【連載】続・マタギの村から◎大滝ジュンコ――第67回/敬老会で、みな背が伸びた?

第67回 敬老会で、みな背が伸びた?

 山熊田は娯楽が乏しい。季節の実りとBSのテレビ番組が爺や婆たちの楽しみとなっている。再放送される日本や韓国の時代劇、演歌番組にサスペンスなどで、映像に古さを感じるものばかりだ。時代劇など、何度も同じストーリーを繰り返し観るので、さすがに飽きないのかと聞けば、「ちゃんと忘れっさげ毎回おもしろい」とのこと。しかし手はしっかり働いている。羽越しな布の糸績み(仕込んだ樹皮を細く割いて、撚りつなげてひたすら長い糸を作る)や縄ないなどをしているから、日本語吹き替え版がいいらしい。 
 
 貴重な娯楽のひとつ、「敬老会」が三年ぶりに開かれることになった。集落内に不幸があれば中止になるのだが、今年はみんな元気。後期高齢者にならないと招待されず、他の住民は出し物や運営側で参加する、質素で手弁当な会だ。32名の住民のうち半数が後期高齢者だから、ほとんどの住民が参加する。 
 
 出し物は、母ちゃん(義母)たちが「若妻会」と呼ぶ、彼女たちからしたら若い女性世代が民謡3曲を踊る、というスタイルが定着している。私もその一人だ。昔のコンテンツのほうが喜ばれる。アナログな風情がいいので、母ちゃんたち世代が集めたレコード群の中から3曲選ぶことにしている。母ちゃんたちが若かりし頃に踊った曲だ。みんなのお盆疲れが癒えた頃、準備を始めた。 
 
「若妻会」4人の踊りの練習は、仕事や夕食準備を終えた夜の7時からで、公民館に集合だ。各々、缶ビールや缶酎ハイ、おつまみなどを持参する。1970年代製造の真っ赤なレコードプレーヤーはまだまだ現役で、コンセントを差し込んだあと、まずは雑談しながら喉の乾きを解消。そのうち一人がおもむろにレコード盤に針を乗せたら、皆スクッと立ち上がって踊り始める。踊りながら修正し合ったり、間違えては笑ったり、まだ蒸し暑い夜を楽しむ。そしてちょっと疲れたら一服タイムで、再び針が盤に乗ると自動的に踊り出す。この楽しい夜が肌寒くなる頃まで続く。 

当日の会場の踊りの位置の目印は一升瓶。酒の神が降臨しそう

 一服中、「男衆に白鳥になってもらったらおもしろくない?」と冗談で言ってみた。今年選んだ曲の一つが、村の廃校の中で発見された四十数年前の8ミリビデオに映っていたもので、映像には各々が仮装して踊る姿があった。当時青年だった男衆は、学校の先生がこしらえてくれた白鳥のコスチュームを着ていて、その強烈なインパクトが脳裏にへばりついていたのだ。当事者が夫やその世代の男衆なものだから、チャイコフスキーではなく、どうしても志村けんさんを連想してしまう。 
「首がついてる白鳥の衣装って、どうやって作るんだろ? 売ってたりするのかな?」などと皆で話ていると、即座に検索するKちゃんが「売ってます! しかもそんなに高くない!」。皆が彼女のスマホを覗き込む。この価格なら現実的だ。4人しかいない公民館が沸き立つ。 
「踊りの前に、当時のビデオを観てもらったらもっとよくない? よもがえったみたいで」 
「確かに! でも映像の尺が長すぎるか。Kちゃんのパートナーに編集してもらえないかな」 
と、話が膨らんでいく。 
 そうなってくると、「彼らが白鳥を着てくれるのか?」が最大のネックになってきた。「ダメ元で聞いてみるね」と、帰って早速、夫にお伺いを立ててみた。 
 すると、意外にも乗り気だ。 
「ねら(あなたたち)だけでねぐ、おらがた(俺たち)も何かすねばねなーと思うてた」 
 あらら! 意外と前向きな返答に興奮して、女子会グループにすぐメッセージを送った。スマホ画面の向こうで各々がざわめく。うちの夫が了承するとは思えない……といった不安が伺えたので、私の夫に男衆を説得する役割をお願いした。 

四十数年前の映像に映る白鳥たち。村のみんなも若い

 いよいよ、敬老会当日。私たちは踊る曲順に衣装を並べ、準備万端だ。すると「大変だ、大変だ」と運営する村の役員たちがドタバタしている。会が始まっても注文した仕出し弁当が届かないようだ。だが会場入りした高齢者たちは準備万端。あちこちから乾きもののおつまみやお菓子をかき集めている。それでも間が持たない。みんなで相談し、出し物を始めようとなった。編集してくれた数本のビデオの一つをプロジェクターで流しはじめ、私たちも絣の衣装に着替えて準備だ。 
 
 まずは「花笠音頭」。これは必ず入れる定番曲だ。山形県に嫁いだ母ちゃんの妹から伝播して今に至っている。さすがは名曲、爺や婆たちは手拍子に「ヤッショーマカショ!」と合いの手を入れてくれる、その一体感がライブみたいな凄まじさ。花(おひねり)をかけるのはこのあたりの風習で、高齢者たちは家でポチ袋などにお金を入れて準備してきてくれている。踊りが終わるとそれらを拾い、褒め称えてくれる婆たちと言葉を交わす。 
 
 あっという間に終わってしまった。また間が持たない。弁当も届かない。運営側が2曲目までごまかしごまかし、「アメて(飽きて)きた」と伝令が来た。浴衣への着替えも終わって2曲目を始めた。「佐渡そだち」という歌だ。しおらしい振り付けがお気に入りの婆も多い。座りながらも手踊りする客席を見て、アメずに楽しんでいる姿に安堵した。 
 
 弁当は届かない。みんな開き直って、編集してくれたビデオを流しはじめた。3曲目は前回の大阪万博の頃にリリースされた「二十一世紀音頭」だ。誰もが未来にワクワクしていた時代だったのだなと、宇宙旅行や平和を謳う歌詞から想像できて妙にエモい。 
 耳に残るメロディーと歌詞は、一日中脳内でハードローテーションしてしまう威力があるが、そこへさらに若い自分たちや白鳥がスクリーンに現れて、会場が沸いている。控え室では、白鳥が着替えを終え、ふてくされる人もありつつ待機している。ふてくされている白鳥。笑いを堪えているうちに映像が終わり、レコードがかけられ、昭和っぽいワンピースの女性陣がまず会場入りして踊り始めた。 
 
 間奏が始まり、扉が開く。覚悟を決めたニッコニコの白鳥の群れが飛来した。その途端、爆発を起こしたような歓声が起きた。爺や婆たちが出せる最大音量の笑い声、ひっくり返りそうになりながら悲鳴レベルで笑いすぎて泣いてる婆も。本当にいい息子さんたちを育てましたね。 

今回の白鳥の飛来。彼らの勇気に免じてボケた画像にしてあります

 会場の熱気はとどまるところを知らず、白鳥は客席に行って、つついたり飛び跳ねたりして、「カッコよくありたい」という男の矜持を捨ててくれた。踊る私たちも大爆笑だ。村の爺や婆たちのためにバカをやってくれた彼らを、晒し者にしたくないし、名誉と尊厳を守りたいので、ブレた画像しかお見せできないことをお許しください。 
 
 ひと肌脱いだ甲斐があって、結局、お土産となったお弁当を持って帰宅する爺や婆がたの、曲がった腰はグイッと起き、背が高くなっていた。「寿命が延びたな」と感じるほど、効果てき面だった。 
 打ち上げで女性陣は男衆を褒め称えた。手応えを感じたらしい男衆は「もう来年の出し物考えてっから。ねら(あなたたち)には秘密だ」と、何か企んでいそう。 
 婆たちが踊ってきたレコードは、よそから誰かが来て、または教わりに行って、この村に定着していった「若さの象徴」のような財産だ。それをよみがえさせるのが敬老会。今後、男衆たちによってさらなる進化を遂げそうだ。娯楽も自給自足の村の在り方は、日本では絶滅危惧文化なのかもしれないけれど、どんどん時代に逆行していきたい

大滝ジュンコ

おおたき・じゅんこ 1977年埼玉県生まれ。新潟県村上市山熊田のマタギを取り巻く文化に衝撃を受け、2015年に移住した。

この連載が元になった大滝ジュンコさんの著書。『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』(山と溪谷社。1760円=税込)
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