図書館は、なぜ山に入ったのか
修行者は道を求めて、下界の世俗から離れ、山に入る。著者で司書の青木海青子さんは、下界で身も心も押しつぶされそうになり、キュレーターで考古学者の青木真兵さんといっしょに、山奥の奈良県東吉野村に分け入った。精神障害を抱えながら、自宅に人文系私設図書館ルチャ・リブロを開いて、もう十年になる。
街の図書館はだいたい、交通の便が良く人を集めやすいところに建てられ、行政が管理しやすいシステムで運営される。ルチャ・リブロが山にあるのは、人を締めつける国家や行政などのシステムから逃げるため。同じようにシステムの締めつけから離れたい人に出会うため。そして、システムと闘うための砦となるため。
ジャネット・ウィンター著の絵本『バスラの図書館員 イラクで本当にあった話』(晶文社)。イラク最大の港があり長い歴史を持つ都市バスラで、2003年のイラク戦争のとき、図書館員のアリアさんが図書館蔵書を守るために力を尽くした実話が元になっている。アリアさんは蔵書の保護を当局に提案したが、相手にされなかった。友人や近所の人々に呼びかけて蔵書を図書館から避難させ、三万冊もの本を守ることができた。『バスラの図書館員』にはアリアさんの言葉としてこう書かれている。「図書館の本には、私たちの歴史が全部つまっている」。国や政府が図書館の蔵書を守らず、蒼生(民衆、民草)の人々が守った。図書館は民のもの、民主主義の砦。「図書館は蒼生に帰する」。著者のこの信念が、私設図書館ルチャ・リブロの根になっている。
著者は「時の権力に迫害される者、また現世に居場所を見出せない者は、山に分け入る」と言う。韓国の済州島[チェジュド]で1948年に起こった、アメリカ軍政と南朝鮮李承晩政権による島民弾圧虐殺事件(済州島四・三事件)。島民たちは山へ逃げ、島の中心にある高山、漢拏山[ハルラサン]へ入った。四・三事件についての個人の語りを記録した本『家[チベ]の歴史を書く』(朴沙羅著、ちくま文庫)にも、当時の済州島では「山に行く」とは「抵抗」を意味していたとある。
ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエルによるガザ侵攻、日本国内での軍備増強など、戦争の影が濃くなる世界情勢。それを受け、ルチャ・リブロ運営陣は「ルチャ・リブロ研修旅行」として、各地の平和記念館や資料館を訪ね、被害と加害の歴史を見るなど、戦争について知ろうとしていた。
著者は戦争と社会について自分の言葉で語りたいと、2024年12月、ルチャ・リブロで「戦争と平和を考える会」第一回を開催した。発表者は著者。テーマは「『戦争状態』としての日本の精神医療を考える」。戦争について学ぶうちに、戦争とは銃弾の飛び交っているところだけで起きているものではない、と考えるようになった。国や組織などのシステムが目的に向かって突き進むなかで集団の論理が優先され、その論理からはみ出したり、目的遂行のスピードを鈍らせたりする個人が切り捨てられていく状態、つまり「銃弾が飛び交う戦場ではないけれど、戦争中のように切り捨てられる人がいる状態」、これも「戦争状態」ではないか、と述べた。
だったら「戦争状態」を止める「撤退」はどうしたらできるのだろう。今の日本では、多くの人が〝普通〟と思い込んでいる状態から外れて、未婚でいたり定職に就けなかったり中途退職や休職中といった状態にいる。この人たちは、国や行政のシステムから外れることになり、生存へのリスクにさらされかねない。行政支援はシステムから〝外れ〟た人を、できうる限り〝普通〟のシステムへ戻すこと、つまり戦場に復帰する方向に人をもっていくことが目的だ。それが人の「撤退」を困難にしている。最終的なセーフティーネットは家族しかない。だが家族とて、どうしようもない場合は山ほど在る。
この国の社会システムは、今でも戦争に兵士を供給するのと同じだったのか。多くの人が「戦争状態」にあるという公然の秘密を著者は断じた。精神障害のため、システムから切り捨てられた著者だから言えることだ。山奥から、苦しみながらも発せられたメッセージは重い。

あおき・みあこ 1985年、兵庫県生まれ。人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書。約6年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともに奈良県東吉野村にルチャ・リブロを開設。青木真兵との共著に『彼岸の図書館――ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト1~6』(エイチアンドエスカンパニー)、単著に『本が語ること、語らせること』(夕書房)、『不完全な司書』(晶文社)がある。

さわ・いずみ 1968年、神奈川県生まれ。東海大学大学院博士課程前期修了。専攻は中世アイスランド社会史。出版社勤務を経て司書。公共図書館・博物館図書室・学校図書館勤務のあと、現在介護休業中。アイスランドに行きたい毎日。写真は、今は亡き愛犬クリス。
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