第17回 詩と預言 —日和聡子作品をめぐって—
日和聡子作品に初めて触れたのは、大学三年のときだった。
現代詩の講義で日和聡子の詩が紹介され、「シュールでかわいい」と表現したくなる作品世界にまず惹かれた。その時はまだ詩の面白さを知り始めたばかりの頃で、その作品が何を描いているのかということより、詩なのにこんなに面白いという感覚がひたすら楽しかった時期だ。
「シュールでかわいい」という感じを伝えるために、すこし作品を引用する。
残業をしておつたら
机の下から
蓬虫が這い出して来て教えた。
(中略)
私は
何度掛け替えても掛け間違えてしまう電卓
接ぎ木しても接ぎ損なう朽ち枝
色を混ぜても混ざり切らぬ泥水
そういつたものを
置き忘れたままどうやつて帰ろうかと
思案に暮れていたのであつた
「実臣」(詩集『唐子木』より)
当時の私は、なぜか「何度掛け替えても掛け間違えてしまう電卓」という言葉に強く引き寄せられ、目が離せなくなったことを覚えている。その理由が自分でもよくわからず、電卓が計算を間違えてしまうという洒落に惹かれているのだろうかと考えた。
この作品では「蓬虫」という架空の動物が登場する。日和聡子の詩には時々、こうした幻獣のような存在が現れるのだが、ふと、自分にも、このようなことが過去にあったような気がした。しかし「蓬虫」が実在しないように、私にもそんな過去は存在しない。学生で、「残業」をしたこともなかった。見えない糸をたよりにある地点へと向かい、とつぜんこの糸は何かということに思い至るが、それを考えた途端に、糸が消えてしまうような気がしている。詩集を読み進めながら、まるで存在しない記憶を思い出そうとしているかのような感覚になった。
当時は、アンソロジー集である現代詩文庫『日和聡子詩集』(思潮社)はまだ刊行されていなかった。大学図書館で第一詩集『びるま』(青土社)を借りた。
こわれるものは こわれてしまつた
この空は
あそこにもある
「びるま」(下部に全文掲載)
この表題作は、詩集の最後におさめられている。わたしはしばらく、この言葉から目が離せなくなった。「こわれてしまつた」ものなど、当時の自分にはなにも思い当たらなかったが、やはり何かを思い出さなくてはならないような感覚があった。
大学を卒業した後、私は自動車関連企業に総務として新卒で入社した。配属された事業所で、従業員の給与計算がメインの仕事になった。
数学が苦手だったわけでは決してないが、メイン業務の他、経費精算や申請管理といった煩雑な庶務もあって、常に「終わらない」という感覚があった。出勤すると、鍵付きの引き出しから箱を取り出し、机の下に置く。そして日中、机の上に重ねられていく未処理の書類を、その箱に放り入れていく。そうしないと、机の端で雪崩を起こしてしまうからだ。いわゆる「女性にしか任されない仕事」というのも抱えていた。課内で「正社員」の「女性」は自分しかいなかったので、周りは仕方ないと考えていて、当時は私自身もそのように納得していた部分がある。
そのうちに、就業時間と残業時間だけでは足りなくなってきた。誰もいなくなった夜のフロアで、一刻も早く帰るために、ひとり必死に仕事を片付けていた。あとどれくらい未処理の書類が残っているかを確認しようとして、暗い机の下を覗き込んだとき、私は、机の下に隠れていた「蓬虫」と自分が向き合っていたことに気がついた。顔をあげて、机の上を見ると、CASIOという刻印の入った「何度掛け替えても掛け間違えてしまう電卓」もあった。
そのとき私は別に恐怖するでもなく、なんだ、こういうことだったのかと思った。当時、あの詩の言葉に強く引き寄せられたのは、私にとっての「預言」だったからかもしれない。私は詩と預言に追いついていた。「朽ち枝」「泥水」、そういったものを置き忘れたままどのように帰ってしまおうか、椅子に座ったまま考え込んでいた。
私は「人の悪口を言わないこと」を幼い頃からの信条にしていた。それはある意味で自分にとっての十字架のような存在で、学校内での人間関係にひどく苦しんでいた時期も、その十字架を守り続けられているという感触をたよりに生き抜いているような感じもあった。
必死に守り抜いてきた十字架を、私は会社員になって呆気なく捨ててしまった。そのとき、「こわれるものは こわれてしまつた」という言葉が、どれだけ自分を救ってくれたかわからない。生き続けようとして、握り締め続けてきた十字架が「こわれてしまつた」。今でも、それでよかったのだと思っている。そのおかげで、十字架に殉じずに済んだのだ。言葉がある曲がり角に立って私を待っていてくれたから、たどってきた道も、いま立っている場所も、間違いではなかったと思うことができたような気がする。
話は変わって、会社員時代の私の気晴らしに占いがあった。
新宿で本当に「当たる」占い師に出会った。『現代詩手帖』に私が詩を投稿し始める前から、私が「文学の仕事をする」と言い当てた。
その占い師がある時、「占い師なら、いま僕が何に悩んでいるか当ててください」という客がいて、わたしはエスパーじゃないのに、と腹をたてていたことがあった。
「私から見ても、十分エスパーですよ」
と言うと、
「わたしから見れば、マーサさんだってエスパーですよ。マーサさんが空想できない人の感覚がわからないように、わたしには、未来がみえない人の感覚がわからないんです」
彼女は真剣だった。それで、預言をするときには、どのように未来がみえるものなのか、気になって尋ねてみた。わたしは、ひょっとして耳元で答えがささやかれるような感じなのだろうか、と考えていた。
「『思い出す』ような感じです。これ、知っている気がする、という感覚」
それは当時、自分が詩を読んだ時の感覚に似ているような気がした。

びるま 日和聡子
後ろの庭に
ふしぎな花が咲いた
名前を 知らぬ
昼にテレビで
難民が映つておつた
わたしは飯を食べ
その後で
昼寝した
夕暮れ前の買い物に
不意に出て来たサンダルを履いた
音のせぬのに
耳がつぶれる
こわれるものは こわれてしまつた
この空は
あそこにもある
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1990年埼玉県生まれ。詩人。第五十四回現代詩手帖賞受賞。『狸の匣』(思潮社)で第二十三回中原中也賞、『雨をよぶ灯台』(思潮社)で第二十八回萩原朔太郎賞受賞。

