【BOOKS】田中栄 編/『整形外科――生活の質を支える』◎松永裕衣子

自覚しないうちに始まる運動器疾患

 整形外科は、現代では最もポピュラーな診療科のひとつといえる。生涯のうちに多くの人が悩まされる腰痛や関節痛は、もはや国民病となっている。 
 編者の田中栄医師によると、欧米で整形外科医といえば手術専門であるのに対し、骨粗鬆症や変形性関節症などの保存的治療を整形外科医が行ってきた経緯もあり、日本の人口当たりの整形外科医数は多いのだという。また出版不況のなかでも、著名な整形外科医や柔道整復師らによる健康本の刊行は好調で、ベストセラーも少なくない。にもかかわらず、なぜ患者数はいっこうに減らず、痛みや痺れもなくならないのだろうか。 

 本書は脊椎、関節(肩・手と手指・股・膝・足と足趾)、スポーツ外傷とスポーツ障害、炎症性疾患、こども・大人・高齢者の骨折、骨粗鬆症、ロコモティブシンドローム、こどもの整形外科、さらにはがんの骨転移まで、15名余の専門家が「読者にとって本質的な視点を届ける」ことを主眼にまとめられたもので、新書の特質を活かし、最新の知を含む専門的な内容を平易に伝える役割を担っている。 

 近年、日本でとくに増えているのは骨粗鬆症による骨折、変形性膝関節症などの関節症、変形性脊椎症、脊柱管狭窄症、サルコペニアなど、加齢にともなうさまざまな運動器疾患である。2022年に発表された研究によると、これらの疾患の四十歳以上の有病者数は、推計で骨粗鬆症が1590万人、変形性膝関節症が2530万人、変形性股関節症が1200万人、変形性腰椎症が3790万人、腰部脊柱管狭窄症が610万人、サルコペニアが370万人、となっている。この四十歳という年齢に大きな意味がある。その時点で、本人はまだ自身の衰えをほとんど自覚していないからである。 

 高齢期に顕在化してくる運動器の疾患は中年期から知らないうちに始まっていて、症状が強くなってから気づく。〈高齢期になって、「足腰が衰える」ことはみなさんもよくご存じかもしれませんが、この「足腰が衰える」の中身について、よくご存じの方は少ないのではないかと思います〉と語るのは、11章「ロコモティブシンドローム」の著者・大江隆史医師である。ロコモティブシンドローム(ロコモ、運動器症候群)とは、「運動器の障害のために移動機能の低下をきたした状態。進行すると要介護のリスクが高くなる」と定義されている。ロコモがすでに始まっている状態とされる「ロコモ度1」に、三十代で20%近くの人が該当するとは、おそろしい現実である。 

 整形外科医とがん診療医との連携を呼びかける、最終章「『がん』と整形外科」の河野博隆医師もまたロコモの問題に着目する一人である。がん時代の運動器診療に求められるのは「がんを治す」ことではなく、がん患者が「動ける」状態の維持と改善だ、と語る。最後まで自分らしい生活を送るためにも、がん治療を継続するためにも動けるということがいかに重要か、あらためて現場の医師たちの痛切な言葉から学びたい。 
 予防医学と並び、整形外科のもう一つの大きな柱である「リハビリテーション」について編者は、別の独立した一冊としてまとめたいと最後に書いている。長年痛みに苦しんできた患者のなかには、今度こそはと一縷の望みを託し整形外科の門を叩いても、リハビリで思うような効果が得られず、途中であきらめてしまう人も少なくない。そうした人々の治療の指針となり、長く信頼のおけるバイブルとなるような続刊の刊行を心待ちにしている。 

整形外科――生活の質を支える』 

田中栄 編
岩波新書 1056円(税込) 

編者略歴

田中栄[たなか・さかえ]  1962年生まれ。1987年東京大学医学部医学科卒業、1996年東京大学大学院医学系研究科修了。1993-95年Yale University School of Medicine, Postdoctoral associate。2008年、東京大学大学院医学系研究科外科学専攻整形外科学准教授。2012年より東京大学大学院医学系研究科外科学専攻整形外科学教授。2023~26年、東京大学医学部附属病院病院長。専門は骨代謝,関節外科。主な編著書に『標準整形外科学』『整形外科レジデントマニュアル』(ともに医学書院)など。

松永裕衣子
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「歩けるうちは、人は死なない」と語る、元外科医・緩和ケア医によるベストセラー。 萬田緑平『棺桶まで歩こう』(幻冬舎新書、2025年) 

まつなが・ゆいこ 1967年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。千代田区・文京区界隈の中小出版社で週刊美術雑誌、語学書、人文書等の編集部勤務を経て、 2013年より論創社編集長。

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