【BOOKS】原 聖 著/『ケルトとは何か』◎澤一澄

ケルトを通して、文化とは何かを探る

「幻の民ケルト人」というテレビドキュメンタリーが、1987年イギリスBBCによって制作、放送された。同じ年、日本のNHKでも放送され、日本になじみのなかったケルト人が描かれた。 
 番組ではケルト人はヨーロッパ最古層の民族と紹介。ローマ帝国以前の遺跡から発掘された黄金の出土品。そこに描かれた不思議な渦巻模様。アーサー王伝説などの英雄や魔法使い、女神たちが織りなす美しく幻想的な伝説。現代のアイルランド、スコットランドやウェールズ、フランスのブルターニュで、使う人がわずかになったケルト語系の言語。 
 学術的というよりもロマンに傾いた内容だった。この番組の音楽を担当したアーティスト・エンヤは、のちにアルバム「ウォーターマーク」をヒットさせて、「ケルトの歌姫」「癒やしの歌声」と呼ばれた。 

 だが歴史史料によると、ケルト人とよばれる人々は、紀元前6世紀年頃のイベリア半島から中東欧に登場し、紀元4世紀頃には姿を消している。その後一千年余り、アーサー王にまつわる物語群が人気だった中世にも、ケルトという言葉はヨーロッパの文献史料にはまったく姿を現さず、語られることもなかったという。ケルトの伝統といわれたものは16世紀から18世紀の民族復興のために作られたものが多い。現在、アイルランド、スコットランド、ウェールズ、ブルターニュの人々を古代ケルト人の末裔というのは、かなり無理がある。 

 近代、アイルランドやスコットランドだけでなく、イングランドやウェールズ、フランス、ドイツなどの各地で、自分たちの民族の起源を探る動きが起こった。これはケルトだけではない。各地に残る伝承を集める活動が盛んになった。ジェームズ・マックファーソンが、農民の伝承から発見したとする古代アルバの王の物語『オシアン』もそのひとつ。フランスの民族的団結をめざしたフランス皇帝ナポレオンは、この物語の熱烈なファンだった。 

 ケルトとは何かを探究することは「文化」とは何かを探究することに通じる、と著者は言う。ヨーロッパで確立している学問分野が「ケルト学」だ。ドイツやフランスには「ケルト学科」が設置されている大学がある。自分たちのルーツへの思い込みや民族主義のイデオロギーを排して、「ケルトの実像」の探究が進んでいる。 
 このケルト学の中心は、歴史学でも人類学や考古学でもなくて言語学。文化の核心を言語に求める。言語は古代から時代によって変化しつつ、生きている。ケルト諸語に分類される言語を使用していた地域「古代ケルト諸語圏」は、古代ケルト人の住んでいた地域よりずっと広い。今の西欧と東欧、トルコの中央部、スペインの南西、それにブリテン諸島。 
 この広い範囲でさまざまな民族が交流するために使っていたのが、古代ケルト諸語ではないか、というのがケルト学の考えだ。かつてケルト諸語が使用されていた地域を「ケルト文化圏」と呼ぶことができる。そこでは、ケルト諸語間に共通する神話や民族起源の伝承などを見つけることができるため、文化的な交流や人的な移動があったのだろう。 

 このかつての「ケルト文化圏」において、現代も使われている言語はアイルランドではエール・ゲール語、スコットランドではアルバ・ゲール語、ブリテン島に近いブルターニュではブレイズ語、ウェールズではカムリー語。すべてマイノリティーの言語である。21世紀にユネスコがこの世紀の課題として文化的多様性を掲げたように、こうした言語の復活こそ、多様な文化のあり方を問い直すものとなるだろう。 

 民族研究から同系統の民族の一体化を唱えることは、同系統の民族の国への優越性の自負とナショナリズムの愚行に進み、民族の多様性を排除することが過去に行われてきた。文化は混ざり移転する――明確なのは、どこの民族でも、固有で、純粋な伝統文化などというものは存在しない、ということ。 
 民族とはなにか? 広い地域でのそれぞれの民族同士のゆるいつながりと交流を掘り起こし、同時にさまざまな小さな地域の人々が自分たちの文化を知る。そしてお互いに親和する。このようであってほしいと願っている。 

ケルトとは何か

原 聖 著  

講談社選書メチエ 2090円(税込) 

原 聖

はら・きよし 1953年、長野県生まれ。東京外国語大学卒業、一橋大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。女子美術大学芸術学部教授を経て、現在、女子美術大学名誉教授。専門は近代言語社会史。著書に『周縁的文化の変貌』(三元社)、『〈民族起源〉の精神史─ブルターニュとフランス近代』(岩波書店)、『興亡の世界史 ケルトの水脈』(講談社学術文庫)、『ケルトの解剖図鑑』(エクスナレッジ)、訳書にピーター・バーク『近世ヨーロッパの言語と社会─印刷の発明からフランス革命まで』(岩波書店)ほか。 

澤 一澄

さわ・いずみ 1968年、神奈川県生まれ。東海大学大学院博士課程前期修了。専攻は中世アイスランド社会史。出版社勤務を経て司書。公共図書館・博物館図書室・学校図書館勤務のあと、現在介護休業中。アイスランドに行きたい毎日。写真は、今は亡き愛犬クリス。 

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