【ジャーナル】自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(番外編)◎樫田秀樹

地域住民の安心と幸福を追求する。自治体の役割はそれに尽きる。だが、巨大な金額が動く国策的事業や大規模事業が関係すると、多くの自治体は、事業内容やその影響の検証よりも、推進役となり加担することが多い。結果、住民の不安や意義申し立てに向き合おうとしない。リニア中央新幹線計画をめぐっては、深刻な問題が提示され、事業者であるJR東海の責任は重い。だが同時に関係自治体の姿勢と責任も重い。樫田秀樹さんがレポートする。 

前回の記事はこちら「自治体の役割とは何なのか?―リニア中央新幹線計画をめぐって―(下)」

 これまで3回にわたり、リニア計画推進のために、住民を守るという使命を置き去りにし、逆に住民を追い詰める自治体の事例について書いてきた。 
 私からすれば、本来の使命を果たした自治体をあげるとすれば2つしかない。静岡県と長野県南木曽町だ。その事例をごく簡単に説明する。 

静岡県と南木曽町

 2013年9月、川勝平太知事(当時)は、トンネル工事で大井川の流量が「毎秒約2トン減少する」というJR東海の予測に驚く。これは大井川の流域8市2町の住民約62万人が利用できる水利権の量に匹敵する。 
「看過できない」と判断した川勝知事は、すぐに「工事で失われるトンネル湧水を全量大井川水系に戻すこと」などを求める知事意見を提出、14年4月には県・JR東海・有識者からなる「中央新幹線環境保全連絡会議」を設置し、協議を開始した。 
 この種の会議は形骸化しがちだが、静岡は違った。会議は全面公開、参加する専門家も〝御用学者〟的人物はゼロ、忌憚なき批判が飛び交い、やがてJR東海と県との間に、様々な約束(県が許可するまでは着工しない。トンネル湧水が増えれば工事を一時中断するなど)が交わされた。 
 だがその道半ばの24年4月、川勝知事が突如の辞任を表明。そして5月、鈴木康友新知事は「スピード感をもってリニア計画を解決する」とそれまでの慎重姿勢から転換。果たして会議では徐々に専門家の顔ぶれが変わり、時間をかけて討議されるべきはずの議題もわずか2時間半の協議で終わらせ、26年7月7日に鈴木知事はついにリニア工事容認を表明した。ただし、川勝知事が築いた約束がある以上、JR東海が杜撰な工事をできないであろうことも事実である。 

 長野県南木曽町も2013年9月、リニアのトンネル工事で町の地下水源が消失する可能性を把握した。14年6月、町はリニア問題に対峙する「リニア中央新幹線対策協議会」を設置した。 
 経緯は割愛するが、18年8月、町、JR東海、県、そして施工業者である「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」の4者は今後の基本的な約束である「確認事項」を締結。そこで明記されたのは、「問題が新たに発生した場合は、4者が協議して解決する」であり、責任逃れを許さなかった。 
 その後、町では「確認事項」を基本として、地下水源の枯渇を見据え、JR東海に別の水源から水を引くための水道管敷設の工事を実施させた。 

 私が強調したいのは、2つの自治体は、自治体としての責任を当たり前に果たしたということだ。当たり前のことをする自治体が、アメリカには当たり前に存在する。それは2025年7月にリニア計画を止めた。 

アメリカのマグレブ計画

 2018年春、米メリーランド州ボルチモア市の地元紙『ボルチモア・サン』のケビン・レクター記者が来日し、日本のリニア計画の問題点を取材した。 
 アメリカのリニア(アメリカではマグレブ【Magnetic Levitation Train=磁気式浮上鉄道】と呼ぶ)は、首都ワシントンDCからメリーランド州ボルチモア市間の約65キロを15分で結ぶ計画だが、ルート上での自然破壊が懸念されていたからだ。 
 レクター記者は私にも取材をした。マグレブ計画を小耳にしていた私はレクター記者に「アメリカでも反対運動はあるのか?」と尋ねた。回答は「ある」。その年の10月にレクター記者が日本取材を元に書いた記事を読むと、アメリカでも減渇水、自然破壊、残土問題などの環境問題、立ち退きや地域分断といった社会問題から、声を上げる市民が数多くいることが描かれていた。

CGで作成されたボルチモア市のマグレブ駅 

 JR東海は、2009年に高速鉄道の海外展開を担う新部署「海外高速鉄道プロジェクトConsultation & Communication事業室」を設立し、11年にアメリカでのロビー活動をTNEM社(The Northeast MAGLEV)に委託、新設の鉄道会社BWRP社(Baltimore Washington Rapid Rail)が事業推進に動いていた。 
 マグレブの実現には安倍晋三首相(当時)もトップセールスに動いた。13年2月の日米首脳会議で、当時のオバマ大統領に「リニア技術をアメリカに導入し、日米協力の象徴としたい」と明言、3月のニューヨーク証券取引所では「ワシントン・ボルチモア間に、磁気浮上式ガイドウエイと推進システムを無償提供する」とスピーチした。さらに11月には、来日したTNEM社幹部に「総額約1兆円の建設費の半額は日本の国際協力銀行から融資する」との約束まで交わした。14年4月12日には、キャロライン・ケネディ駐日大使(当時)とともに山梨リニア実験線で試乗体験をし、大使に「ぜひ、今日の乗り心地をホワイトハウスに伝えてほしい」と要請した。 

 マグレブ計画は、首都ワシントンDCからメリーランド州ボルチモア市までの約65キロを15分で結び、将来的にはニューヨークまでの約370キロを約1時間で結ぶ構想だった。 
 計画は2011年に公表され、以後、BWRP社は「マグレブ工事と営業で年間16万人の雇用が生まれ地域が活性する」と説明し、それに期待する住民も少なくない一方で、住民の多くは環境破壊と地域分断を招くと捉えた。 
 わずか65キロであれ、そこにはアナコスティア川とパタプスコ川という二大河川があり、州のアン・アルンデル郡には飲料水の水源であるアルンデル帯水層もあり、住民が大切にするグリーンベルト森林保護区やブラデンズバーグ・ウォーターフロントパークなどの自然も広がる。 
 都市部においても、立ち退きや公害発生の可能性が指摘され、多くの住民が計画に強く反対した。 

グリーンベルト森林保護区のフェスティバルで、マグレブ計画の反対運動を展開する住人たち

 国家環境政策法(日本での環境影響評価法)に則り、連邦鉄道局とメリーランド州運輸局は、住民説明会を開催し、パブコメを集めたが、その多くが、「マグレブ通過による資産価値の低下」や「自然環境と地域社会の分断」を懸念し、さらには「そもそも、ワシントンとボルチモア間には既存鉄道のアセラ・エクスプレスで最速で約20分で移動できるのに、100億ドル以上もかけての15分の移動に意味があるのか」との疑問を呈した。 
 住民有志は市民団体を結成し、計画への詳細な反論書の作成や街頭でのデモ活動、地域のイベントにブースを出しての周知活動に努めた。 

 特筆すべきは、住民に加え、計画路線上の複数の自治体の議会や首長もマグレブに「NO」を表明したことだ。例えばグレナーデン市は、騒音、振動、大気汚染、森林伐採が起きる以上はと「建設反対」を唱え、ブラーデンスバーグ町のタキシャ・ジェームズ町長も民意を受け「反対」を言い続けた。 
 国内の約50の環境保護団体も反対を表明した。

マグレブ計画に「NO」と言い続けたブラーデンスバーグ町のタキシャ・ジェームズ町長

 これらの声を無視できなくなったのか、21年8月25日、連邦鉄道局は「環境影響評価草案」(日本での「環境影響評価準備書」に相当。環境アセスの報告書)の審査を「一時中断する」と公表した。 
 さらに5日後の30日には、「ボルチモア市でのマグレブ駅の用地を土地収用法で取得できる権利がある」と巡回裁判所に訴えていたBWRP社が敗訴した。フレッチャー・ヒル判事は「BWRP社は市長からも市議会からも同意を得ていない」と判断したのだ。 

 2022年1月、私はインターネット経由で、アメリカの市民団体「Maryland Coalition for Responsible Transit」(責任ある交通のためのメリーランド連合)のダン・ウーマー代表に、「もしBWRP社が特別控訴審でも敗訴したら、マグレブ計画は止まるのか?」と尋ねた。ウーマー氏は「そうなるかもしれない。だが、彼らは簡単には諦めない。これまでTNEM社は500万ドル以上をロビー活動に費やし、幹部は政治家への献金も行なってきた。私たちの反対運動は、裕福で影響力のある相手との長く厳しい闘いになる」と答えた。 
 果たして、2ヵ月後の3月4日、特別控訴裁判所は原審での審理やり直しを命じた。 

「私たちの反対運動は、裕福で影響力のある相手との長く厳しい闘いになる」と語ったアメリカの市民団体代表のダン・ウーマー氏 

 再びアセスが動き出さないか、判決がひっくり返らないか。その不安はありつつも、アメリカの市民団体と自治体は「NO」を言い続けた。 
 マグレブ計画ルート上にあるグリーンベルト市で19年から21年まで市長を務めたコリン・バード市長は、地域住民のマグレブ反対運動を積極的に後押しして、市民集会の場でも「高運賃になるマグレブは富裕層しか利用しない。同時にマグレブ開通で私たちのバスや鉄道が損害を被る」と発言し、市として計画反対を訴え続けた。その活動の動画はインターネットでも確認できるが、まさに大規模事業に忖度しない自治体の姿を見た。 

 2025年6月23日、連邦鉄道局は、BWRP社、メリーランド州運輸局と会合を開き、「これ以上の計画遂行は実現不可能である」と強調した。 
 連邦鉄道局はマグレブ計画がもたらすであろう自然破壊や地域破壊を認めたうえで、「最終的な環境影響評価書を準備しない。計画への連邦政府の補助金40億ドルを撤回する」と決断した。こうしてマグレブ計画は中止となった。

受け取り方に大きな違い

 私は長年、日本のリニア計画を取材してきたが、事業者、国、自治体、司法、メディア、有識者のどれもがまっとうに機能していないことに暗澹たる思いを抱く。自治体に限れば、住民を守るという使命を置き去りにし、リニア推進のために逆に住民を追い詰め、実際に各地で減渇水や地盤沈下が起きても「JRには善処を要請した」との文書提出だけでほとんど動かない。 
 マグレブ計画では、アメリカの自治体はまっとうに機能した。それを象徴するもう一つの事例がある。 

 2023年2月7日、メリーランド州環境局が、BWRP社から「マグレブ工事は州の水源に影響を与えない。工事への水質認証をしてほしい」との要請を受けたが、環境局は1年の審議の末にこれを拒んだ。マグレブ工事が水質や生態系に影響を与えると判断したからだ。 
 日本のリニア計画で、静岡県が「大井川の水資源の保全策が講じられるまでは着工を許可しない」との姿勢を貫いたとき、SNSでは「静岡はごねている」「川勝はリニア開業を邪魔している」といった静岡バッシングが起き、リニアルートにある山梨県や愛知県の知事たちも「早期開業が遠のく」と批判を展開した。 
「水を守れ」という自治体の主張は、アメリカでは当たり前に受け止められる。日本では関係自治体からバッシングを受ける。この違いは何なのか。 

 日本では、ジブンゴトの問題になってから初めて多くの市民が声を上げるが、アメリカでは、たとえそれがヒトゴトであっても「社会の問題だ!」と市民や自治体が立ち上がる。その姿勢に、日本がアメリカから学べることは多い。 
 だが、リニアに限らず多くの環境問題や社会問題で、日本の自治体は至極まっとうな異議申し立てをする住民と向き合わず、逆に住民を落胆、失望させ、苦しめる。憂慮すべき事態だ。 

(了)

樫田秀樹

かした・ひでき 1959年、北海道生まれ。オートバイの旅に魅せられ、大学在学中にサハラ砂漠横断、卒業後はオーストラリア大陸を旅する。以降、ソマリアの難民キャンプ、マレーシアの環境保護団体での活動に参加。ボルネオの熱帯雨林伐採の実態を伝える記事でジャーナリスト人生をスタートさせる。1997年、ハンセン病のカミングアウトを描いたルポ「雲外蒼天」で、第1回週刊金曜日ルポルタージュ大賞報告文学賞を受賞。98年、車いすの少女の中学校普通学級入りを目指した闘いを描いた「自分に嘘はつかない」で、第3回週刊金曜日ルポルタージュ大賞佳作を受賞。著書に『「新しい貯金」で幸せになる方法』(築地書館)、『自爆営業』(ポプラ新書)、『悪夢の超特急 リニア中央新幹線』(旬報社。第58回日本ジャーナリスト会議賞受賞)、『リニア新幹線が不可能な7つの理由』(岩波ブックレット)、『世界から貧しさを救う30の方法』(合同出版。編著)など。近著にリニア計画の問題点を浮き彫りにする『最新報告 混迷のリニア中央新幹線』(旬報社。1980円=税込)がある。 

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