第4回 常識を打ち破れ? 古今東西のトイレを学ぶ
「世界のスタンダードトイレは、座るタイプの洋式水洗トイレ」という固定概念を一回疑うところからやり直すべきでは?と考えた私は、古今東西のトイレを知ることができる「ヘウジェ」へ行くことを決意しました。ヘウジェは漢字では「解憂斎」と書きます。
「ヘウジェ」は、韓国のソウルから南へ電車で三十分ほどの水原[スォン]市にあるトイレ文化展示館。設立したのは、当時、水原市長であったシム・ジェドク氏です。彼は、トイレが人類に及ぼす重要性と、改善の必要性を訴え「世界のトイレ協会(WTA)」を設立。そして、自宅を便器の形にリフォームして展示館にしたのが、この「ヘウジェ」なのです。

ここでは、最新式のトイレや仕組みだけでなく、歴史と文化の変遷も見ることができます。なかでも目を引いたのは、韓国初の公衆トイレ(7世紀頃)。木の板に足を置いてしゃがんで用を足す仕組みです。

三十年ほど前になりますが、中国・上海から郊外へ向かう途中に、このタイプのトイレ(室内)がありました。下には、水が常に流れていて、水洗トイレでもありました。詳細は忘れましたが、こちらのトイレは開放的かつ清潔でとても気分よく使わせてもらった記憶があります。


【左】石でできた「トンシ便所」。上で人間が用を足す仕組み(ヘウジェ展示物)。
【右】木造の建物は、ベトナムの農村の「トンシ便所」で、竹で覆われているところにブタがいて、上から落下する人間の排泄物を待っている!(こちらの写真は連載「草木を訪ねて三千里」でおなじみの藤井義晴さん提供)
特筆すべきは「トンシ便所」です。排泄空間でブタを育てることができるようになっています。人間が排泄した「もの」を家畜のえさとして利用するという。藤井義晴さんも、ベトナム・ホワビン省のドゥーソン村で、このタイプのトイレに出合いましたが、藤井さん曰く「勇気がなく使えなかった」そうです。人間が用を足そうとするとブタが喜んで近づいてくるとか。
まさに、究極のSDGs。
古今東西、身分に関係なく使われているのは「尿瓶」や「オマル」。その国によって多少の差はあれ、大まかにいえば、似たような形状で使い方も同じだと思われます。使われる材料は、陶器、磁器、銀器、木、漆器など多様です。材料は変化していますが、尿瓶やオマルは現在でも使われていますね。

日本語パンフレットの解説には、「西洋でも一般的に使われたが、中世にはオマルをあけるときに汚物を窓の外に投げたりして、人々は床に積もった汚物を避けるために女性はハイヒールを履いた」とありました。
ほんまかいな?と思わず突っ込みを入れたくなりましたが、どうやら本当のようです。
トイレはまさに、それぞれの地域の生活や自然環境に合わせ、さまざまな知恵や工夫を凝らして、発展してきたもの。世界的に共通するものもあれば、まったく違うものもある。そこには、その地域の文化がぎゅっと詰まっていました。
昔のトイレや諸外国のトイレを知ることは、現在や未来のトイレを考える上でも重要。まさに温故知新です。
「ヘウジェ」のパンフレットには、「世界保健機関(WHO)によると、世界人口の40%にあたる26億人が適切なトイレのない生活を送っており、これによって年間200万の人が水系伝染病で死亡している」とありました。
20世紀に入ってからの人口増加は爆発的であり、伝統的なトイレだけでは衛生的な環境を保てないことも明らかです。
そのうえで、何を生かし、何を変化、発展させていけば、多くの人にとって清潔で使いやすいトイレになるのか――。地球規模で考えるべき話、と私は思っています。
先のシム・ジェドク氏は、1996年に水原市を「世界で最も美しい公衆トイレがある都市にする」と宣言しています。確かに! 展示館のとなりにあるヘウジェ文化センターのトイレは、私が今回、韓国で使用したトイレの中で一番きれいなトイレでした!

「ヘウジェ」(Mr.Toilet House)のサイト(ハングル版)はこちら

いしかわ・みき 出版社勤務を経て、フリーライター&編集者。社会福祉士。重度重複障害がある次女との外出を妨げるトイレの悩みを解消したい。また、障害の有無にかかわらず、すべての人がトイレのために外出をためらわない社会の実現をめざして、2023年「世界共通トイレをめざす会」を一人で立ち上げる。現在、協力してくれる仲間とともに、年間100以上のトイレをめぐり、世界のトイレを調査中。