趣味が成立するのか!」とビックリした記念すべき1枚

平地の三県境はたいへん貴重です

――きちんと向き合うようになって初めての県境はどこだったのですか?

 オフ会のメンバーと酒を飲んでいるときに、「みんなで県境に行こう」と盛り上がったんです。ヘンな盛り上がりですが、同好の士ですから仕方ありません。足を運んだのが、栃木、群馬、埼玉の三県が接する三県境です。いまでは「平地の三県境」として知られ、観光地としても有名になってきました。 
 三県境は全国に48ヵ所あります。険しい山の頂上や、川の中など、実際に目にするのが難しい場所が少なくありません。しかし「平地の三県境」は東武日光線の柳生駅から歩いて10分ほど。 
 初めて訪ねた2013年の1月時点では、畑の真ん中に用水路が流れていて、陽に焼けて色あせた案内板が立っているだけでした。知らなければ、ただの畑です。それでも、興奮しました。「俺、いま埼玉県にいる」「ぼくは栃木県」「私は、いま埼玉から群馬に入った」と年甲斐もなく、はしゃぎました。 
 その後、注目する連中がいるということが知られるようになり、隣接する二市一町が2016年に測量して、境界標を設置しました。観光資源にしようと公園のように整備し、訪れる人も増えました。 
 ぼくの県境初体験が、この「平地の三県境」です。以来、十三年で500以上の県境を訪ねています。 

ここが「平地の三県境」。渡良瀬遊水地の谷中湖の南西にあり、群馬県邑楽郡板倉町海老瀬、栃木県栃木市藤岡町下宮、埼玉県加須市小野袋が接する。訪れる人も多い人気スポット

――500以上! どのような旅になるのですか?

 年に2回から3回、1週間から10日ほど休みをとって、自動車で走り続けます。目的地は、ふだんから地図アプリを眺めて「ここは!」と思ってマークした場所です。 

――地図を見ただけで、面白そうな県境がわかるんですか?

 ある程度は、ですね。数年前、山口と島根の県境にある傍示ヶ峠[ほうじがとう]に行きました。自宅で傍示ヶ峠をストリートビューで見ていたら、カントリーサイン(県境に設置される道路標識)があって、ぼくはカントリーサインを写真に収めるようにしているので、次に行く候補地として地図上にポイントをつけました。 
 傍示ヶ峠を面白そうだと思ったのは、カントリーサインの近くに「傍示」を見つけたからです。傍示とは、かつて交通の要所や、所領の境などに建てられた石碑です。明治時代の廃藩置県後に建てられた傍示が多いのですが、この傍示を見に行こうと計画を立てました。 
 県境をなぞるように旅するのもいいのですが、だいたい何もない山道が多い。だから、カントリーサインや傍示が旅のメリハリになるんです。実際、傍示ヶ峠まで行って傍示を見つけたときは、「辿り着いたぞ!」という大きな達成感がわきました。 

――県境探訪のモチベーションは達成感ですか?

 少し違いますね。「趣味は県境」と人に話すと、「県境の何が楽しいのか?」と質問されます。そのたびに考えるのですが、言語化が非常に難しい(笑)。当然ですが、県境の持つ意味は目に見えません。境を一歩踏み越えれば、条例も変わる、市外局番も変わる、電力会社も変わる場合があります。見えない境を一歩またぐだけで世界が変わる。越境する感覚と言いますか、非日常感と言うか、異世界に迷い込んだような気がします。強いて言葉にするとこんな感じですが、もっとなにかある気がします。 

――動物には県境は関係ありませんね。

 境をつくるのは人間の都合ですからね。ずっと人間が境を設けた理由を調べるようになったのですが、たとえば、栃木県佐野市から茨城県古河市[こがし]にいたる県道9号佐野古河線は、栃木、茨城、群馬、埼玉の四県を縫うように走ります。渡良瀬遊水地周辺の約7キロの区間で十回も県境をまたぎます。 
 その背景にあるのが、田中正造で有名な足尾銅山鉱毒事件です。渡良瀬遊水地は、足尾銅山の鉱毒を沈殿させるために、明治から大正時代にかけて造成されました。造成によって河道を変えられたのが、県境だった渡良瀬川と谷田川です。川はなくなりましたが、県境だけがうねった川の流れのまま残っているわけです。 
 興味深いのが、青森と秋田にまたがる十和田湖です。 
 明治維新を経て、十和田湖は、青森と秋田の県域になりましたが、県境は未定のままでした。県境問題を動かしたのが、ヒメマスです。 
 北海道の支笏湖でヒメマスの養殖に成功した鉱山技師が、1901年に十和田湖でも養殖しようと秋田県で漁業権を取得しました。対して、管轄の侵害を懸念した青森県が県境を確定させるべく協議を提案しました。話し合いを重ねたものの、話がまとまらずに百年以上も問題が棚上げされたのです。 
 しかし青森県と秋田県は、ともに財政という現実的な問題に直面します。それが、県の面積に応じて交付される地方交付税です。つまり両県は、十和田湖の面積分に相当する交付金を受け取れない状態に耐えられなくなった。背に腹は代えられないと、ついに2008年に境界線を定めました。 
 一方で、いまだに境界問題に決着がついていないのが、富士山です。山梨と静岡、双方のシンボルですからね。2014年には、両県知事が富士山の県境は確定させないと宣言しました。 

傍示ヶ峠の「傍示」。交通の要所や、所領の境などに建てられた石碑 

埼玉県内にある練馬区

――県境といっても、いろいろな問題がつきまとうのですね。

 飛び地もあります。福岡県最南端の大牟田市には、熊本県荒尾市の飛び地が三ヵ所あります。最大でも100㎡ほどの荒尾市の小さな土地が、なぜ大牟田市のなかにあるのか。 
 この話は江戸時代に遡ります。諏訪川流域の福岡藩は、農業用水が不足していました。そこで隣の肥後藩に頼んで、諏訪川の水を福岡藩領にも流してもらいました。その見返りとして、福岡藩が肥後藩に譲り渡した土地が、大牟田市内に残る飛び地です。飛び地には境界表示がありません。ただ、注意深く見てみると、飛び地に建つ家の自動車が熊本ナンバーだと気づくはずです。 
 もう一つの飛び地が、埼玉県新座市にある東京都練馬区の西大泉町です。このあたりは戦前から東京府に属する住所が割り振られていましたが、新座市内に練馬区が存在する明確な理由は誰も知らないそうです。 
〝埼玉県内の練馬区〟には十数軒の家があります。前回行ったときに練馬区だった1軒が、埼玉県に編入されていました。今後、少しずつ埼玉県に編入されていくのかもしれません。ただ東京都というだけで地価が上がるでしょうから、地主さんは東京都のままでいたいでしょう(笑)。 

県境の聖地

――県境マニアはどれくらいいるのでしょう。

 県境に特化した同人誌をコミケなどで頒布しているのですが、新刊が出ると毎回買いに来てくれる人が100人から200人。潜在的には1000人くらいはいるのではないかと思います。 
 ただ、ひと口に県境マニアといっても、楽しみ方はさまざまです。ぼくの場合は、日本中すべてのカントリーサインを巡って写真に収めたい。一方、地図上の県境をなぞるだけで満足する人もいます。〝県境の聖地〟と呼ばれる「イオンモール高の原」だけに注目している人もいます。 

――イオンモールですか?

 「イオンモール高の原」は京都と奈良の境に建つ大型ショッピングモールです。巨大な建物の中に県境があるというだけで珍しいのですが、各フロアや屋上駐車場に府県境が記されているんです。日本で、これほど大がかりに境界線が可視化されている場所は、ここだけなのではないかと思います。 
 施設内に徹底的に線を引いた理由が警察からの要請です。もしも事件や事故が起きたときに京都府警が対応するのか、奈良県警が受け持つのか、はっきりさせたかったそうです。 

――なるほど、警察にとって所轄は重大ですからね。県境はいろいろな場所にありますから、季節によっても、訪ねる楽しみが変わるのではないですか? 

 そうでもないんです。県境趣味って、基本的に地面を見るんですよ。雪が積もると地面が見えなくなって、県境を探せなくなってしまいます。 
 例外が、長野と新潟の県境にある斑尾高原スキー場です。カントリーサインがあると聞き、一度、夏に足を運んでみました。しかし設置されるのは冬期だけ。ホテルの人に保管しているのなら見せてほしいと頼み込みました。そんな客ははじめてだったのでしょう。「ちょっと確認してきます」と奥に行ったものの、結局、「夏の間はありません」と見せてもらえませんでした。それならスキー場の営業中に行くしかないと思い、今年3月に出向き、写真を撮ってきました。 

――……。 

  この深い喜びを知る人が、まだまだ少ないのが残念です。県境とは何なのか、あっちとこっちで何が違うのか、そうした県境の深淵さを多くの人に感じてもらいたい。そんな謎の使命感に突き動かされているんですよ。 

「イオンモール高の原」にある奈良県と京都府の境

(聞き手・文=山川徹)

田仕 雅淑さん
斑尾高原にて。標識は冬期だけ設置される 

たし・まさよし 1971年東京生まれ。イラストの専門学校を卒業後、PC系ゲーム会社、測量会社などに勤め、フリーのイラストレーターに転向。一時期、マンガ家・大暮維人氏のアシスタントを務める。現在はゲーム業界に戻り、美術設定や背景の仕事をするかたわら、個人サークル「ぱとや」を立ち上げ、「ぱと タシオ」のペンネームで県境を絵にして紹介する同人誌活動を展開している。 

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