第10回 サメサメキッズのシロワニ調査
〝ドッゴーン、ドッゴーン〟
東京湾の出口、房総半島館山沖を通過する頃から、大きな縦揺れを感じた。天気予報サービスアプリWindy(ウィンディ)によると、低気圧が発生し、風速は16 mに達していた。
2026年3月31日11時の定刻より5分遅れて出港したのは、竹芝桟橋と父島・二見港を結ぶ約1000 kmを旅する定期船「おがさわら丸」。この日は向かい風となる南風。外洋に出てからが揺れの本番となるだろう。
父島は2011年に世界自然遺産に登録された小笠原諸島にある亜熱帯の島。ボニンブルーと称される美しい青い海に囲まれる。野生のサメを観察することは一般的に非常に難しいのだが、この時期の父島では、岩壁からシロワニというサメを観察することができるのだ。だからこそ、サメ好きにとって、私が絶対に訪れてほしいと思っている場所の一つが、ここ父島なのである。

4月1日13時、定刻より2時間遅れて、「おがさわら丸」は父島・二見港に入港した。遅延することが少ない船だけに、昨夜の揺れの大きさを物語っている。しかしながら、シロワニに会えるのだと思えば、船酔いなんてなんのその。
本種は環境省によって2017年に絶滅危惧種とされ、翌年には保全のための調査が開始された。ダイバーより提供された写真や動画から、斑紋・傷などの特徴をもとに個体識別を行っているという。
これは一般市民が専門家と協力し、データ収集・分析を通じて科学研究に参加する活動、いわゆる市民科学(シチズン・サイエンス)の形態である。収集される情報を増やすためには、プロの研究者以外に協力してくれる一般市民が増えることが望ましい。
子どもたちとのサメ合宿
水中からではなく、陸上からサメにアプローチするというスタイルでシロワニを観察し、個体識別が可能かどうか調べてみよう。それが今回のサメ合宿の目的となった。
調査に協力してくれたのは、私の主宰するサメサメ倶楽部メンバーと父島の島っ子たち合計8名。名付けて「サメサメキッズ・シロワニ調査隊」だ。
期間は「おがさわら丸」が父島に入港中の4月1日から3日間。サメの行動が活発になるであろう15時~22時に2チームに分かれて、5箇所の地点にて目視調査をランダムに行った。

リーダーは千葉県から来た小学生のMさんと父島在住のAさん。二人とも新小学3年生のサメ好きだ。彼女たちは、シロワニの出現可否および、場所・日時・確認者名・サメの身体的特徴をサメノートに記録した。可能なものは写真撮影やスケッチを行った。
3日間の記録は以下のような結果になった。
《4月1日の出現記録》海面状況は透明度もそこそこよく、サメは見えやすい 。
・16:30―サメ観察ポイント1 確認者名:よっしー 身体的特徴:体つきは細くてきれい。第一背びれに白い点がある。個体識別するため、「しろちゃん」と命名。
・17:00―サメ観察ポイント2 確認者名:Mさん 身体的特徴:全体的にきれい、尾びれに切れ込みがいくつかある。「おびくん」と命名。
・21:30―サメ観察ポイント1 確認者名:Aさん、沼口 身体的特徴:第一背びれに傷がある。長い釣り糸がついていた。右体側にもしゃもしゃしたものがぶら下がっていた。泳ぎは非常に遅く、橋の下で休んでいるかのように静止している姿も観察された。「つ~り~」と命名。
《4月2日の出現記録》夕方過ぎまで強風で水面から中を十分に観察することができなかった。
・17:45―サメ観察ポイント1 確認者名:Mさん、Aさん 身体的特徴:底にいたので確認不可。「ターボー」と命名。
・20:27―サメ観察ポイント1 確認者名:Mさん、Aさん 身体的特徴:底にいたので確認不可。泳ぐのが遅い。「シーサー」と命名。
《4月3日の出現記録》透明度はそこそこだったが、シロワニの気配はなかった 。
今回の3日間のシロワニ目視調査では、少なくとも4個体のシロワニを確認することができた(ターボーとシーサーは同一個体の可能性があるため)。
難しかった点は、雌雄を確認できなかったことだ。サメのオスには腹びれに付属するクラスパーという生殖器があり、その有無によって、性別の判断を行う。背中側からサメを観察しただけでは、決め手となる腹びれが見えづらかった。また、風が強い日や透明度が悪い日なども、水中が十分に観察できないため、目視が難しかった。
サメを観察できたポイントは5箇所中2箇所であった。その二つのポイントは外灯がある、または釣り人がいるなど、それぞれ観察しやすい環境があった。背びれに斑点や傷のある個体が4個体中2個体であった。
そのうち、もしゃもしゃした物体をぶら下げている個体もあった。それらの傷の位置を観察した結果、行動調査を行うためのロガー装着の痕跡の可能性があると考えられた。長い釣り糸がついている個体は1個体確認できたが、島っ子によれば、もう1個体いるという。絶滅危惧種であるシロワニにとっては好ましくないことである。
シロワニを守るために必要なこと
今回の調査をしてよかったことが二つあった。一つは、陸上からでも条件によっては個体識別ができるとわかったことだ。今後、観察データを継続的に蓄積すれば、シロワニ保全に貢献できるかもしれない。より詳細なスケッチをして、身体的特徴をしっかりと観察していくことにより、個体識別の精度を上げていけるだろう。
もう一つは、シロワニと私たちがどう付き合っていくべきなのか考える良い機会になったということ。岸壁からシロワニを観察するのは、私たち「サメサメキッズ・シロワニ調査隊」だけではない。観光客も、島民もそこではみんなが海の中をのぞき込む。サメの 観察の仕方やサメとの距離感は様々だ。
小笠原のシロワニは、こちらから手を出さない限り、嚙みついてきたことはないと島民は口を揃えて言う。おとなしいサメであるからこそ、一部の人は距離を詰め過ぎてしまうのかもしれない。
そんな光景を目の当たりにした今回、強く感じたことがある。シロワニを見学するときは離れて見ること。近くに飛び込んだり、追いかけたりしてはいけない。餌付けも絶対NGであるということ。こうしたルールを作り、みんなで守っていくことの大切さだ。
シロワニをびっくりさせてしまったら、嚙みつかれるかもしれない。野生のサメが人に慣れてしまったら、まったく関係のない潜水作業中の人などを嚙んでしまうかもしれない。そうしたらどうなるのか考えてみて欲しい。
人を襲った野生動物は駆除されることが世の中のルールである。シロワニが駆除対象生物になるなんて、微塵も考えたくもないことである。人間の身勝手な行為が原因で、サメが駆除されないように、私ができることはなんだろう。
そこで私は今回の父島滞在中に、小笠原ビジターセンターで、島民向けの「出張サメサメ・サメ博物館」というイベントを企画することにした。絶滅危惧種のシロワニを駆除することは絶対にしてはいけない。何百年先も今と同様にシロワニと人が共存できるためにすべきこと。このイベントでは、サメの基礎知識や標本観察だけではなく、シロワニとの付き合い方についても言及した。
4月4日15時、「おがさわら丸」は東京・竹芝桟橋に向けて出港した。私はもう少しだけ父島に残るため、ダイビングボートにて、Mさんをお見送りした。父島では、二見港を出港する「おがさわら丸」にボートが伴走して「いってらっしゃい」と叫び、海に飛び込む伝統行事がある。

出港直前にAさんがMさんへ手渡したのはレイという首飾り。海に投げて、それが父島に流れ着くと再訪できるという言い伝えがある。
来年もシロワニに会いに来ることを願うMさんへの粋なプレゼントだ。「サメサメキッズ・シロワニ調査隊」をまた結成できますように。「おがさわら丸」のデッキにいるMさんへ向けて、私たちはボートの上から何度も何度も何度も何度も大きく手を振った。
今日も今日とてサメ日和。よろシャーク。

ぬまぐち・あさこ 1980年生まれ。東海大学海洋学部を卒業後、
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