【連載】投稿の広場◎マーサ・ナカムラ——第25回

講評

◎は佳作(作品掲載あり)、●は掲載なしの佳作、〇は選外佳作、それ以外は作品の投稿順に掲載しています。

◎「精霊」森林みどり
不気味だが紛れもなくうつくしい。「わたし」の言葉なのか、妹の言葉なのかわからない、予言めいた連を通り抜けるたびに、読み手は作品の中に迷い込んでいく。「わたし」が本当に恐れるべきものは何かわからない。誰も見たことのない世界。

◎「many many」あらいれいか
言葉以上のものを見せられている実感があった。言葉の説明性を超えて、それ以上のものを説明している。「碧い紗漠と珊瑚できるよう飲み下した」などといった意味を形作っていない言葉にも違和感が全くない。

◎「栞」まつりぺきん
淡い色合いを感じる(淡いと薄いは違う。薄くはない)。「癒し系」だと感じる読み手もいると思う。生きるために力を抜くという筋肉を感じる。作風が投稿初期とだいぶ変わって、ペンネームが少し浮いて見えるようになってきたが、それは書き手の自由に任せる。

◎「ライブ・イン・フィクション」夕空しづく
文字だけで、ここまでの迫力と生命力を感じさせるのは稀有だ。緩急の急が天井をぶち抜いている。最後はオチがついたような感じがしてもったいないような気もしたが、筆者は緩急の緩としてしっかり落としておきたかったのだろう。世界を閉じようとせずに、開きっぱなしにしたらより余韻が生まれたのではないかとも考えたが、この書き手の美意識は確かだ。

◎「Iについて」緒方水花里
声に出して読むとあくまで散文調なのに、これは詩だと感じる(実はこれはなかなかできないことだ)。「ママさんバレー」で一度Iの肖像が摑みにくくなった。しかし「ママさんバレー」でなければダメだったのだろうとも思った。最後の「でんしゃ」で、Iの背骨が崩れたようにも見えたのが不思議だった。

●「六月の不安」アリサカ・ユキ
声に出して読んでみると散文調だが、言葉が徐々にずれていく感じが良かった。情景に繋がりが生じる三連目から良い緊張感が生まれている。終わり方も良い。一連目と二連目の必然性を見せることができればより洗練される。

●「春潮」三波 並
世界の見方に魅力がある。詩人の仕事を果たしている。タイトル、最終行の回収もよかった。おそらくイメージが強くあるために、説明の筋肉が働きすぎて、連が重くなっている。抱えているイメージを一度散文でつづり、説明の筋肉を多少疲れさせてから、それを詩の形にうたいながら書き下すといい。

●「陽光」井上正行
シーンが移り変わりながらも、声は一定のトーンを保っている。普遍的な景色は語り手を匿名にするが、「イオンモール」という名称でピリッと締まり、語り手の横顔を垣間見せる。完成度が高いのであえて言うと、すこし単調さがあり、最後がうまく着地しすぎている。粗さがなく、うまいからそう感じるのだと思う。筆者自身がいま一番言いたいこと、または発見を入れれば緩急をつけられるかもしれないが、東郷青児の絵画のような世界を描こうとしているのかもしれない。

●「青い花」桜庭紀子
父や母、夫や子どもといった名称ではなく、「家族」という顔のはっきりしない言葉を用いていて、フェンスを掃除する「家族」がやがて消えていくという情景が非常に面白かった。「オレンジ色の実」も結局実在の植物なのか、幻想なのかわからず、こちらも幽霊じみていて不気味である。説明せずに描写する、削るか迷う言葉は必ず削る、という手法で手直しして、別の投稿欄に再投稿して反応を確かめてみるといい。



○「お別れ」あられ工場
ただの景色を情景に変える魔法が使える書き手。よくある都会の景色を、まるで詩を読むように解釈し語り直す。世界の捉え方が独特なので、ほとんど慣用句のように使われている言葉、例えば「調子の悪いミシン」といった言葉を使うには惜しいと思った。オーダーメイドの言葉を、とも思ったが、この書き手にはカンフーじみた脱力の妙があるので、悩みどころだ。それよりも日記を書く言葉を意識すると、書く幅が広がるかもしれない。

○「メメント・モリのその向こう」一関なつみ
情景描写のない素朴な作品だが、確かな滋養と深みがある。前にも書いたかもしれないが、印刷設定を見直して字間を詰めた方がいい。詩の見た目はそのまま詩の声になるので、良い作品である分、聞き取りにくい声ではもったいない。情景描写は筆者の無意識を引き出すが、この書き手については情景描写がなくてもいいと感じるくらい完成している。暁方ミセイ(金井万理恵)の詩集が良い参考になるかもしれない。

○「途中」吉田おいてけ
鉄色、灰色の空と、コンクリートジャングル、さらに景色を透かすビニル傘と、まるでピンセットでつまみ上げながら世界を構築していくように、モチーフを繊細に配置している。完成度が高いため、あえて言うと、工場内の描写はすこし絞った方が中弛みして見えなくなる。最初と最後のシーンがすごく良いので、そちらと比重を心持ち合わせてみるといいのではないか。試してみて、他の投稿欄に出して、反応を確かめてみるといい。

○「わたしの景色としての他人」長澤沙也加
感傷を語りながらもユニークさがある。独特の手触りと発想が根幹にあるために、「ごわごわ」「ぺったんこ」といったよくあるオノマトペを使うのがもったいないような気もしたが、日常的に使用されるオノマトペを用いることで日常を表している。

○「中空です。」三明十種
まるで紙を舞台のように使って「中空」を演出している。昔、ある詩人から「言葉遊びに終始してはもったいない」という助言を受けたことがあったが、筆者はこの言葉遊びによって、心のあくを煮出して分離させている感じがあった。情景描写がいいスパイスになるかもしれない。

○「ナポリをみてタヒれ」光枝ういろ
自分の生きた証を詩に刻もうとする書き手がいる一方で、筆者は詩とともに生きようとしている。筆者にとって詩は手段ではなく、伴走者のようだ。楽しい気持ちを詩にするのではなく、詩を書いているから楽しい、という感じがある。筆者自身の鋭い発見を、まるで千代紙を貼り付けるように差し入れてみれば、面白い緩急がつくような気がする。

○「侵入」福富ぶぶ
小川洋子の小説集『薬指の標本』の中に、なぜ人の体から出るものはみな汚いのだろう、というような言葉があって印象に残っている。人の排泄物、塵紙など不潔さを彷彿とさせる言葉が並ぶが、筆者の声には高潔な張りがあるので汚いだけ、とはならない。最後の閉め方もいい。

○「雨」村口宜史
短い詩だが確かな達観がある。一行目のオノマトペは雨の音であり、「刃物」の音でもあることがしっかりと伝わってくる。そのため、「内面のよう……/……でもある」の箇所はあえて書かない方が洗練されるかもしれない。終わり方も良い。

◯「Nantoka-detox」矢澤あねら
この作品で複数の作品ができそうなほど濃密にイメージが書き込まれている。イメージに独特の重さがあるので、本作品であれば三つほどに分けてそれぞれ「小品」として仕上げたら、洗練度があがるような気もした。左川ちかの作品をイメージするといい。

○「旅に出る」西村 健
わりと平凡な情景をうたっているのに、最終連のパンチが良く効いていてうまいと思った。別の投稿欄に挑戦することがあるかもしれないと思ったので一応伝えておくと、詩の見た目にはこだわった方がいい。印刷設定を見直し字間を詰めれば、読み手の中で響く詩の声は間延びせず美しくなるだろう。詩人は確かに言葉だけで勝負するべきだが、美意識に沿ったフォントを選び、自分で字を組む詩人は多い。私自身、ファッション誌に詩を寄稿した際、ポエムっぽい丸いフォントにされて直してもらったことがある。

○「ほほえみのサプライ」モロッコひろみ
放り投げた缶の軌跡で、宇宙の無重力を言外にイメージさせる。緩急をつけることができればより良くなる。この作品は散文詩の形にした方が映えるのではないかとも考えたが、行分け詩だからこそ宇宙の浮遊感が生まれているのかもしれない。水沢なおの詩集が良い参考になる。

○「聴いてください」花山徳康
自由気ままに書いている感じが伝わってくる。三度繰り返される「一」が重要なキーだが、それが何を示しているのか直感的に読み取りにくく、放り出されているような感じも受ける。「ネコジャラシ」も数字の「1」の形を表しているように読める。そのモチーフの必然性を示すことをうっすらと意識するといいのではないか。

○「影の仔」早乙女ボブ
海外の名作童話に登場するような古典的で幻想的な世界をまず楽しんだが、最終連で、これは私たちが現在住んでいる世界をうたっているのだと気づきハッとさせられる。漢字への意識が面白く、たとえば、亡くしたではなく「喪くした」、子ではなく「仔」にするなど、文字に裏地をつけるような仕掛けを施している。



「街中で ひとり」多賀嶋
ふと思い浮かんだ発想をすくいあげ、詩として記録している。「なにいってんだろ」と自分を諫めながらも、日常の細部を大事にする筆者の思いが伝わってくる。独特な詩の形をしているので、詩集にまとめる際には、装丁にも自身の発想を反映させたら面白いかもしれない。

「漫画図書館のロボット」吉岡幸一
鞄の赤色は愛の色であり、血の色なのだろう。グロテスクだが、最終行は心地よい余韻を残す。紫陽花は花の色によって花言葉も異なるほどメッセージ性が強いモチーフなので、色や形状を描写しながら登場人物たちの心情を投影しても面白かったかもしれない。

「尾ひれ」み
水の中にいるはずの金魚が燃えて、花として生まれ変わった金魚を見つけるという突飛なユーモアのようにも読めるが、土・火・水・風という四元素を作品中に置くことで、一つの舞台で大きな世界を描こうとしている。

「届かない途中」いちのちかこ
一連目の言葉の滑り落ちていく感じから、もう引き返せないということが伝わってくる。詩に込められた念というか、強い実感、感情が、読み手に言外のイメージをも伝えている。近似系の意味を重ねたタイトルもうまい。

「女の平和」川越敏司
ここで語られる「男」と「女」には顔がない。個としてではなく、種として語られており、この情景をイメージすると石膏像のような人間たちの姿が思い浮かぶ。「立たない」男たち、「冷たいくぼみ」にある女たちといった性の暗喩が登場するが上品な作品だ。

「惜別の庭」浪市すいか
自身の心情をシーンに託すのがうまく、描きたい世界観がよく伝わってくる。その分うまくまとまりすぎて惜しいようにも感じた。心象と同じくらい情景を書き込むことで、自身が描いた設計図以上の世界に出会うことができる。(たとえば同じ虹を見ていても、見る人の心情によってその見え方は全く異なるように、情景から無意識の心象を炙り出すことができる書き手だと思う)

「告白」宮崎詩歌
自分の存在価値が揺らぐほど他者が美しく見えた、青春時代を思い出しながら読んだ。最後が独自性が強くて特に良いので、オノマトペ、比喩も自分にしか書けないものを意識的に置くといい。例えば、「スカートをぎゅっと握る」という言葉の「ぎゅっ」を、もっと生々しく書き下してみたらいい。

「ミモザ」雪代明希
個でなく、ただ「女性」として、「善人」として見なされ受容されることへの哀しみを、ミモザの花に託して描いている。哀しみの強い作品だが、金子みすゞ作品のように、愛の瑞々しさが作品に満ちているような気配がある。

「宇宙にある居場所」ネジが外れたウサギ
筆者の空想は美しい。胸に浮かんだ映像を見ながら詩に起こしたような気配がある。空想力は特殊能力の一つなので、それを存分に活かしたい。映像をいったん作文のように詳細につづり、それから歌うように詩に書き下すといいのではないか。

「感情たん」レンネユキ*
真剣と冗談が絶妙のバランスをとっている。お笑いコンビ・髭男爵の「ルネッサーンス」のネタを彷彿とさせられた(今後別の投稿欄に出し直すことがあるかもしれないと思ったので、あえて引用しない)。イメージが独特で面白いので、情景描写力を磨けばより独自の世界を立ち上げられる。日記をつける習慣が情景描写力を鍛える。

「勿忘草」窓野 春
流行に左右されない、普遍的な美しいものを捉えようとしていることが伝わってくる。映像や情景よりも、先に言葉の音が出てくる詩人なのかもしれない。だからこそ、映像を補塡することができればもっと良くなる。北原白秋の初期の作品が良い参考になるかもしれない。

「このよ」古倉凪紗
自身の生と、他者の生を見つめる温かな眼差しを感じる。愛の光が満ちている。普遍的なシーンを描写する一方で、五連目の「皮ふ」への感性などは独自性が強い。一旦散文で思いきり余す所なく描写してから、うたいながら詩の形に書き下していくという方法を試したら、新世界が開けるかもしれない。

講評を終えて 

 一作一作読みながら、それぞれの筆者の息遣い、込められた強い思いを感じていた。本投稿欄は評価より、コミュニケーションを優先してコメントを書いているので、思ったような評価につながらなかったと落ち込む必要は全くない。それぞれの作品の良さは、しっかりとわかっているつもりだ。だから、この投稿欄を利用した後、評価を求めて別の投稿欄に出し直して反応を確かめる、というのはありだと思う。
 詩を書き始めたばかりの頃、私は別に投稿なんてしなくてもいいだろうと思っていた。評価を求めて詩を書くということが、不潔に感じられた時期でもあったのだ。そうしたら、当時の詩の先生が私に「でも、投稿して選ばれると嬉しいものですよ」と声をかけてくださった。その言葉に後押しされるように、私は詩の投稿を始めた。
 ここに投稿された詩が、私以外の人の目に触れる機会があったら私も嬉しい。詩は誰からの評価も気にせずに書くのがいいと思う一方で、小煩いコメントを書いたのは、「でも、投稿して選ばれると嬉しいものですよ」という先生の教えが、今も自分の中にあるからだと思う。(マーサ)

マーサ・ナカムラ

1990年埼玉県生まれ。詩人。第五十四回現代詩手帖賞受賞。『狸の匣』(思潮社)で第二十三回中原中也賞、『雨をよぶ灯台』(思潮社)で第二十八回萩原朔太郎賞受賞。

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