【望星インタビュー】松前ひろみさん――ゲノムから見えるヒトの進化の歴史

生物の細胞内にあるDNAは、生物の遺伝に関わる物質で「生命の設計図」と言われている。近年の技術進歩により、DNAに含まれる遺伝子情報から、私たち人間の進化や歴史を解き明かすことが可能になっているという。では、私たち日本人は遺伝的にどのような特徴をもっているのだろうか。遺伝子情報と文化的背景から人類の進化を研究する松前ひろみさんに聞いた。

ゲノム解析でヒトの進化を読み解く 

――まずは、どのような研究をされているのかについて教えてください。

 生物がどのように進化するのかを主な研究テーマにしています。生物といっても、地球上にはいろいろな生物がいます。そのなかで私が研究対象としているのは私たち人間(ヒト)で、DNAを使ってヒトの進化メカニズムを研究しています。

――DNAを使った研究でどのようなことがわかるのでしょうか?

 ヒトの進化は長い時間を経ています。他の霊長類との共通祖先から分かれたヒトの祖先は、アウストラロピテクスや ホモ・エレクトスなどを経て、ホモ・サピエンスに至ります。それからネアンデルタール人などもいました。じつはこのネアンデルタール人と現在の人類であるホモサピエンスは、同じ時代にヨーロッパで共存をしていたことがあったんです。 

 ゲノム解析によると、この2種類の人類は非常に近い種であったことがわかっています。ゲノムとは、生物1個体がもつ全ての遺伝情報のことを言い、DNAという物質で構成されています。ネアンデルタール人のゲノムもすでに読まれているのですが、彼らがどのような人たちだったのかはよくわかっていない部分があります。  

 考古学の研究者によると、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスの文化はだいぶ違うようですし、体の形態もかなり違っていて、脳の容量はホモサピエンスよりも、ネアンデルタール人のほうがずっと大きかったことがわかっているようです。 

 けれども、脳の機能や認知能力はどうだったのか、どういう文化や行動様式があって、ホモサピエンスとの違いはなんだったのかはわかっていませんので、脳の専門家である共同研究者と遺伝子をもとに研究しているところです。 

アジアではDNAと民族集団の歴史との研究が進んでこなかった

――なるほど。ゲノムだけでなく文化の面も調べることで、過去の人類の様子を浮き彫りにしていくわけですね。現在、力を入れて取り組んでいる研究テーマはありますか?

 今はゲノムと文化の進化を組み合わせて、ヒトの歴史を明らかにしていきたいと考えていて、アジアをテーマにした研究を進めています。 

 なぜアジアをテーマにしたのかというと、ヨーロッパに関しては民族集団の祖先、つまり遺伝情報と文化の関係を定量的に調べる研究がたくさんあるのですが、アジアに関してはこれまで研究が進んでこなかったからなんです。 

 それには理由があって、言語の多様性という観点から、アジアはヨーロッパよりも文化の多様度がはるかに高く、分析が難しいため研究しづらかったんですね。それと、このような研究は、アジアよりもヨーロッパの方が盛んであることも理由の一つになります。 

 ですから、まだあまり研究されていないアジアを調べたいと思い、まずは北東アジアを対象にゲノムと文化との関係性を研究しています。  

――研究している北東アジアとは、どのあたりになるのですか?

 定義によって違うと思いますが、私が研究対象としているのは、日本、朝鮮半島、中国の北部、ロシアのシベリア一帯を指す地域です。ロシアは白人の国というイメージがありますけれど、シベリアにはさまざまなアジア系の先住民族が古くから住んでいて、アイヌ民族と似ている文化をもっている人たちも多いんです。 

 文化人類学では、日本の本州以南や韓国の文化は東アジア文化、北海道のアイヌ文化はシベリアや北極圏の文化に近いとされています。言語学的にみても、ヨーロッパと比べてこの地域には実に多様な言語が存在しています。 

 そこで、言語学や音楽学の研究者と一緒に言語や伝統的な歌の要素を定量化して調べてみた結果、ゲノムと言語の文法は北東アジアでもパターンが似ていて、言語のうち文法的な要素は人間と一緒に変化してきた可能性あることがわかりました。逆に言えば、語彙や音素などの言語の他の要素や歌は地域独自に変化していると考えられます。 

 北東アジアというマクロな地域から個別に見ると、ゲノムや文法の観点から、相対的に日本と韓国は類似性が高いということがわかりました。 

――やはり韓国と日本は近しいと。

 でもそれは当然のことだと思います。皆さんもご存じの通り、渡来系弥生人が朝鮮半島から渡来してきたのは明白ですから、ルーツ的に近いことは間違いありません。 

ヒトの進化の歴史からすれば「単一民族」はあり得ない!?  

――以前に、松前先生も出演されていたNHKの『フロンティア』という番組では、古代DNA解析から日本人のルーツを探っていくと、縄文人、渡来系弥生人のDNAだけでなく、古墳時代に入ってユーラシア大陸から多様な集団が入ってきて、現代日本人ができているということが紹介されていました。

 じつはその結論は今も議論の最中で、もう少し複雑だろうということがわかってきています。それと日本人のルーツという話をするときに、日本人をどう定義するかはちょっと気をつけないといけないでしょうね。 

 日本で生まれ育って、日本国籍をもっている方が日本人と考えている人がマジョリティだと思いますが、ご両親が海外出身の方であっても、日本で生まれ育って、日本国籍をもっている方はいますから。 

――確かにそうですね。日本は単一民族といった言葉が一部では聞かれたりもしますが、どこから来たのかをDNAの観点から見ると、さまざまな遺伝子が混ざり合っているわけですし、そもそも今の人類はみんなアフリカにいたホモサピエンスがルーツと言われていますよね。

 おっしゃる通りで、ヒトの共通祖先は約20万〜30万年前にアフリカで誕生したホモ・サピエンスで、彼らがアフリカを出て、世界中に拡散していき多様化して今に至るわけですね。移動してアジアの方に来た人たちもいれば、ヨーロッパの方に向かった人たちもいます。現在に至るまでの人類の長い歴史のなかでは、さまざまな集団のDNAが混ざり合いながら進化をし、網目状にヒトが関わってきたわけです。 

 網目状にヒトが関わってきたからこそ、DNAが民族を定義できるかというと、それはできません。ヨーロッパの人たちのゲノム情報を地図上にマッピングしてみるとよくわかります。 

 遺伝情報から、似ているところ、違うところを調べていくと、たとえばフランス人といっても、スペイン人に近い人がいたり、イタリア人に近い人がいたり、いろいろなフランス人がいます。居住域は同じであっても、DNAで見ると民族内の個人間のばらつきは非常に大きいのです。 

 ゲノム情報から民族がわかると誤解されることも少なくないのですが、異なる民族同士であってもどこかで祖先はオーバーラップしているので、遺伝情報から民族を決定することはできないんですね。 

 それにゲノムから民族を決定するという行為は、そのDNAを提供してくれた人のアイデンティティを無視することになります。DNAでの研究結果は、あくまでも、「文化などの特定のアイデンティティをもった人たちを集めたときの全体的な傾向」であることに注意が必要です。  

――どの民族もオーバーラップしている……。なるほどなあと思います。

 多言語国家であるスイスにはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語があります。スイス人の中でもドイツ語を話す地域の出身者はゲノム的にドイツ人に近いし、フランス語を話す人はフランス人寄り、イタリア語圏の人はイタリア人寄りになる傾向があります。 

 もちろん、先ほどお話ししたようにゲノムは個人差が大きいので、あくまでも「○○語を話す人たちの集団」における全体的な傾向です。そうした前提を踏まえてある民族的な背景をもつ人たちの集団に着目すると、祖先をどのくらい共有しているかを示す遺伝的な背景と、言語などの文化は、歴史の中で一緒に変わっていくことがあります(そうではないこともあります)。 

 私が取り組んでいる北東アジアの研究では、こうした観点でアジアの歴史を見直してみたかったのです。   

お酒を飲めない体質にする遺伝子は東アジアにしかない⁉ 

――DNAをベースとした研究に進まれたきっかけは?

 子どもの頃から社会と科学がとても好きで、過去を遡って調べたり、進化メカニズムを解き明かしたりといったことがやりたいなと思っていました。両方できるのが理系の人類学である自然人類学(生物人類学)の分野でしたので、大学院でバイオインフォマティクス(※)を専攻後、自然人類学と進化生物学の分野で博士研究員となり、現在は医学部生に基礎生物学、遺伝学を教えています。 

※バイオインフォマティクス(生物情報科学):生物学(バイオ)と情報学(インフォマティクス)を融合させ、ゲノム(遺伝⼦・DNA)やタンパク質など、生命に関する大規模データをコンピューターで解析・活用する学問分野。 

――DNAのどんなところに面白さを感じたのですか?

  DNAは物質として存在するものなので変わらないですし、情報としてしっかりしていて、統計的にデータ処理もしやすいんです。今は技術開発が進んで、高速でヒト1人のゲノムを読むことができるようになり、解析費用も安くなっています。 

 ですから、研究手法としても使いやすいんです。今の人たちが気楽にAIを使うのと同じで、生物学の中では、DNAは使いやすい強力なツールになっています。そこが魅力ですね。 

――解析しやすくなってくると、ゲノムを活用した研究もどんどん進みそうですね。

 最近では、病気のかかりやすさと進化の過程が関わっているといった研究も出てきています。たとえば、お酒が飲めるか飲めないかも、じつは病気と関係しているのではないかといった話です。お酒を飲んでもケロリとしている人もいれば、気持ちが悪くなってまったく飲めない人もいますよね。 

 1人の人間のゲノムは30億個の塩基(A/T/G/C)で構成されていて、日本人でお酒を飲めるか否かの違いはある遺伝子の1ヵ所の違いで生じています。この違いを調べると、縄文時代の人たちはお酒が飲める人たちで、飲めないタイプは縄文時代よりも後の時代に日本にやってきた渡来系弥生人から受け継がれたと考えられています。 

 現代の日本人の祖先は、縄文人と渡来系弥生人が混じり合っています。したがって、どれぐらいお酒が飲めるかは、ゲノムの中の縄文度合いと弥生度合いのバランスによって変わってくるんですね。 

 それから東アジアの地域にだけ、もう1つ別にお酒を飲めなくする遺伝子が存在するんです。つまり日本人の中には、ダブルでお酒に弱い遺伝子をもっている人がいる。お酒をまったく受けつけない体質の人というのは、おそらくこのタイプなのでしょうね。 

――お酒に弱い遺伝子が2つもあるのは、何か理由があるのでしょうか?

 残念ながら、そこはまだ解明されていません。ただ研究は進められていて、お酒を代謝できないと、分解されなかったアルコールが体内に残り続けるため、体内の病原菌を殺せるのではないかといった仮説もあります。 

 このように身近なところにも遺伝情報と進化の関わりがあるんですよ。 

文化とDNAからヒトの進化の新しい姿を明らかに

――これから取り組んでみたい研究はありますか?

 これから研究していきたいと考えているのは、仏像を通じたヒトと文化の進化です。じつは仏像の顔って地域によって違うんですよ。たとえばガンダーラ美術という、最初に仏教が始まった頃にギリシャ彫刻の影響を受けてできたパキスタンやインド北部の仏像と、タイやカンボジアの仏像、それから日本の仏像は、比べてみると顔が随分と違います。 

 心理学では「内集団」といいますが、人間は自分が属する集団に近い顔ほど信頼する傾向があります。仏像の顔も、もしかしたらその時代の地域の人に似ていくように変化していったのかもしれません。人類の進化の歴史に応じて文化の側も進化していく。そのことを仏像から調べてみたいと思っています。 

 仏教の開祖であるブッダはインド北部の人ですよね。仏教は厳密には一神教とは違いますが、実在したある人物を崇めるようにして広がっていきました。その過程で、インドのヒンドゥー教のストイックな世界観が反映されて土着化していきます。 

 さらにアジアに広がっていくわけですが、広がる過程では教義だけでなく、仏像の顔の影響もあったのかもしれない。そこを研究していくことで、なぜ宗教は広がっていくのか、なぜ人は宗教にすがるのかといった議論ができるのではないかと考えています。 

――それはおもしろそうですね。将来的にこういうことを解明したいという夢や計画などはありますか?

 現在は、ゲノム解析をすれば進化の痕跡がわかる状況です。進化に関しては、昔は仮説が多かったのですが、今は仮説から実証研究の段階に入っていて、この生物がなぜそうなっているのかはゲノム解析で明らかにできる部分が増えました。 

 たとえばイギリスの工業地帯にいた蛾は、もともとは白い蛾なのですが、産業革命が起こると黒い蛾ばかりになってしまった。白い蛾と黒い蛾は同じ種類なのですが、産業革命で壁が煤だらけになってしまったため、鳥に見つからないように白から黒へ色を変えたわけです。 

 産業革命が終わると、壁が煤だらけになることもなくなって、また白い蛾が増えたりする。これを自然選択というのですが、そんなこともどういう遺伝子が蛾の進化に関与しているか、ゲノム解析でわかります。 

 ヒトの進化に関してもこれまで多くのゲノム解析が行われてきましたが、まだ白紙状態になっているところが多くあります。そういうところを研究してみたいと思っています。今まで客観的にはデータ化されてこなかった文化や行動といったものと遺伝情報とを組み合わせて、ヒトの進化の新しい姿を明らかにしていきたいですね。 

(構成・八木沢由香)

松前ひろみ

まつまえ・ひろみ 2005年東海大学電子情報学部卒業。2012年東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科博士課程終了。博士(医学)。自然人類学(ancient DNA、集団遺伝学)・進化生物学の分野でポスドクを経験後、2018年より現職。現在の研究テーマは、進化ゲノミクスと、ゲノムデータに紐付ける形質情報としての文化進化と画像解析。 

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