『ぐりとぐら』を描いた作家の素顔
中川李枝子さん、山脇百合子さん姉妹と縁の深かったスタジオジブリの「三鷹の森ジブリ美術館」では、2025年11月から27年5月までの長期にわたり、山脇さんの仕事部屋を再現した企画展が開かれている。
実際に使っていたパレットやスケッチブックなどの道具類から、多数の作品(展示品は原画ではなく基本的に複製とのこと)や制作資料、約2000冊の蔵書、友人・知人とやりとりしたおびただしい数の手紙や趣味の手芸作品、子どものために手作りした時間割や孫に描いてあげたぬり絵など、温もりの感じられる品々が所狭しと並ぶ。絵本作家・挿絵画家として、母として過ごしてきた道のりが一望できるような密度の濃いスペースで、物量と情報量に圧倒される。
企画展と並行する時期に静かに世に出たのが、自身の歩みを振り返ったこの小さな一冊『絵本と子どもと歩いた日々』だった。これまで山脇さんがインタビューに応じる形で、創作活動や生い立ちに関して語ることはあっても、まとまったものはまだなかった。子どものころ好きだった本のこと、父や母のこと、子どもの本の画家となってから、三人の子どもたちの子育てについてなど、心に残る思い出をありのままに綴る。穏やかで飾らない文章は山脇さんの人柄をそのまま表している。
本書は過去にさまざまな媒体に発表された記事を丹念に集めたもので、さらに2018年9月に編集部があらたに著者にインタビューを行い、著者による加筆・訂正が行われたことが、巻末に編集部注として記されている。山脇さんが亡くなられたのは2022年9月だったから、本書はずいぶん前から企画されたものだったのだろうか。
18×14cm・総96ページと小ぶりの本ながら、さすが子どもの本の出版社として定評のあるのら書店らしい、隅々にまで神経の行き届いた美しい一冊となっている。製本は180度開いてもしっかり見開きの状態を保つ、丈夫な糸かがり綴じ。山脇さんの親しみやすい語り口と、ページを開くと次々にあらわれる動物や子どもたちの姿がなんとも魅力的で、一つひとつの絵をじっくり味わいながら読み進めることができるのが何よりうれしい。
挿絵はどれも、同社から刊行された山脇さんの著作や出版目録用に描きおろされた絵のなかから選ばれたそうで、なんという作品の絵なのか想像したり、該当のページを探し出したりするのも楽しい。限られた素材でこれだけ完成度の高い作品を生み出せるという、お手本のような本ともいえる。
山脇さんの描く動物や登場人物たちは愛らしく素朴で、生活のなかからごく自然に生み出されたかのように見える。けれど本書を読むと、それらはいずれも地道な努力の賜物だったことがわかる。〈絵を描くときに気をつけていることは、言葉に忠実であること、独りよがりにならないことです〉と、山脇さんは述べている。そのために、登場する動物を必ず写生しに行き、お話に登場するものは何でもひととおり実物を見てスケッチする。絵を専門に学んだことはないのだが、高校三年生のころからすでに雑誌「母の友」に挿絵を描いていて、『いやいやえん』の単行本が石井桃子さんの編集で出ることになったときがまさに自分の画業修業だった、というエピソードにはただただ驚かされる。
絵本のなかでも名作とよばれる作品の寿命はじつに長く、1960~70年代に出た本が初版当時の姿のまま、現在も変わらずベストセラーや人気ランキングの上位に入っていたりする。『はらぺこあおむし』『アンパンマン』『ねないこ だれだ』『からすのパンやさん』……。『ぐりとぐら』ももちろんそのひとつである。

山脇百合子 著/のら書店編集部 編
のら書店 2200円(税込)
山脇百合子[やまわり・ゆりこ] 1941年東京生まれ。上智大学外国語学部フランス語科卒業。実姉・中川李枝子氏との作品に『いやいやえん』『ぐりとぐら』『そらいろのたね』(以上福音館書店)、『たんたのたんけん』(GAKKEN)、『三つ子のこぶた』『けんた・うさぎ』『こぎつねコンチ』(以上のら書店)など。絵を手がけた作品に『きょうのおべんとうなんだろな』(作・きしだえりこ、福音館書店)、『あひるのバーバちゃん』(作・神沢利子、偕成社)などが、作絵を手がけた作品に『そらをとんだけいこのあやとり』(福音館書店)、『やまわきゆりこのあかちゃん日記』(のら書店)などがある。

三鷹の森ジブリ美術館での企画展示の公式図録
企画 三鷹の森ジブリ美術館/スタジオジブリ『山脇百合子の仕事部屋 ごちゃごちゃから見えるもの』(KADOKAWA、2026年)
まつなが・ゆいこ 1967年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。千代田区・文京区界隈の中小出版社で週刊美術雑誌、語学書、人文書等の編集部勤務を経て、 2013年より論創社編集長。

