第3回 冬を越え生きるツチイナゴ
ツチイナゴは体長5~6センチ、全身が茶褐色をした大きめのバッタの一種だ。全体的に地味な色合いをしているが、両の眼の下にはまるで涙を流すかのような、一筋の青いラインが走る。正面から顔を見つめると、悪役(だがそんなに荒くれ者でもない、たぶん試合の行き帰りの道で困っている子どもや老人でも助けていそうな)プロレスラーのマスクに似ていなくもない。対照的に、幼虫は全身鮮やかな緑色をしている個体が多いが、顔のレスラーマスクだけは親のそれと変わらない。幼い個体ほど、頭のでかい特有のプロポーションが際立ち、マンガのキャラクターのようで可愛らしい。


本州より南の各地に分布しており、南西諸島では近似種かつそれよりはるかに巨大なタイワンツチイナゴと共存する地域がある。普通、日本に見られる大型のバッタ類は、イネ科の植物を好んで餌にする関係上、ススキ等が生える(そしてあまり草丈が高くない)草原に住むものである。しかし、ツチイナゴはそれら有象無象とは一線を画し、主にツル植物のクズが生い茂るヤブで見かけることが多い。夏、日当たりのよいクズの茂みに近づくと、場所により足元からおびただしい数のこいつらが飛び出してくる。時には、勢い余った個体がこちらの顔面に激突してくることもあり、油断ならない。
このバッタの変わっている所は、住処だけではない。日本本土の大型バッタ類は、基本的にどの種も夏から秋に成虫となり、産卵ののちその年の冬には全て死に絶える。しかし、ツチイナゴは違う。夏から秋に成虫になるまでは他種のバッタと同じだが、その後冬になっても死なない。成虫の姿でヤブの根元などに潜り込んで越冬し、翌年の春に活動を再開、繁殖を行うのだ。暖かい日には真冬でも動くことがあり、冬も暖かい南西諸島では通年活動している。
小学生の頃、毎年冬休みには当時静岡県にあった母方の実家で過ごすのが通例だった。太平洋岸に位置し、温暖な気候の静岡県とはいえ、冬はそれなりに寒い。夏、虫採りに駆け回った裏山には、生きた虫の気配が微塵も感じられない。そんな中、日差しに当てられた枯野を踏みしだく足元から偶に飛び出てくるツチイナゴは、そこが死の世界ではないことを私に教えてくれる数少ない存在だった。力強く跳ねて羽ばたき、枯野の彼方に飛び去るその姿に、私はやがて来る春への期待を託すのだった。
ツチイナゴ、それは「強く優しき闘士」。



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「虫めづる奇人の回想」 文・写真 小松 貴

こまつ・たかし 1982年神奈川県生まれ。九州大学熱帯農学研究センターを経て、現在はフリーの昆虫学者として活動。『怪虫ざんまい―昆虫学者は今日も挙動不審』『昆虫学者はやめられない─裏山の奇人、徘徊の記』(ともに新潮社)など、著作多数。
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