人間が絶滅させた北半球のペンギン
人間が南半球でペンギンを発見する前、北半球でペンギンと呼ばれた鳥がいた。北大西洋を中心に生息していた渡り鳥、オオウミガラスだ。南半球のペンギンとは種が違う。ペンギンと同じく白と黒の羽毛で、海を自在に泳ぎ餌を採る。翼は海中に適応したためか小さく飛ぶことはできない。年1回の繁殖期を岩礁などの陸地ですごす。1回で生まれる卵は、およそ1個だったという。19世紀半ばに絶滅。このオオウミガラスの絶滅は、人間が他種を絶滅させた初めての事実の一つだった。
北大西洋北部を中心に、北欧とイギリス沿岸、北大西洋対岸のカナダ沿岸には、オオウミガラスの骨や羽根が遺跡とともに残っている。北大西洋の島国アイスランドは、夏には渡り鳥の島になる。アイスランドの人々は豊かな海に食料を求めた。羊ほどの大きさのオオウミガラスの肉は人々を養った。オオウミガラスの繁殖地は、海から船をつける浜辺もない切り立った高い岩礁にある。何人もの経験ある猟師たちが取りくむ危険な猟だった。アイスランド出身で環境人類学者の著者のギースリ・パウルソンは少年のころ、鳥の卵集めに夢中だったという。
14世紀末から16世紀半ばにかけての大貿易時代、ヨーロッパ人によって大西洋ほかの航路が確立し、船での大量輸送がはじまった。生物学者または博物学者は、遠い土地の見たことのない動植物に惹きつけられ、剝製や標本にして収集することに熱中していた。博物館のはしりだ。なかでも学者たちを惹きつけたのは鳥だった。そのなかにはオオウミガラスもいた。
アイスランドでは、オオウミガラスは学者の研究用と生活物資用の商品になってしまった。たくさんのオオウミガラスを殺して、学者の要請より体や卵を剝製にしたてて売る。羽毛は羽根布団に、豊富な油は燃料にと大量に売る。やがてオオウミガラスの激減が知られるようになった。
1858年、2人の若いイギリス人博物学者がアイスランドへやって来た。ジョン・ウォリーとアルフレッド・ニュートン。目的は、研究用のオオウミガラスの体と卵、剝製などを手に入れるため。ウォリーとニュートンは南西部の半島レイキャネスの集落に滞在した。オオウミガラス猟の経験豊富な猟師たちを尋ね歩いて猟の様子などを記録に書きとどめた。だが、2人が本当に知りたかったのは、最近のオオウミガラス猟はいつだったか、最後にオオウミガラスを見たのはいつか、だ。なかなか確かな情報は得られなかった。オオウミガラスの羽根や骨が道端に転がっていても、オオウミガラスはどこにもいない。だが、1844年ごろの猟でオオウミガラスのつがいを狩ったのが最後だった、と聞きだすことができた。後世、重要となる記録を持って、2人はアイスランドから去った。ウォリーはその翌年に亡くなった。
化石などから生物が絶滅することは知られていた。だが絶滅や数の増減などは、神と自然の行いであって、人間のせいによって起こるとは夢にも思われていなかった。同じ時期、生物学会は進化論で沸いていた。ニュートンは進化論を支持していたものの、あらゆる出来事は自然に従って起きるというダーウィンの運命論は拒否していた。ニュートンは、オオウミガラスの記録から人間による生物の絶滅という事実を提起した。オオウミガラスがもし何羽か生きのびていたとしても、人間によって絶滅に追いやられた「過去の種」であることは間違いない、と言う。「この絶滅ということに関して、私の考え方は悲観的すぎるということもできるかもしれない。……たぶんその通りだろう。しかし、人間が正しい道を進むならば、死に向かいつつある多くの種を救う時間が残されていると信じている」
ニュートンの、人間による種の絶滅の事実は環境保護や動物保護に大きな影響を与えた。絶滅によって失われるものは、種や生物多様性だけに留まらない。生物の暮らしそのものだけでなく、野生個体群の生息地、未来の自然の可能性など、あらゆるものが失われる。
人新世とも呼ばれる今、人間による他種の絶滅を起こさないことが、人間の生存への道にもつながるのだ。

アイスランド出身。人類学者。オスロ大学教授を経て、アイスランド大学人類学名誉教授。研究分野は環境人類学、漁業コミュニティ、絶滅研究そして北極圏文化。マイアミ大学から海洋科学のローゼンスティール賞受賞。
うえだ・かずおき ペンギン会議研究員(創設メンバー)。國學院大學文学部史学科卒業後、ドイツ・ボン大学の大学院で軍事史を学ぶ。40年以上ペンギンの調査・研究・保全活動を続ける。国内の多くの動物園・水族館の監修を手がける。『ペンギンの世界』『ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』など著書も多数。『生きもの地球紀行』『ダーウィンが来た!』『ワイルドライフ』『どうぶつ奇想天外!』『わくわく動物ランド』『皇帝ペンギン』『ハッピー フィート』などテレビや映画の監修も務める。
ぬまた・みほこ 東京都出身。翻訳家。会社勤めを経てニュージーランドのオタゴ大学へ大学院留学。コガタペンギンの繁殖行動や野鳥の薬物代謝能などを研究した経験を持つ。訳書に『ペンギンもつらいよ』(青土社、共訳)などがある。

さわ・いずみ 1968年、神奈川県生まれ。東海大学大学院博士課程前期修了。専攻は中世アイスランド社会史。出版社勤務を経て司書。公共図書館・博物館図書室・学校図書館勤務のあと、現在介護休業中。アイスランドに行きたい毎日。写真は、今は亡き愛犬クリス。
バックナンバー

