月刊『望星』は2024年11月から『web望星』として再スタートを切りました。

【連載】大草原のつむじ風◎大西夏奈子 ——第70回/音楽も酒も恋も大自然に溶けていく真夏の〝PLAYTIME〟 

第70回 音楽も酒も恋も大自然に溶けていく真夏の〝PLAYTIME〟

「こっちでは黄色い葉っぱの美しい秋が終わって、もの寂しい冬の季節がもうすぐはじまるよ」 
 10月に入ったころ、モンゴルにいるシャーマンの女友達からそう聞いた。すでに最低気温が零下の首都ウランバートルは北緯47.92度。択捉島よりさらに北にあり、世界でいちばん寒い首都と言われたりもする。 
 ことし1月、私はウランバートルの国立デパートそばにあるアパートを借りて、短期間のひとり暮らし生活をしていた。夏のモンゴルは夜8時をまわっても太陽が照らしつづけるのに、冬は夕方5時になれば空が重たくつめたい漆黒に覆われる。マイナス30度を下回る日は、近所のコンビニへ行くだけでもひと苦労。頭から足先まで完全防寒体制を整えないと危なくて、これがかなり面倒くさい。 
 ようやく外に出たら出たで、つるつる凍った横断歩道を滑らないよう歩くのに必死。知らない年上の女性から突然腕を組まれて「転ぶのが怖いから一緒に歩いてネ」とウインクされたこともあった。冬の首都は大気汚染も深刻で、渋滞もひどく、気を張る瞬間が多い。 

1月の極寒ウランバートルで、なかなか来ないバスを待つ人びと 

 アパートの部屋の窓から暗い外をひとり眺めていると、太陽が心底恋しくなった。あの光、あの熱……はやく暗い冬が終わってほしいなあ。そしてはっとした。だからモンゴル人は春が来ると大喜びして、屋外の祭りやイベントに家族や友人とこぞって参加するんだろう、と。 
 モンゴルという国にとって1年でもっとも大きな祭りは7月11日から始まるナーダム祭りだ。子どもによる長距離競馬や、大人の男性によるモンゴル相撲、大人も子どもも参加する弓矢競技が行われ、国をあげて盛り上がる。 
 しかしもうひとつ、音楽好きの若者たちが待ち焦がれる毎年恒例のイベントがあることを最近知った。ナーダム直前の7月上旬にウランバートル郊外の大草原で開催される、モンゴル最大の音楽フェスティバルPLAYTIMEだ。 
 私はこのイベントに昨年はじめて参加し、ことし再び訪れた。JICAと旅行会社のHISがモンゴルの観光促進プロジェクトに協力している一環で、PLAYTIMEを取材することになったのだ。 
 ことしの開催日は7月4日から7日までの四日間。友人とウランバートルから車に乗り、一時間も走れば前後左右の景色が大草原に変わる。さらに数時間走って特設会場に到着した。 
 巨大な円形をした会場は、まるで草原に降り立ったUFOのよう。このなかにメインステージをはじめとする15個の舞台が作られ、モンゴル国内外から招かれた約150組のミュージシャンたちが連日明け方までパフォーマンスを行う。日本からはポストロックバンドのToeや独自の表現活動を貫くラッパーのDarthreider & The Bassons、HOME、mitsume、No Buses、稲嶺幸乃 & HARIKUYAMAKU、Masaya Fantasistaが出演してモンゴルの観客を魅了した。 

「Toeのライブを見られて嬉しい」と涙を流すモンゴルの若者もいた 

 さて会場に入ってまず目をひいたのは、若者たちの個性的なファッション。女の子は露出度が高く、男の子もわざわざ服を手作りするなど気合いを感じる。 
 私も友人たちと缶ビールでカンパイ! 7月の昼間は暑く、帽子とサングラスがないと強烈な太陽に負けてしまう。地平線も見渡せる草原に流れるライブ音楽はたまらなく気持ちよくて、ビールと涼しい風のおかげで心身が満たされていった。 

会場には屋根つきの椅子とテーブルも多く設置され、いつでも休憩できる 

 PLAYTIMEがいちばん美しく輝くのは、太陽が沈みかける時刻。黄金の光が大地に斜めから差しこみ、音楽も人も彩られる。空が青と紫とピンクとオレンジに染まるマジックアワーに突入するころには、良い感じに酔いもまわっている。夜はウランバートル市内に戻って寝る人もいれば、朝まで音楽に溺れ、夜明けとともに持参したテントに倒れこむ人も……。 

大きなテント内にある屋内ステージも賑わっていた 

 ここでは人間模様も交錯する。私が友人たちと会場を歩いていると彼らの知り合いにたびたび遭遇し、「今の人が元カレ」だとか「あの女性は元妻」だという話を耳にした。音楽好きの若者は毎年ここに集うわけで、甘い思い出も切ない思い出も積み重なっていくんだろう。この場で出会い結婚して子どもが産まれ、ことしはベビーカーを押してPLAYTIMEに来たという若い家族もいた。 
 モンゴルには底抜けに明るい性格の人が多いと私は長年思ってきたが、それは表面的な見方だったと今は感じる。実際には、心のなかに悲しいトラウマや病を抱える若者が少なくないのだ。そんな彼らの救いは音楽。約20年前に少人数の観客とともに始まったPLAYTIMEは、今や来場者7万人を超えるメガフェスティバルに成長し、毎年夏になればモンゴルの若者たちを変わらず出迎え、励ましつづける。私のような外国人にとっては、無限に広がる大自然と音楽から得られる解放感がたまらなく、また行きたいと次の夏のことをもう考えてしまう。 

大西夏奈子

おおにし・かなこ フリーライター・編集者。広島生まれ、東京育ち。東京外国語大学モンゴル語科卒。日本では近所の国モンゴルの情報がほとんど得られないことに疑問を持ち、2012年からフリーランスになりモンゴル通いをスタート。現地の人びとと友人づきあいをしながら取材活動もおこなう。2023年9月に株式会社NOMADZを設立し、日本で見られるモンゴルの音楽イベントやモンゴル映画祭を現在企画中。