【シリーズ】教育ってなんだ?――第15回 秋田喜代美さん/多くの人に知ってもらいたい「乳幼児教育」の重要性

教育というと、イメージするのは小・中・高のそれだという人が多いかもしれない。しかし、脳や身体が大きく発達する就学前の子どもの教育が国際的に重視されているのをご存じだろうか? 子育ての経験を原点に保育学や発達心理学などの研究を重ねてきた秋田喜代さんに、幼児期の教育がなぜ大切なのかを教えてもらった。

子育てで感じた疑問が研究の原点に

――最初に、秋田先生が教育や保育の研究に進んだ原点を教えてください。

 きっかけは専業主婦時代です。私は東京大学を卒業して銀行に入行したのですが、夫の転勤を機に専業主婦になりました。転勤先の長野では社宅で暮らしていたので、子育てが始まった時には周りに先輩ママたちがいてくれたんですね。

 それがありがたい反面、「子どもはたくさん泣かせた方がよく眠るから、泣いても放っておいた方がいい」「抱っこすると抱き癖がつくからよくない」といったアドバイスには疑問がわいたんです。私としては泣いている子どもをあやしてあげたいのですが、「放っておいた方がいい」と言われる。結局、何が正解なのか……そんな疑問が、子どもや育児について学びたいという思いにつながっていきました。

 通信教育やカルチャーセンターでもいいから学びたいと相談すると、夫は「勉強するのなら学術的にしっかり学んでみたら」と勧めてくれました。そこで東京大学に入学し直して、若い学生さんたちに混じって、発達心理学や認知発達について学びはじめたのです。
 
――先輩ママたちにアドバイスされた〝育児の常識〟に対する疑問に答えは出ましたか?

「子どもが泣いても放っておいた方がいい」というアドバイスについていうと、これはアタッチメント(愛着)という考え方と深くかかわっています。アタッチメントとは、子どもが怖くて不安なときや、感情が乱れたときに、信頼できる特定の大人とくっつき、安心感をえること。そばにいて不安を受け止めてくれる大人の存在が、子どもの感情を安定させ、人への基本的な信頼感を育んでいきます。その意味では、泣いている子どもへの対応は、親子のアタッチメントを形成するうえで大切なポイントになります。

 子どもの成長について漠然と抱いていた疑問も、勉強が進むにつれて一つひとつ解けて、学ぶことがどんどん面白くなっていきました。

 とはいえ、子どもの発達心理学を専門的に学んだからといって、私が上手に育児ができたわけではありません。

 子どもは褒めて育てた方がいいとよく言われます。私も実践したつもりでした。でも成長した娘に「お母さんは私を褒めてくれたことがない」と言われて、ドキッとした経験があります。学術的な知識を実際の子育てに活かせたか、正直自信はありません(苦笑)。

――子育ての理想像があっても、多くの親は仕事や家事に追われてなかなか実践できません。それは先生も同じだったんですね。

 そうなんです。大学へ通うときには、娘をおんぶして長野から上京し、義理の父母に預けていました。子どもが熱を出した日に大学へ行くときは「母親が何をしているのか」という社会の目も気になりましたし、「そこまでして勉強する必要があるのか」という葛藤もありました。

 だからこそ、保育園や幼稚園で子どもを預かってくれる人たちのありがたさを、身をもって知ったんです。

世界に後れを取る日本の乳幼児教育

――いまは共働きの家庭が増えただけではなく、離れて暮らす親に育児を頼れず苦労する家庭が増えています。しかも格差が広がり、経済的な事情で育児に手をかけられないケースもある。そんな状況で、公的な幼児教育や保育には、どんな役割が求められているのでしょうか。

 ノーベル経済学賞を受賞したアメリカの教育経済学者ジェームズ・ヘックマンは、教育に投資するなら就学前が効果的だと指摘しています。この場合の投資は、各家庭が子どもの教育にいくらお金をかけるかではありません。ヘックマンは国や自治体が行う乳幼児の教育支援の大切さを訴えているわけです。

 人間の脳や身体が大きく発達するのは、5歳頃までだといわれています。乳幼児期に発達した身体や脳をもとに、子どもたちは未知の世界を探索しながら経験を重ねていきます。わかりやすい例が語彙の獲得です。大人たちが豊かな言葉をかけてくれる環境に置かれた子どもと、「ダメ」「やるな」という禁止や統制ばかりの環境で育った子どもが覚える言葉は、大きく異なることがわかっています。

 テストの点数やIQなどによって数値化できる認知能力に対し、人と上手にかかわっていく協調性や忍耐力、意欲など数値化できない心の力を非認知能力と言います。乳幼児期は、そうした非認知能力の土台がつくられる重要な時期でもあります。

 ヘックマンは1960年代に、低所得で教育上の困難を抱えるリスクが高い家庭の子どもを対象にした「ペリー就学前計画」という長期調査のデータを分析しました。その結果、質の高い就学前教育を受けた子どもたちは、比較対象となった子どもたちに比べて、40代、50代になったときに経済的に安定し、犯罪率も低かったということが明らかになっています。国際的には、こうした研究を背景に、幼児期の教育が重視されるようになりました。

――〝国際的には〟ということは、日本ではそうした考え方がまだ周知されていないということですか?

 昔から日本でも「三つ子の魂百まで」「鉄は熱いうちに打て」と言われてきました。幼児期の教育の大切さは感覚的に、あるいは経験としてわかっていたのでしょう。しかしなぜ「三つ子の魂百まで」なのか、「鉄は熱いうちに打て」の理由は何かを説明しうる科学的なエビデンスは十分に示されてきませんでした。

 一方、海外では「ペリー就学前計画」に代表されるように、同じ対象を長期間にわたって追跡し、変化や発達の過程を明らかにする縦断研究が進んでいました。後れを取り戻すために、私がセンター長として東京大学の発達保育実践政策学センターの立ち上げにたずさわったのは、2015年のことです。

――なぜ、日本では乳幼児教育の研究が遅れてしまったのでしょう。

 ひとつが、いまだに根強い乳幼児教育に対する誤解です。たとえば、保育士や園に対して「園庭で子どもを遊ばせているだけ」「お母さんの代わりに子どもを預かってくれるところ」というイメージを持つ人も少なくないのではないでしょうか。

 しかし、保育士は乳幼児教育のプロであり、園は質の高い乳幼児教育を提供するためになくてはならない場所です。いま教育の現場では「遊びの深まり」が重視されているのですが、この「遊びの深まり」を支えるのが保育士であり園であるともいえると思います。

 仮に水たまりに何度も石を投げている子がいたとします。その子は投げ方を工夫することが楽しいのかもしれないし、石の大きさによって波紋の広がり方が異なるのを見て楽しんでいるかもしれません。子どもたちはみな、夢中になって身体を動かし、遊びに没頭することで、自分なりの「面白い」「これが好き」という感覚を養っていきます。

 ほかの子との共同作業や、コミュニケーションなどを通じて非認知能力も育まれます。遊びのなかで起きる子ども同士のトラブルも、どのように他者と折り合うかを経験する機会になります。

 保育園や幼稚園は、遊びを通して身体感覚や探究心、好奇心、非認知能力などを養うための重要な場であること。その場をつくり出し、「遊びの深まり」を支援するのが保育士であるということは、より多くの人に知ってもらいたいですね。

遊びを重視し、主体性や個性を尊重する教育へ

「遊びの深まり」が重要なのは、乳幼児だけではありません。

 2030年度に改訂される小学校学習指導要領では、1、2年生だけだった「運動遊び」が3、4年生でも行われるようになります。つまり、「遊びの深まり」がその後の学びに接続されるのです。近年の研究では、遊びが自己決定をしたり、有能感をえたり、物ごとへ興味や関心を向けたりする上で非常に大切な要素だと明らかになっています。

――『これからの幼児教育を考える』(ベネッセ教育総合研究所)という雑誌のインタビューで、先生は〈小学校教育は、すべての子どもが電車やバスに乗って決められた目的地に時間通りに到着するイメージです〉〈一方、幼児教育は、一人ひとりのペースに合わせた散歩です。「自分のペースで歩いた」という自信を植え付けたり、目的地への到着よりもその過程でさまざまなものに興味を持つことを大切にします〉と発言されています。

 それは2011年のインタビューですね。このときから状況はずいぶん変わりました。かつての小学校は、急行列車に乗って目的地に急ぐイメージでした。でも、いまは個々が途中下車をして、脇道にそれることができるような方針に変わっています。

 5歳児から小学校1年生までの時期は「架け橋期」と呼ばれます。近年、この架け橋期の教育における園と小学校の連携が重視されるようになりました。

 保育園や幼稚園では、保育の方針やルールが園によって異なります。そのため、どの園を出たかによって、先生への挨拶の仕方や片付けの手順が違ったりするのですが、昔の小学校1年生には「お口にチャックをして、手はお膝の上で、先生の話を聞いてください」というような教育を一律にしていました。

 ですが、最近は、異なる環境で過ごしてきた新1年生に対し、先生が「いままで守ってきたルールはみんな違うね。このクラスではどうしたらいいかな?」と問いかけ、子どもたちの主体性を重視しながら合意形成をしていきます。そうして1年生から集団のなかで生きるベースを――もっと言えば、民主主義の基盤をつくっていくのです。

 このように、一律に型にはめるのではなく、それぞれの主体性や個性を尊重する形へと教育のあり方が変わりつつあります。同時に、以前から指摘されてきた「幼小(園と小学校)の対話」の重要性が、あらためて認知されるようになってきました。

 たとえば、障害のあるお子さんが園からなんの引き継ぎもなしに小学校へ入学したら、お子さん本人にとっても先生にとっても大きな負担になります。そこで、入学に際し、その子は何が好きで、どんな環境なら落ち着いて過ごせるのか、経験を引き継いでいく。それが、ようやく実現できるようになってきました。

――「幼小の対話」だけではなく、地域や保護者のかかわりも重要になってくるのでは?

 おっしゃるとおりです。周囲の年上や年下の子と交流することで、子どもは新たな自分を見つけていきます。同学年同士だと引っ込み思案な子も年下の子の面倒は張り切って見てくれたり、逆にお兄ちゃんお姉ちゃんとなら安心して遊べたりする子もいます。

 子どもを育てるのは、保育士や教師だけではありません。教育は、人が人と直接かかわりながら人を育てていく営みであり、保護者も地域も、子どもにかかわる一人ひとりが教育の担い手なのです。AIがどれほど発達しても、そこは変わらないでしょう。だからこそ、若い世代に、教育の仕事に魅力を感じてもらいたい。

 いま、保育士も、幼稚園や小中学校の教員も足りません。私自身、文部科学省の教員養成部会の部会長として、教員不足を深刻に受け止めています。教育がどれほど魅力的で、社会にとって大切なのかを、もっと伝えていかなければならないと思っています。

 (聞き手・文 山川 徹) 

学習院大学文学部教育学科教授 東京大学名誉教授 秋田喜代美さん  

あきた・きよ  東京大学文学部卒業後、銀行に就職。その後、専業主婦を経て東京大学教育学部に学士入学。同大大学院教育学研究科博士課程在籍時には子育てと両立しながら博士課程を修了。立教大学文学部助教授、東京大学大学院教育学研究科教授を経て、2015年に東京大学大学院教育学研究科付属発達保育実践政策学センターを立ち上げ、初代センター長に就任。19年に教育学部教育学研究科で東京大学初の女性の学部長・研究科長となる。専門は発達心理学、教育心理学、保育学、学校教育学。著書、編著多数。多くの書籍の監修も務める。

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