どんな時間と経験が、この人たちをつくってきたのか
一見華やかに見えても傍からはうかがい知れぬことも多いのだと、その人の言葉にふれてはじめてわかることがある。これは女性の社会進出がまだめずらしかったら時代から、第一線で活躍してきた女性たちに、人生の転機となった出来事や心に残る思い出について語ってもらったもので、各界27名のインタビューが収められている。雑誌『暮しの手帖』に2015年2月から2024年4月まで、九年にもわたる連載を集めた貴重な記録である。
できるだけ本人の言葉通りに聞き書きをするよう心がけた、とあとがきで著者の岡野さんが述べているように、全体にみごとなまでに自然な流れの語り下ろしとなっている。じっくり相手の話を聞き、その人自身の言葉を使ってていねいに文章をまとめる。一人につきそれぞれ前編・後編6ページずつという分量も長すぎず短すぎず、インタビュー集というよりはゆったりとエッセイを読んでいるような感覚だ。
トップに登場するのは、医師で宇宙飛行士の向井千秋さん。〈宇宙から見る景色は壮大で美しいものだけれど、振り返ってみれば、それを見たことで私自身が大きく変わった、ということはなく、私の人生観を変えた「あの時」はむしろ、宇宙に行く前、飛べなかった時代にあるような気がします〉と語る。宇宙飛行士候補となった翌年に発生したチャレンジャー号の爆発事故によって、三年近くシャトル計画が中断された影響もあり、向井さんが実際に宇宙に行くまでに、じつに九年もの月日が流れていた。
その間、向井さんは研究者たちのもとを訪ね歩き、無重力の宇宙で行う実験のプランを組み立てていく。好きなことを探究し続けてきた人の話を聞いていると、こちらもどんどん興味が湧いてくる。訓練とはいえ、本当に楽しい時間だった、と。
料理家のパイオニアである辰巳芳子、鈴木登紀子や平野レミ、ウー・ウェン、女優の黒柳徹子、若尾文子、中村メイコ、渡辺えり、倍賞千恵子、音楽界から湯川れい子と大貫妙子、日本人女性初の報道写真家・笹本恒子や石内都、世界的バレリーナの森下洋子と吉田都、作家の中山千夏、神沢利子、伊藤比呂美、西巻茅子、角野栄子……。他にも登山家の田部井淳子、衣装デザイナー黒澤和子、医師の海原純子、国連事務次長の中満泉、研究者の田嶋陽子、元厚労省事務次官の村木厚子(いずれも敬称略)と、錚々たる顔ぶれが並ぶ。
どの文章にも印象に残るひと言があり、歩んできた人生のシーンがあざやかに目に浮かぶ。その人が何を大切にしているのか、どんな時間・どんな生き方がその人を形づくってきたのか、いまも人生を支えているものは何か。
〈とにかく、続けたい。私はあまり目標を持ちません。バレエを続けることで、あたたかい愛をお届けしたい〉と語る森下洋子さん。〈愛されたという記憶が、生きる糧になる〉と、渡辺えりさん。〈自分が正解だと思い込んでいることに、あまり固執しないほうがいいんじゃないかしら〉というのはウー・ウェンさん。〈(紛争地域では)どこにでもいるようなおばあさんや青年たちがときどき見せる人間の偉大さ、素晴らしさに触れた経験が大きかった〉と語る中満泉さん。〈戦争に翻弄され、怯え、逃げ惑い飢えて病む。もう二度と、ああいうことは嫌なんです。ユニセフを続けてきた原点に、その思いがあるのは確か〉と黒柳徹子さん。湯川れい子さんの、若くして戦死した音楽好きの長兄の思い出もしみじみと胸を打つ。
決して平坦ではない道のりを歩んできた先達の言葉は飾り気がなく、まるで友人同士のおしゃべりを聞いているような穏やかな味わいがある。けれどみな、人生を切りひらくため、世の常識からも自らの過去からも自由に解き放たれて、いつでも自ら行動を起こしてきた人々だ。27人分の人生にこんなふうに深く、しかも思いがけず軽やかな形でふれることができるのは幸運だと感じる。シンプルな言葉に込められた思いをひとつの指針として大切に受け止めたい。

おかの・たみ 1973年北海道生まれ。編集者、ライター。2000年よりフリーランス。『Casa BRUTUS』をはじめ、主に雑誌媒体で建築やデザイン、生活文化をテーマにした誌面作りと記事の執筆を行う。継続して取り組んでいる仕事に、2008年から続く『BRUTUS』の特集・居住空間学、『暮しの手帖』での連載「あの時のわたし」など。インタビュー多数。写真家・永禮賢との共著に『The Tokyo Toilet』(TOTO出版、2023年)。
まつなが・ゆいこ 1967年東京都生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。千代田区・文京区界隈の中小出版社で週刊美術雑誌、語学書、人文書等の編集部勤務を経て、 2013年より論創社編集長。