第4回 アキノヒメミノガ、知れば知るほど
アキノヒメミノガは、開長が15ミリにも満たない小さなガだ。本州から九州まで広く分布するこの小汚いガは、全身がくすんだ灰褐色をしており、とにかく目立たないしパッとしない風貌をしている。だが、こいつ以上に知れば知るほど魅力的で素敵な昆虫も、そうそういないかもしれない。
このガの幼虫は、いわゆる「ミノムシ」と呼ばれる範疇のものである。世間では、あたかも「ミノムシ」という名の昆虫がいるかのように錯覚している人間もいるらしいが、その認識は正しくない。「ミノムシ」というのは、ミノガ科という分類群に含められているガ類の、幼虫の総称に過ぎない。
ミノガ科の仲間の幼虫は、どの種も身の回りの植物の屑をかき集めては自ら吐き出す絹糸で綴り合わせてミノを作り、それを背負って自分の隠れ家としている(種により、他の昆虫の死骸などを巣材に使う変わりダネも存在する)。件のアキノヒメミノガの幼虫もその例に漏れない習性を持つが、彼らの作るミノというのは普段我々が「ミノムシ」と呼んで慣れ親しんでいる、庭木の枝先などに付いているもの(大抵はチャミノガ、オオミノガ等の幼虫の巣)とはおよそ似ても似つかない見た目のものだ。その大きさたるや、炊き上がった米の一粒ほどもない微小なもの。しかも、それは道脇の石垣やガードレールなど、目線より低いばかりか見えにくい場所にくっついていることが多く、まず普通の人間なら普通の生活をする中で、わざわざ視界にも入れないだろう。


この虫自体は、驚くほど都市化した市街地の只中であってもふんだんに生息しているものだが、かようなステータスにあってはその存在を人間に認知される機会もないわけである。しかし、この虫のめくるめくスペクタクルの本領はここからだ。
このガは、夏季には石垣などの壁面に生えた苔などを食って成長し、秋に蛹となる。そして、他の多くの昆虫達が姿を消す初冬の11月末くらいに、やっと成虫が羽化するのだが、この成虫というのが実に個性的だ。オスは、先に述べたようなただの地味な小蛾なのに対し、メスは驚くべきことに全く翅がない。体型はコロコロとして丸っこく、腹部末端はネズミの尻尾のように細長い。脚は短くて弱々しく、そこらを歩き回るようには出来ていない。その姿はおよそガのものではなく、クモか何かのようだ。
午前中に羽化したメスは、自分のミノから出た後これにしがみついたままどこにも行かず、そこでオスを呼ぶフェロモンを風に乗せて散らす。これに引き寄せられて飛来したオスと交尾したメスは、間もなく長い腹部を自分の脱出したミノの中に差し込み、産卵し始める。体内の内容物の大半を多数の卵が占めるメスの腹部は、みるみるしぼんでいく。オスもメスも成虫は口がなく、餌をとることなく羽化したその日には多くが死ぬようだ。産み残された卵はミノの中で越冬し、翌春に孵化した幼虫達は、それぞれ思い思いの場所に散っていく。
アキノヒメミノガ、それは「路傍にひそめく我爱你」。



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「虫めづる奇人の回想」 文・写真 小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。
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