四方八方を海に囲まれた日本では、古くより海と付き合い、さまざまな恵みを受け取ってきた。日本の国土は約38万平方キロメートルで世界61位の小さな国であるが、排他的経済水域と領海を含めると約447万平方キロメートルとなり、世界6位となる。その海には、多くの可能性が秘められており、人類の未来を救う可能性があるという。東海大学海洋研究所所長の平 朝彦さんに聞いた。
いまなぜ南鳥島なのか?
――いま東京都小笠原村の南鳥島が、レアアース(※)と核廃棄物の最終処分場候補地という2つの面で注目を浴びていますね。なぜ南鳥島なのでしょうか。
南鳥島には、我々の住んでいる国土とまったく違う、地質学的に見ると長期間非常に安定した国土があります。周辺の海洋底も安定していて、しかもその海洋底は広範にわたって未利用のままなんですね。

――我々の住んでいる国土とまったく違うというのは?
地球の表層は、移動する十数枚のプレートと呼ばれる厚い岩盤で覆われています。日本列島の周辺には、北米プレート、ユーラシアプレート、フィリピン海プレート、太平洋プレートの4つのプレートがあるという話を耳にしたことがあるのではないでしょうか。
プレートがぶつかって沈み込む場所では、火山が噴出したり、巨大地震が発生したりします。日本で火山活動や地震活動が活発なのは、この4つのプレートがせめぎ合っているからですね。
さらに、プレートには陸地を構成する大陸を含む「大陸プレート」と、海底を構成している「海洋プレート」があります。地球表層を覆う十数枚のプレートのほとんどは「大陸プレート」なのですが、太平洋プレートは地球最大の「海洋プレート」で、すべてが海洋底です。
太平洋プレートには、境界部の中央海嶺やマグマによる火山活動が起きているホットスポット(例えばハワイ諸島)がありますが、海溝を除く中心部分では、地殻変動も地震もなければ、火山活動もありません。ですから、とにかく地盤が安定している。その太平洋プレート上にある唯一の日本の領土が南鳥島なのです。
※レアアース 日本語で「希土類元素」と呼ばれる。スカンジウム、イットリウム、ランタノイド系列など17元素の総称で、超伝導、強磁性、触媒、光学、蛍光などさまざまな特性を有するハイテク産業に欠かせない鉱物資源。
採れるレアアースは超高濃度かつピュア
――そんな場所でレアアースが採れるとなると、鉱物資源が少ない日本にとっては朗報ですね。でも実際に産業として使えるような量が採れるのですか?
資源量がどのくらいかはここでは言及できないのですけれど、南鳥島周辺の海洋底には中国の陸上鉱山の5倍以上のレアアース濃度を示す粘土層が存在していることがわかっていますから、十分に産業化に値する量はあります。
レアアースを高濃度に含む泥を「レアアース泥」と言いますが、2026年2月にJAMSTEC(海洋研究開発機構)が保有する地球深部探査船「ちきゅう」によって、南鳥島周辺の深海底からレアアース泥が採掘されました。これは、内閣府のSIP(※)「海洋安全保障プラットフォームの構築」プログラムが推進してきたことです。
※SIP=戦略的イノベーション創造プログラム
それを船上に引き揚げて清水港まで持ち帰ることにも成功し、成分分析も行われています。商業利用に向けた開発プロジェクトも着実に進むことが予想され、これが成功すれば5年先ぐらいには実現しているかもしれません。
――十分な量は採れたとしても、放射性物質を含んでいるため、日本で精製して利用するのは難しいという話も聞いたことがあります。
超高濃度のレアアース泥は、水深5000〜6000mの海底面下の非常にゆっくり(1000年で数mm)堆積した地層中に存在しているんですね。
3500万年前ぐらいに海洋環境変動があって、ハダカイワシのような中深海魚が大量発生しました。その化石(歯や骨)にレアアースが吸着した特殊な生成の仕方をしているため、放射性物質をほとんど含まないピュアなレアアース資源なんです。ですから単純に言うと、泥さえ採掘できれば、あまり複雑な精錬工程を経ずともレアアースが精製できます。
じつは現在、南鳥島の周辺ではレアアースだけでなく、海洋プレートの特性を活用して、人類が直面している危機的な課題を解決していくためのプロジェクトが始まっているんです。
待っているのはディストピア化した未来!?
――危機的な課題というと気候変動の問題とかでしょうか?
いちばんは地球環境の危機ですね。人類の未来を考えたときの最大の脅威は海面の急上昇なんですよ。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった人新世の時代となり、大気中のCO2(二酸化炭素)の濃度は急激に上昇しています。
西暦3000年までのCO2濃度、気温、海面上昇をシミュレーションしたデータを見ると、いずれも減少しないんです。高くなってしまった後では自然のサイクルで元に戻すことは無理なんですよ。ですので、今CO2の排出を実質的にストップさせても、気温を数百年程度の時間で下げることはできないでしょう。
このまま気温上昇が続いていけば、氷河期から残ってきた南極西部とグリーンランドの氷床が雪崩のようになって流動崩壊する。それによって5~7mもの海面上昇が起きます。それも、ゆっくり上昇するのではなく、数十年間で数mといったものすごい急上昇が起こる可能性が高いんです。
それが起こってしまうと、おそらく10億人を超える人類が住む土地を失って、気候難民、海面上昇難民となり、さまよう事態になる可能性があります。そんなことが、早ければ200年後の2200年代に起こるかもしれません。
一方、世界中で人々の経済格差は進んでいます。一部の超富裕層とそうではない人とで貧富の差がますます開き、絶望的な格差社会になりつつあります。
海面上昇が起こったとき、富裕層の人たちはどこへでも逃げることができますけれど、それ以外の人々はそうはいきません。膨大な数の人々が難民になったら、社会活動や経済活動の支え手である市民がいなくなってしまうわけですから、文明が崩壊する危険もあるわけです。

――私たち人類が招いた結果とはいえ、そう考えると気持ちが暗くなっていきます。
2022年に出した拙著『人新世―科学技術史で読み解く人間の地質時代』(東海大学出版部)では、地球との共生を目指した「アースソサエティ3.0」というビジョンを提唱しました。けれども地球の状況はそのときよりもさらに悪化しています。2030年ごろを転換期として、その先に待っているのはディストピア化した未来でしょう。
ですから、何かしらの手立てを打たなくてはいけない。そのときに最も有望かつ有効なのが、人類に残されたフロンティアである海洋プレートの利用なんです。
海底の海山を活用すれば大気中のCO2が減る?
――具体的に、海洋プレートはどのようなことに利用できるのでしょうか?
CO2の回収と封入ができますし、⾼レベル放射性廃棄物の処理、それから水素を発生させることもできます。
――そんなことができるんですか!? でも、なぜ?
海洋プレートはすべてが安定した海洋底と言いましたが、真っ平なわけではなく、たくさんの「海山」があってデコボコしています。海山とは、要は昔の火山ですね。今からおよそ1.2億年前の白亜紀に非常に活発なマントルの活動があって、たくさん火山ができました。そのマントル活動が収まって、太平洋プレートは、その下部を構成するマントルの「かんらん岩」と、海洋地殻そしてその土台の上につくられた海山・海台(巨大な台地状の火山)群を構成する「玄武岩」で成り立っているのです。
じつはこの玄武岩の中にCO2を圧入することができるんですね。CO2を入れると、それが玄武岩に含まれるカルシウムなどと反応して炭酸カルシウムなどを生成、岩石層の孔や隙間を埋めてしまいます。つまりは圧入したCO2を鉱物にして閉じ込めることができるわけです。
さらに、海水からCO2を回収する技術システムも確立されてきましたから、海から回収したCO2を巨大な海山に圧入することができる。海山も玄武岩でできていますからね。南鳥島の南方には、日本が排出するCO2の3年分の量が封入できる巨大海山があります。内閣府のSIPプログラムでは、この海山の調査が行われており、将来「ちきゅう」によって、地質を詳しく調べることが検討されています。非常に期待が大きいですね。
――海水からCO2を回収すると、大気中のCO2も減るのですか?
海中のCO2が減ると、減った分を大気から吸収するため、大気中のCO2も減少します。太平洋プレートは最大の海洋プレートですから、巨大海山・海台もたくさんあります。海山にいったん封じ込めれば、CO2はそこにずっと残りますので、世界で取り組めばCO2を地球規模で減らすことができるでしょう。
海の中で水素もつくれる!
――放射性廃棄物の処理場としても南鳥島が候補地としてあがっていますね。
マグマ活動が終焉し、今後、数百万~数千万年間は安定している場所であることを考えれば、ベストな場所だと思います。最終的には地中埋設ということになるのでしょうが、私が考えているのは、山の頂がテーブル状になっている平頂海山に、海上から「ちきゅう」のような掘削プラットフォームを用いてボーリングし、その掘削孔内部にキャニスターに入れた放射性廃棄物や廃炉からのデブリを埋設し処分していく方法です。
水深1000mぐらいの地点から、さらに1000mの深さの穴を掘り、完全ロボット化でキャニスターを入れていく。これなら安全に放射性廃棄物を処分できます。
原子力発電の将来計画の話とは別に、少なくとも今ある放射性廃棄物をそのままにしておくわけにはいきません。地球深部探査船「ちきゅう」の技術で、1000m程度は簡単に掘削できますし、使用済み核燃料がプールに貯蔵されているという事実を見ても、水は放射生物質に対する最高のシールドになります。海底下の岩石の中であれば、その中に含まれる海水がシールドになってくれるわけです。
――陸地に埋設するより安全性が高そうですね。さらに海洋底で水素もつくれるということですが……?
マントルを構成している「かんらん岩」は、水と一緒になると「蛇紋岩」に変わります。その際に水素を発生することがわかっていて、陸上のかんらん岩体に水を注入し、発生した水素を回収しようといった研究が米国などで進められているんですね。
じつは東海大学海洋研究所では、海底のかんらん岩体を使って行う「海底水素利用開発プログラム」(内田晴久教授担当)が立ち上がっています。
――マントルの上には玄武岩が広がっているということでしたが、かんらん岩を使うには、やはり掘削が必要になるのですか?
基本的には海洋プレートのマントルかんらん岩に到達するには、玄武岩を5~7kmほど掘る必要があります。ただ最近になって、海洋底にはマントルの岩石が直接露出している場所が数多くあることも、海上保安庁海洋情報部などの調査でわかってきました。実際、沖ノ鳥島の周辺には何ヵ所かで、差し渡し10km以上のマントル露出地帯があります。
東海大学工学部の源馬龍太研究室では、そこで採取したサンプルを使って、どのくらい水素が発生するかを実験しています。海底の現場では、水深3000〜4000mに露出したかんらん岩体に「ちきゅう」でボーリング孔を掘り、水を注入して水素の発生量を確認する初期調査をできるだけ早く実施したいと思っています。
水素は利用するときにCO2を出しませんし、さまざまな分野で使うことができる次世代のクリーンなエネルギーです。それを海からつくろうとするプロジェクトが走り出しているわけです。

海洋プレートを人類共有の財産に
――いやあ、海がもつ可能性はすごいですね。
海の活用ということでは海洋都市をつくることもできます。たとえばインド洋に浮かぶ島国モルディブは国土の8割が海抜1m以下で、海面上昇による水没が危惧されてきました。そこで現在、政府主導で浮体式の海上都市建設が進められており、2027年までに人口2万人が居住できる水上都市の完成を目指しているそうです。
浮体式ですから、浮き桟橋のように下に係留さえしておけば、海面が上昇しても対応できるし、住宅だけでなく病院や公共施設、工場などをつくれば海洋都市として機能します。日本でも、生活可能な都市空間を海上につくろうとしているスタートアップ企業が浜松にあって、構想段階から計画段階に移行したそうです。モジュール化した海洋都市建設技術は、災害対応にとっても大きなポテンシャルがあるでしょう。
――海に浮かぶ都市が現実のものとなりつつあるわけですか! 気候難民や災害難民の受け皿にもなりますし、世界に広がればそもそも気候難民が出にくいですよね。
海上都市をつくる場所によっては、先ほどの海洋プレートを活用したCO2回収や水素エネルギーの産出もできるでしょう。人類が住める新たな空間としても海が使えるわけです。
――海洋プレートを使うことでCO2を減らせるし、水素はつくれるし、放射性廃棄物の問題も解決できる。新たな住空間も実現可能になっている。まさしく「海が人類を救う!」ですね。数年後には実現できそうなプロジェクトも進行していて、ディストピアな未来を変えていけそうな気がしてきました。
200年後の海面急上昇なんて関係ないと思うかもしれませんが、今の子どもたちが大人になる頃には、その危機が日常的な話題となっている可能性があります。我々の世代は無関係と思わず、次々世代のために意欲をもって取り組んでいかなければならないと思います。
海に囲まれた日本は、長らく海と共に暮らしてきた海洋国家です。だからこそ、まずは日本がリーダーシップを取って、海洋技術をはじめ、さまざまな科学・技術を使って未来の社会に向けた先進例を見せていく、実績をつくっていくことが大事ではないでしょうか。
地球深部探査船「ちきゅう」は、海底の掘削と調査において世界最高峰の技術をもっています。また、東海大学では、海洋を専門とする豊富な人材を輩出し続けています。海洋プレートは、人類共有の財産であり、世界の資源としてシェアしていけばいい。それはまさに、東海大学の創設者である松前重義先生の建学の理想そのものです。日本が率先して新たな海洋文明をつくって行きたいですね。

(構成・八木沢由香)
たいら・あさひこ 専門は海洋地質学、地球進化論。東京大学名誉教授。1970年東北大学理学部卒業。1976年テキサス大学大学院博士課程修了。高知大学、東京大学海洋研究所を経て、2002年から国⽴研究開発法⼈・海洋研究開発機構(JAMSTEC)へ。地球深部探査センター長、理事長を務め、2020年より現職。『日本列島の誕生』(岩波新書)、『地球の内部で何が起こっているのか?』(光文社新書)、『人新世―科学技術史で読み解く人間の地質時代』(東海大学出版部)など著書多数。

